第三章⑬
「おい、目を覚ましたぞ」
ソウが大きな声で僕たちを呼んだ。長らく眠っていたアリシアの意識が戻ったらしい。
「……ここは?」
「安全な場所だ。俺の知り合いの家なんだ」
アリシアの下へ駆け付けると、彼女はまだ状況を掴めていないらしく、体を起こしてあたりを見渡していた。ただ、まだ傷口が痛むようで、顔をしかめると、再びベッドへ横になった。
「倒れてから半日くらい経っているよ。もう夜だから、今はゆっくり休んで」
「私が眠っている間、何かありましたか?」
「いいや、特には。ただ、目的地だった村は無かった。でも俺の顔馴染みに出会えた。幸運だったよ。今は他の部屋にいるから、後で紹介する」
アリシアは特に何を言うでもなく、微笑んだ。それを見たソウも、ほんの少しだけ笑みを浮かべた。
「ソウの顔馴染みっていう、女の人とはどんな関係なの?」
後で紹介されることは分かっていたが、居ても立ってもいられなくて尋ねてみた。すると、ソウは顔を赤くして、「うるせぇ、後で言うから」と黙りこくってしまった。
「顔馴染みの方とは、女性だったのですか?私も聞きたいです。ソウのどんな人なんですか?」
アリシアも興味が湧いたのか、ソウにぐっと顔を近づけた。
「なんでもないって!俺にとってあいつはただの――」
「"ただの"顔馴染み?」
いたずらな顔をしたシシリーが部屋に入ってきた。
「あなたがアリシアさんね。これまでの経緯は聞きました。大変でしたね。まだ体調は戻らないかも知れませんが、ゆっくりしてください。それと、近くに人影はないようですが、明かりは点けられませんのでご容赦くださいね。そして料理を準備しましたがーーゆっくり食べるためにも、まずは私とソウとのあれこれについてお話したほうがいいですよね?」
「突然なのに、食べ物と眠れる場所と、感謝しきれません。そうですねーー個人的には、始めにお話を聞きたいです」
「……お互いかしこまらなくていいわよね?私こそ久し振りに賑やかで楽しいわ。じゃあまずはーーあなたから話し始めたら?この様子だと、昔の話はほとんどしていないんでしょ?」
話を振られると思っていなかったソウは、背筋を伸ばすと、気まずそうな顔でシシリーの表情を伺った。それに気づいた彼女は、手をひらひらと振る。ソウは観念したのか、さらに顔をしかめて話を始めた。
「あー、まず、こいつはシシリー。俺と同じくこの村の生まれだ。それに顔馴染なのは嘘じゃねぇ。てか、幼馴染で。あと、まあ……許婚というか、なんというか」
その言葉を聞いたアリシアは、目を輝かせていた。一方でその様子を見たソウは口を曲げている。
「見世物じゃねぇぞ!別に顔馴染だろうが許嫁だろうが何でもいいだろ!しかも、久しぶりにあったらいい女になってるし……声を聞かなきゃ本人だって気が付かなかったかも知れねぇ」
口は悪いけど、無意識に褒めたり気遣いができるのはソウのいいところだ。シシリーも満更ではない様子に見える。
「脱線しちまったな。とにかく、シシリーと俺、あとサヌールにいた三人の仲間は幼馴染だったんだ。小さい頃からの仲でさぁ、気も合ったんでよく遊んでいた。でも、今から八年前の話ーー村に異変が起こった」
ソウは僕たちを見渡すと大きくため息をついて、続きを話始めた。
「ハイエル村は、小さな村だ。地形が特異だから、外界との接触はほとんどなかった。俺たち幼馴染も当然外の世界は知らねぇし、この村が全てだと思ってた。そんな矢先、とある噂が村に広まった。『大商人がこの村の名産を大金はたいて買いに来る』ってな。村中大騒ぎだったぜ。で、この村の名産ってのは、『特別器の大きい"カラ"の魔導石』だったんだ。村の中だけじゃ使い道もほとんどないし、ガラクタ同然だったから、買い手がついて嬉しかったんだな。そして、大商人とやらが村に到着した。でも、それは商人なんかじゃなかったーー現ギルドマスター、クルエスだった」
