第三章⑫
僕とソウは、その建物の入り口から中を覗き込んだ。この家もやはり家具や雑貨は散乱しているが、アリシアを待たせている民家よりもさらに物が散らばっており、誰かが戦闘したのではないかというほどに荒れ果てていた。
「ここは村長の家だった。ホールから廊下が延びていて居室や客間につながっている。でも、気配はホールから感じる」
僕も同感で、少なくとも一人がこのホールに隠れているはずだ。相手も僕たちのことを認識しているはずで、様子を伺っているように思える。
「相手にやましいことが無いなら、隠れる必要はないよね」
「そうだな。ただ、ギルドが遣わせた追手の可能性もあるな……逃がしちまったら俺たちがいる正確な場所が割れる。アリシアがあの調子だと、逃げられない。それに、膠着させてもダメだ。援軍が来るかもしれねぇ。だから、一気に方をつけるしかないぜ」
僕は、ソウと顔を見合わせた。声を発さず、三からカウントダウンを始める。
「一!行くぜ!」
ソウは両手のみ土で覆い、僕は炎弾攻撃ができる構えのまま飛び出した。
「さっさと出てこい!死にたくなけりゃ抵抗せず姿を見せろ!」
ソウが叫んで飛び込むと、ホールに人影が見えた。逆光で輪郭しか見えないものの、何かが蠢いている。少しずつ目が慣れてくると、奇っ怪な動きをする人間のように思えた。全身の関節はやたらと稼働範囲が広く、人間の動きではあり得ない角度に折れ曲がっている……改めて、人間にしては可怪しすぎる挙動だった。奇っ怪どころか、人間の動きには見えなかったのだ。それでも、僕は堪らずその人に声をかけた。
「あの……そこで何を?」
「スケルトンだぞ!ハル、気をつけろ!」
ソウの叫び声を聞いて、僕はハッとした。暗がりに目が慣れると、人を成した、まさに"人体模型"の骨格がカタカタと音を鳴らしてこちらを見ている様子と確認できた。そして、その手には刃の欠けた長い剣――その黒ずみは、錆と、切りつけてきたものの血液がこびり付いた色なのだろうか。肉付きがなく、弱々しくも感じる見た目からは思いも寄らない禍々しさを抱いた。
「気を付けろと言ったけどよ、ハルにはまだ俺のいいとこ見せてねぇよな!今回は俺に任せて援護してくれ!岩硬拳でやっちまう!」
ソウの拳に岩石が纏っていった。それはまるでボクシンググローブのよう。拳は生身のそれより一回り大きくなり、受けたらひとたまりもないことは容易に想像がつく。しかし、痛みを感じなさそうな"骨"に物理的なダメージを与えられるのだろうか。ソウから感じる安心感を他所に、一抹の不安も感じてしまった。
「行くぜ!避けてみな!」
ソウはスケルトンの胸元へ懐に飛び込むと、アッパーを繰り出した。あっけなく頭骨が吹き飛ぶと、床に落ちてカラカラと回る。
「これで終わりじゃないよな」
頭を失った胴体は、転がった頭を拾うと、何事もなかったように再び首へすげつけた。
「今の俺は相当にむしゃくしゃしてんだ。もっとやらせてもらうぜ」
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粉々になった骨の欠片を足で払い、改めてホールを眺めた。明らかに、スケルトンとは別の、何かの気配が残っているのだ。ただ、先の戦闘で姿を出さなかったことを踏まえると、本能中心で襲い掛かる魔物ではないと思われる。恐らく、意志のある人間ーー
ただ、人間とはいえ追手の可能性があり、安心はできなかった。むしろ、状況を見ると、敵意ある者が隠れているのだと思われる。
慎重にホールを進むと、内部の全容が分かってきた。人ひとりが十分に隠れられて、かつ身動き取れる場所は、ホール奥にある傾いた柱の陰しかなかったのだ。僕はソウと顔を見合わせると、同意見であることを認識しして頷いた。二人で柱の両側から挟み撃ちにするのだ。
「もう、場所はバレてる。降参するなら今のうちだぜ」
ソウは気持ちが高ぶっているが、僕は内心、恐ろしく感じてしまっていた。追い詰めている側のはずなのに、抵抗されたときのことを考えてしまう。相手は理性のある人間。何かしらの策があったりして、もし近距離で高威力の魔法を放たれたら、一溜まりもないのだ。ソウは鉄壁だから不安もないのだろうが、僕は攻撃特化だから、反撃されたらどうしようもない。
