第三章⑭
「母さんが、生きてる?」
突然の話にソウは眉間に皺を寄せた。僕とアリシアも、予想していなかった言葉に眉を潜める。
「……話の流れに沿って説明するわね。ソウが八年前に村を離れてから、子どもたちの管理が厳しくなりました。半軟禁状態です。それでも、私はいつの日かソウ達に会うことを目標に、低いスキルレベルを穴埋めすべく人一倍、いえ、十倍も、二十倍も努力しました。そして、ちょうど一年前のことだったわ。成人したことを期に魔導石づくりの仕事に就くことになったんだけど、知識量と模範態度から、特別な仕事へ配属されたんです」
シシリーは一呼吸入れると、そのまま話を続けた。
「その仕事とは、"魔導石づくりの監理"でした。元々は村の人間のうち、素養があり、模範的な態度の方が代わる代わる担ってきたんですが、前任が別の仕事に移るらしく、代わりとして私が抜擢されたんです。そして、その"前任"が、ソウのお母さんでした。私はそこで一年近く仕事をすることになりますけど、ソウのお母さんは、私をいつも助けてくれました。沢山のことを教わりました」
「そうか、母さんがそんなことを……クルエスが村に来た以降会えてなかったから、そんなことになってたなんて知らなかった」
「情報は断絶されていたから仕方ないわね……でも、事件が起きた。先月のことだったわ。突然あの出来事が起きた。ドラゴンが村を襲ったの。村と、村の仲間は焼かれて……恐らく私だけが生きながらえた」
「あの村の荒れようは、ドラゴンがやったのか……!?」
「ええ。そして、それ以降、私は人目を避けるよう森に一人で暮らしていたわ。生き残りに出会ったこともなかった。そもそも生きている人はいないとーーそれほどの大火だったの。生き残りがその日の惨状を外部へ伝えてくれたら良かったのに……そうはうまくいかないよね。今日村へ戻ったのは、何か使える道具がないかと探したかったのと、それに……私はソウのお母さんから前もって情報をもらっていて、私だけが生き残ったから、みんなに合わせる顔はないのにーーせめて、村で弔いたかった」
「母さんはシシリーにだけ情報を伝えていたのか?」
「……ええ。『私は別の施設に移る。その後に、黒いドラゴンが村を襲うから、あなただけは逃げて……逃げていいのはあなただけ。生き残った人がいるとバレたら、私もあなたも危ない。信頼しているあなたにしか言えない』と」
「黒いドラゴン!?」
僕とアリシアはほぼ同時に叫んでいた。孤児院近くのイブレ村は、黒いドラゴンに襲われていたーーあの情景が頭をよぎったのだ。
「何?知っているの?」
「ええ、何日か前に黒いドラゴンに攻撃された村を見たんです。幸いにも死者はいませんでしたが、見るも堪えない状態でした」
「この村は黒いドラゴンに襲われて、文字通り"全滅"したわ。恐らく、必要な魔導石を作り終えたから、その口封じだったんでしょうね……でも、可怪しいわね。その攻撃された村、とやらには死者がいなかったのよね……焼き尽くすつもりで攻撃していたなら、この村と同じ状態になっていてもおかしくないけれど」
「……まさか、イブレ村はあえて"被害が少なく攻撃"された?ギルドへ報告した時、『他の街にも被害が出ているけど、生憎死者はいない』と言っていたはずですから、もしや全滅させられたのはこのハイエルの村だけなのでしょうか?」
「ーー黒いドラゴンは、クルエスと組んでいる」
アリシアの問題定義に対して、ソウが静かに答えた。黒いドラゴンは意図をもって村々を攻撃している。そして、その、"意図"は、クルたエスが示していたということなのだろうか。
「単純な方程式だろ。先月、ハイエル村を襲ったのは黒いドラゴン。母さんがその攻撃を知っていたということは、ギルド連中から情報をもらったということになる。そして、ギルドはクルエスの手中にあった」
「でも、なんで黒いドラゴンを使って国中の街や村を攻撃しているのかな?何かを準備している?それとも見せしめとか……?」
単純な疑問ではあるものの、僕だけでは答えの出ないそれをソウにぶつけてみた。
「それは……分からない。今ある情報だけではなんともいえねぇ。奴の企みを突き止めねぇと、何かもっと悪い予感がするんだ。奴にもう一度会うしかねぇ。それで、自白させる。企みを、止める」
それができるかどうかは別として、僕も同じ気持ちだった。クルエスの悪事は、暴かなければならない。
「ーーしかし、これからどうやって動きますか?ただでさえ私たちの大まかな場所は相手へ筒抜けなのに、クルエスの場所も分からない。もう一度サヌールへ行くとしても、あんなに堅牢な守りなのです。彼の元へたどり着く前に捕まってしまいます」
「ちょっと待ってね。『場所が筒抜け』って、きっとギルドへの登録データから割り出されているものよね……何とかできるかも。私の努力の賜物、という奴で」
シシリーのトーンの高い話を聞いたソウは、それならこの案も行けるかもしれねぇ、と呟いた。
「ーー三日後に、王都でギルドの観閲式がある。そこにクルエスも来るはずだぜ」
「聞くからに盛大そうなイベント……その分警備も凄いんじゃない?僕たちだけで行けるかな?」
「これを逃すと、どこにチャンスがあるかわからねえ。動くなら、身動きが取れる今しかない――行くか行かないかじゃなくて、俺たちは行くしかないんだよ」
「たったこれだけの戦力でうまく行くかな……?それに、うまく行かなかった時には――」
「グレンにも力を貸してもらおうぜ。クルエスは、グレンの力が脅威のはずだ。実際、グレンのおかげで奴の『右腕』と『左腕』とやらから逃げることができただろ?それに、人間の比にならない圧倒的な力が戦いの武器になる。そして、ハル、グレンとやり取りできるのはお前だけなんだ。お前の底しれない力と、グレンの協力が鍵だ」
頼られるということは、とても原動力になる。僕は、やらなきゃならないのだ。
ソウも決意を決めた顔をしている。何を言っても変わらないだろう。強い信念を持った表情だった。
「決まり、ですね」
アリシアも覚悟を決めた顔で言った。僕も、二人に押されて気持ちは固まった。
「シシリーはどうする?」
ソウの言葉にシシリーは目線を落とした。
「私は――今度こそ足手まといになってしまう。行きたくないわけじゃない。でも、この地で見守っています」
「……分かった。決行は三日後……三人でやるぜ」
「ただ、話が一段落したところに申し訳ないけど、ソウ、あなたのお母さんについては話の続きがあるの。さっき、彼女が別の仕事に移ったと言ったけど、移った先はこの近くではないわ。『賢者の石』と共に、遠方で新たな研究をしているはずよ」




