第三章⑩
「くっ……何とか……生きていた」
両手を付き、地面から体を起こした。衝突の影響で体ごと宙へ投げ出されてしまったものの、草木がクッションになったのか、そこまでの痛みはなかった。
しかしーー辺りの様子を見渡して、驚愕した。辺り一面、まるで小型飛行機が墜落したかのように木々はなぎ倒され、地面は抉られていたのだ。周辺の様子を見れば見るほど、自分の体が無事だったことが奇跡に思えてしまう。
「みんな、大丈夫なの……か」
「なんとか、な。ハル、俺は無事。ここにいるぜ」
僕の声に反応するように、いつもの口ぶりでソウが返事をした。何歩か歩いてその声の下へ行くと、地面にできたクレーターの死角に、ソウが胡坐をかいていた。彼が無事なことに安堵したものの、隣には相応のダメージを受けているアリシアが見えた。
「私も、大丈夫です」
「いや、そんなわけがーー」
明らかに強がりだった。取り繕って笑みを浮かべているが、口元が引き攣っている。回復のポーションは尽きていて、今すぐ回復させることができないのは、恐らくアリシアも把握しているのだ。
何者かの強烈な攻撃。それに伴う大変な墜落。生き延びただけでも幸運なのに、重症を避けることができたのは、奇跡としか言いようがない。しかし、アリシアの怪我の具合含め、状況は悪化の一途を辿っているのも事実だった。
『ワシだ。お主は無事か?近くに来てくれ』
状況を懸念していると、グレンから念話があった。辺りを見渡すと、薙ぎ払われた木々の集団は点在していて、斜面になっている先に続いていた。僕はグレンがその先にいるものと思い、しばらく形跡を辿ると、開けた場所に窪みがあって、そこに収まるようにグレンが体を丸めていた。
「お主たちは無事か?」
「僕は大丈夫です。あっちには二人もいますけど、なんとか無事でした。グレンさんは?」
先に僕の体を気遣ってくれたのだ。グレン自身のことは問題ないんだろうと、勝手に安堵してしまっていた。しかし、僕は、彼の体の様子をしかと見ると、青ざめてしまった。
大きな体を支える後ろ足の付け根に、とても大きな――それこそ僕が手を広げる程に大きい円環状の熱傷が見えたのだ。貫通こそしていないけど、その面積内の鱗は溶けるか剥がれるかしており、焦げた匂いが鼻につく。ドラゴンの皮膚を焼くほどの熱量を有する攻撃を、誰が放ったのかと恐怖を感じるほどだった。
「ちょっと、これーーかなりの傷ですよ!何とかしないと!二人を呼んできます!」
「待て」
僕は、グレンの体を癒す手段はないものかと焦ったが、それを当人に静止されてしまった。珍しく力のある声色だったので、僕はただ驚いた。
「ワシはここに留まる」
「いや、それにしたって手当を!」
「近くに癒しの泉があるのだ。ドラゴンにのみ伝わる地故、ワシだけ使わせてもらおう。どちらにしても魔力が回復しとらん。飛べねば目立ってかなわんのだ」
最後は柔和した口調で僕を諭した。当初は安心させるための作り話かと思ったものの、その雰囲気から、本当のことなのであろうと信じることにした。それに、僕の従士契約の件もあるのだ。やすやすと死地に向かい、死んで僕を道連れにするなどという判断は取らないだろう。ただ、もちろんながら、一人でしばらくこの地に留まるという判断には不安が残る。
もし、敵に遭遇したら。思うように体が回復しなかったら、と。
「安心せい。この体、お主が思うほどヤワな体ではないわ」
無理を押しているわけではなさそうな、着丈な発言を聞くと、強がりではなさそうだと思えた。それに、いざというときは僕と念話もできるから、状況も頻繁にやり取りできるし、通信の乏しいこの国でも容易に合流できるはずだ。
「それでは、無理強いさせてしまっても申し訳ないですし、一旦別れて行動しましょう。でも、傷が癒えて飛べるようになったら、絶対合流ですからね」
「分かっておるわい。だが、もしワシがいなくて困ったら、『竜の刻が人間の刻と交わる地』からひたすら西に向かうがよい。そこがワシの里だ。若い者が力になろう」
「……それってどこですか?」
「いずれ分かろう。ではな。また会おう。二人にもうまく言っておいてくれ」
グレンは、ヒントも残さずに、森の先へ向かってしまった。当然、暗号のような言葉には全く心当たりが無い。このまま旅を続けていれば理解できるのだろうか。そしてその場所が里を示しているとのこと……若い者ってことは、他のドラゴンが助けてくれるということなのだろうか。
落ち着いたらソウ達にも聞いてみようと記憶に留め、でもやっぱりグレンをあと少しだけ引き止めようとして――森を行く背中から、哀愁を感じてしまった。なぜかほんの少しだけ、今生の別れを意識してしまったのだ。その一方で、無理に引き止めようとするなと、グレンの背中から強い想いも感じた。
でも、せめて、声をかけるくらいは許してほしいーー
「あの、昨晩助けてもらってから、山登りと戦闘も、あと背中に乗せてもらったのに攻撃されちゃって……僕なんかに関わってから良くないことばかりで、申し訳ないです」
僕の声は聞こえていたはずだけど、グレンは振り返ってくれなかった。でも、念話で『また会おう、相棒よ』と一言だけ、返答してくれた。
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「え、グレン大怪我してた?そんで行っちゃった?癒しの泉で回復する?何かあったら里に向かえって?」
ソウは、僕が説明したこと全てに対して驚きを隠せない様子だった。
「私と同じく、怪我が深刻なのは承知しています。それでも、せめて状況だけでも、直接聞きたかったです」
「クルエスに狙われているんだぜ?捕まったら何をされるかわからねぇ。それに、癒しの泉なんか本当にあんのか?俺ですら聞いたことないぜ」
「僕も粘ったんだ。でも、大丈夫そうだったし……無理してる様子じゃなかったし、多分大丈夫だと思う。定期的に念話で様子を聞くよ」
しばらく三人でグレンについて話をしたが、結局は"思いを尊重しよう"ということで決着がついた。二人共、渋々、ではなくしっかりと納得してくれた。
「さて、グレンとはしばらく別れることになるが、俺たちは俺たちで先に進もうぜ。そう遠くないはずだ。"ハイエル村"は」
気持ちを盛り上げるようにソウが言った。グレンに乗って飛んでいた時には、村の家屋も大きく見えていたはずだ。方角も確認している。
「うん、行こう。ハイエルへ」