やられる前にやるしかないのだ。突如と死を争う臨場感を身に受ける。心臓がバクバクして、とても追い詰めていることの有利は実感できず、どんな準備をしておけばいいのかーー
「行くぜ!三、二、一――」
ちょっと待ってくれ、僕は準備ができていないのに――
「……ソウ、よね?」
「は……シシリー?」
柱の陰から女性の声がした。恐怖を押し殺しているような、震える声だった。一方で、その声を聞いたソウは、気の抜けた声と共にゆっくりと手を下ろした。
場に広がっていた焦りや殺意が薄れていき、しばらくすると、柱から女性が姿を現した。絵本の魔法使いを思わせるようなとんがり帽子を被っていて、茶色の髪の毛が見えている。顔はどこかあどけない印象で、もしかしたら僕と同じくらいの年齢なのかもしれないが、身に着ける眼鏡が大人っぽさを醸し出している。さらに服装は紫のコートを羽織っており、まさに”ザ・魔法使い”の印象だった。そんな風貌の女性とソウは、顔見知りのようだった。
そして生憎にも、先ほどの僕の焦りは単なる杞憂だったのだ。
「シシリー!さっきこの村を見て……もう皆死んじまったのかと……」
ソウが、見せたことのない表情と口調で、シシリーと呼ぶ女性に近寄った。一方でシシリーも、ソウを見た途端に近寄って、二人はそのまま抱擁した。
この二人はーー友人?それともーー
「ソウもよく無事だったね……」
「何とか生きながらえてな。そうだ、こいつはハル。旅をしていて、その仲間だ」
僕はシシリーとやらが一体何者なのか分からないままだったけど、ソウは抱擁を解くと僕を簡単に紹介してくれた。でも、僕の顔を見ると、たちまち表情を曇らせた。
「あと、もう一人仲間がいるんだが、怪我をしてる。何か治療できるものはないか?」
シシリーは大きく頷き、腰の鞄を軽く叩いた。
「それなら私に任せて。その人は今どこに?」
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シシリーはアリシアにポーションを飲ませると、額を拭った。
「相当な熱でしたけど、ポーションを飲ませましたし、しばらくすれば回復するでしょう」
シシリーが言う通り、アリシアの顔色は早々にも健康的な色合いに戻ってきている気がする。相変わらずポーションが万能薬すぎるが、それでも峠を越したであろうことに、僕とソウは大きく息をついて肩をなでおろした。
「あの、二人にはいろいろ聞きたいんだけど、どこから聞けばいいのか……」
正直、お互い様な状況だけど、シシリーという女性とソウの関係がわからない僕は、出会ってからずっと、とても困惑していたのだ。
「こっちも一から十まで話したいけどよ、場所も場所だ。それにアリシアも含めて話す必要があるだろ。シシリー、もし安全な場所があれば、俺たち三人を匿ってもらえないか?もちろん、長居はしない。一晩だけだ」
ソウが諭すように話すと、シシリーはわかった、と頷いた。ただ、何かに納得していない様子で、続けてその内容を語った。
「これだけは先に教えてほしい。あの時ーーなんで、私だけ置いていったの?」
シシリーは懇願するような表情でソウに訴えた。その表情と声色には、長年積み重ねた疑念が垣間見えた。
「……無茶な旅になることは明らかだったから、俺の判断で四人での出発に決めた。実際、俺以外の三人は多分、死んじまった」
「結果論でしかない!私が足手まといで、邪魔だったんでしょ?」
「それは違う。俺は……お前がただ心配だったから……少しでも生きられる可能性がある方に賭けただけでーー」
「そうだとしても、あのとき私は、自分自身の力不足が原因だと確信していた。だから、スキルが弱くても、勉強して、勉強して、馬鹿にされても、知識で差を埋めようと勉強してーー少しでもあの時の出来事を払しょくしようと努めた。だから――」
シシリーは、涙を流した。次の言葉を聞いて、その涙は、まるでーー振り返った過去を洗い流しているかのように思えた。
「今もまだ戦っているあなたに、少しでも力になれるなら、私のこの八年を託させてください」