突然出た因縁の名前に、僕は驚きを隠せなかった。アリシアも、話の続きを身を乗り出して待っている。
「驚くのは無理ねぇが、最後まで聞いてくれ。まず、"カラの魔導石"も説明しとくか。これは正確には単なる石だ。ただ、保有できる魔力量が多いから、魔導石の素体として非常に有用なんだ。この村では、そいつの、特に魔力を多く保有できるものが、しこたま産出されたんだーーで、クルエスの話に戻るぜ。奴はカラの魔導石を買い占めに来たんじゃなかった。強力な腹心を連れた奴は、この村全てを奪い取ったんだ――人目から離れた土地で、労働力もあり、さらに質の良いカラの魔導石がいくらでも手に入るこの村を。俺たちは、てっきり良心が村に来ると思っていたのに、全くの逆ーー悪意がやってきたから、抵抗する準備もないまま、あっという間に全て奪い去られちまった。それからは、大人は工場で労働を、子供はそのための体の良い人質になり、管理された。全てはクルエスが、『スキルレベル10の魔力を一時的に付与する魔導石』ーー長いから略称は『スキル10魔導石』とするか。それを造るために村人全員は人生を捧げられたんだ」
僕は、記憶を思い起こしてはっとした。それは、タナラタの山頂でリーラを倒した時のことだった。彼女は最後に、『スキルレベルを強制的に底上げ』した上で魔法を放とうとしていたのだ。そして、リーラはその時、魔導石らしきものを使用していたはずだった。
「そう、すでに察しているだろうが、山でリーラが使っていたものは、恐らくそいつだ。既にクルエスは『スキル10魔導石』を量産しちまってんだ……話を戻すぜ。子供たちは人質になったとはいえ、監禁されていたわけじゃねぇ。村に人が寄り付かない理由でもあるんだが、とても子どもの足じゃ外の街や村へ助けを呼びに行けねぇ距離だったんだ。子どもの機嫌を保つためだったのかも知れねぇが、そこだけが"抜け穴"だった。自分のスキルやスキルレベルも知らないようなガキだらけだったが、自他認める能力のある四人が脱出した……シシリーを残してな。俺は、両親も、許婚も捨てて来た弱い人間だ」
僕は、ソウの一言一言の重みを噛み締めた。軽い性格だと思っていたけど、僕なんかよりよっぽど強い信念と過去を積み重ねて来ていたのだ。
「俺たち四人は、何とか隣街にたどり着いたものの、ギルドには何をどう報告しても取り合ってくれなかった。むしろ、犯罪者扱いだぜ。でもまあ、トップがクルエスなんだから当然だよな。ただ、子供相手に特級ギルドチームが襲ってくるなんてのもザラだったぜ。行き場の無くなった俺たちは、サヌールの貧困街に行き着いた。そしてーー細かい話はだいぶ差っ引くが、今に至ると」
ソウの話が終わったようだった。細かな所も知りたいし、聞いてみたい所はあるけど、何よりもアリシアと肩を並べるほどの壮絶な経験に、言葉が出なかった。
「おっと、湿っぽくなっちまったが、あれだぜ。サヌールを脱出したときの『クルエスをぶっ倒す』っていう目標は今も持ってるぜ。言うまでも無いが、俺の旅はこれで終わらない。終わらせられないんだ」
はっきりと今の意思を言い切ったソウは、口を噤んで遠くを見ていた。それを聞いたシシリーは、納得したかのように頷くと、咳払いをした。
「……それじゃあ次は私の番ね。皆さんはクルエスに因縁がある。だからこそ、この村にあったことを話します。その前に、ソウ」
話が終わったはずの所に名前を呼ばれ、ソウは思わず顔を上げた。
「あなたのお母さんはまだ生きている」




