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第三章⑪

「もうすぐ着くはずだぜ。そこで休めるから、あと少し我慢してくれ」


 ソウが背後のアリシアへ声をかけた。グレンと別れ、しばらく森を進むと、次第にアリシアの足取りが重くなってきたのだ。

 アリシアは左肩の傷を庇いながら荒く呼吸をしている。ただでさえリーラのナイフ傷を治療しなければならないのに、空から落下したときの衝撃で、全身を打撲しているようだった。一刻も早く村でポーションを手に入れる必要があるのだ。

 そんな様子を尻目に、僕は簡単な手当すら分からない自分自身を呪ってしまいそうだった。この世界のポーションはとても便利で、いつも頼りにしてきたけど、それに依存した結果がなす術のない今の状況なのだ。歯がゆくとも今は先を急ぐしか選択肢がなかった。


「私は、大丈夫です。焦らず、進みましょう」


 僕とソウの重くなりつつある雰囲気を察したのか、アリシアが落ち着かせる言葉を口にした。でも、先程から顔色が真っ青で、呼吸も絶え絶えなのだ。明らかに大丈夫ではないと、誰が見てもそう判断できるほどだった。それに、改めてアリシアの表情を見た僕は、違和感を抱いた。青ざめた表情だけど、頬が赤らんできるように思えたのだ。


「アリシア、ほっぺた、赤い……?」

「ちょっと待て、少し額を触るぜ」


 僕の言葉に悪い予感がしたのか、ソウがアリシアの額に触れた。アリシアは拒絶することなくソウへ体を委ねており、ぐったりとしている。


「間違いなく、熱がある」

「……私は大丈夫です。先に行って下さい」


 アリシアは力なく僕たちに先を目指すよう促した。翌々考えると、孤児院からの出発、ギルドからの逃走、叔父さんとの出会いと別れ、負傷した肩、そして空からの墜落――

 たった数日の間にも関わらず、とても負担のかかる経験ばかりだったのだ。そのどれもがアリシアを中心に巻き起こっていた。それが徐々に彼女を蝕んでいたに違いなかった。


「村はすぐそこだ!ハル、肩を貸してやってくれ。俺はこのまま先導するから」


 ソウの言葉に僕は頷き、アリシアの体を支えた。


「ありがとう。ハル」

「すぐに治療するから!すぐにポーションを手に入れるから待ってて!」


 先程から歩いていた森は手入れもされておらず、地面は雨で泥濘んでいたため、足を取られて酷く歩きづらかった。それに加えて、肩を貸すアリシアからじわり重みが増していく。徐々に悪化しているようで、早く治療しなければ命に関わるかも知れない。僕の体力だって、限界があるーー


「おい、村が見えたぜ。これでアリシアを助けられるかもしれねぇ。急いでこっちに来て――」


 ソウは、そこまで言うと喋る口を止めた。僕は何事かとソウの隣へ急ぐ。


「ソウ、一体どうしたの?何があって……って……あ」


 森が開けた先には、荒廃した村が広がっていたのだ。


ーーーーーーーーー


 森を出ると、そこは農地らしく、区分けされた土地が広がっていた。しかし、作物を育てている気配はなく、雑草がまばらに群生しているだけだった。そして、その向こうにはいくつもの家屋が立ち並んでいたが、屋根が落ちていたり扉が開け放たれていたりと、人気は微塵もなかった。さらには村の中心部にかけて、延焼したのか黒焦げの建物が多くなっているように思えた。


「誰かいないのか?ちょっとそこで待ってろ!村を見てくる!」


 ソウは、僕とアリシアを置いて駆け出した。村の現状には僕も驚いていたが、ソウにしては珍しく過剰に動揺しており、周りが見えていないようにも思えた。

 残された僕は、何とかアリシアを引きずり、見渡す中で比較的綺麗な家屋に入った。扉が開け放たれていたからかもしれないけど、埃は溜まっておらず、荒廃した村の割に室内は小綺麗にも見えた。しかし、家具は辺りに散乱しており、何者かと争った情景も見えるようだった。

 僕は、二人がけの椅子を起こして、その上になんとかアリシアを横たわらせる。


「……ちょっと待ってて欲しい。ソウと一緒に薬を探してくる」


 もしかしたら村にはまだ人がいるかもしれないし、無人だったとしても、どこかにポーションが置いてあるかもしれない。本音としてはソウの様子も心配で、一刻も早く姿を追いたかった。アリシアは朦朧としているのか、僕の言葉に頷いただけだった。


想像よりもアリシアの状態は深刻なのかもしれない。こんな時に、ソウはどうしちゃったんだーー


 僕は、不本意ながらもアリシアを家屋に残し、ソウが向かった先を目指した。ソウは村の中心に向かっていったはずだった。

 村道に沿って進むと、さっき仰ぎ見たように、焼けた家屋が増えていった。ただ、崩れ落ちている家は決して多いわけではなく、どちらかというと、外側だけが一気に焼かれている印象を受けた。

 黒焦げの家屋が多くなる中、ソウの姿は一向に見えなかった。そのまま不安に苛まれながらもしばらく進むと、村の中心と思われる場所にたどり着いた。他よりも一回り大きい、元は立派な建造物だったのであろう、やはり焦げた建物が建っている。ただ、その建物の隣から向こうを見やるとーー何もなかった。建物の基礎のようなものが遠方まで続いており、家屋が何十棟も建っていたことが容易に想像付く。その建物は、恐らく何かの理由で破壊されたのだ。

 そして、その前にーーソウはいた。何も無い空間を、ただ眺めていた。


「この村を、知っているんだね。そして、何かが起きた」


 ソウの背中に声をかけた。返答はないが、そのまま僕は続けた。


「良かったら、聞かせてくれないかな。昔、何があったのか」

「……後で話す。まずはアリシアを助けないといけない」


 ソウは振り返ると、僕と目を合わせずに元来た道を戻った。遠ざかっていく背中を見て、僕はいたたまれない気持ちを抱いてしまった。

 やっぱり、この国に住んでいる人は、みな痛みや苦しみを抱えて生きている気がする。それが、この国の普通なのだろうか。それとも、僕の周辺だけの話なのだろうか。もしくは、単なる考えすぎなのだろうか。僕が救うべき世界の闇は、一体どこにあるのだろうか。僕は、誰を助けることができるのだろうか――

 幾度となく力のない自分自身に不甲斐なさを抱いて、更には足がすくんだことは一度や二度ではないけど、少しずつこの世界の核心めいたものに近づいている気がして、でも、近づけば近づくほど、心がざわめいていく。僕の物語は大きく動き出している。それと共に肥大化する痛みに耐えて、前へ進むしかないのだろう。


「待って。僕も行くから」


 迷いを抱きつつ、振り返ってソウの姿を追おうとしたときだった。何者かの視線を感じた。村の中央に建っていた、大きな建造物の中からだった。


「ソウ。待って。この中に、誰かいる」

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