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第三章⑦

 リーラは胸元に手を忍ばせると、何かを取り出した。その手には――無数のナイフ。


「危ねぇ、隠れろ!」


 ソウが僕とリーラとの動線を遮った。その瞬間、ゴーレムにナイフが突き刺さる音が聞こえてくる。アリシアは棍を回転させながらの風圧でナイフを叩き落としている。


「ナイフに時速波クイックが仕込んであるな。でもこのナイフは実物。数には限りがあるはずだ」

「普通は、ね。でも――時戻波リタイム


 リーラがわざとらしく魔法を唱えると、瞬時にナイフがリーラの手元へ戻っていく。さらに、ソウへ新たに時遅波スロウの魔法を放ったのか、またソウの動きが遅くなった。

 時遅波スロウは連発できないようだ。しかし、盾役でもあるソウの機動性が機能しなくなると、僕は逃げ惑う他ない。アリシアも二匹のウルフとナイフ投げをなんとかいなしているものの、とっくに余裕はなくなっている様子だった。どうすれば打開できるのか、皆目見当が付かなかった。


『失敗が怖いんだろ?いくら努力しても成果を見せられないからーーつい最近から、精一杯努力するのを辞めたよな?努力が水の泡になるのが恥ずかしくてさ。でも、今はチームだ。お前みたいな中途半端が一番迷惑だって、わからない?』


そんなのはとっくの昔から分かっているーー


 誰かが僕を馬鹿にしているような、そんな声が聞こえてきたような気がした。でも、言っていることは全て事実だった。反論は、できなかった。

 昔からの短所。この世界に来ても払拭できていない自覚はあった。努力しようとしても、工夫しても、いつもいつも――成果が出ない。だから、頑張ることにブレーキがかかってしまうようになった。この世界ではうまくいくときもあった。でも、アリシアとソウの足を引っ張ることも多かった。敵も強力になってきているのに、僕だけが過去に引きづられて、置いて行かれていることには、とっくに気付いていた。


「あらあら、お友達の背中に隠れて何を考えているのかしら。そろそろ顔を見せてくれない?」


 リーラがおどけた声で僕を挑発した。でも、僕が姿を見せたら、すぐにでもナイフが飛んでくるだろう。火滅球ファイアー・ボールを投げても、この距離だと避けられてしまうだろうし、グレンに当たってしまうかもしれない。僕の打てる手立ては――何も考えられなかった。


「……ハルさん。私の声を聞いてください」


 アリシアが苦しそうな声で僕を呼んだ。荒い呼吸をしているのに、一瞬だけ、僕と目が合ったような気がした。


「……あなたには可能性があります。もっと自分を信じていいのです。過去は、未来にあります。自分の持つ可能性を信じて――あぁっ!!」


 言いかけたところで、ナイフがアリシアの左肩に刺さった。時速波クイックのせいで相当な威力になっていたようで、受けた勢いのまま、転がるように芝の上へ倒れこんだ。


「もう終わりかしら……あっけない。暇つぶしにもならなかったじゃない。はあ、興醒め……隠れているボーヤもやってしまいなさい」


 リーラは余裕の声色でウルフへ指示を出すと、僕はたちまちウルフに挟まれてしまった。万事休すの状況だった。

 でも、最悪な状況にも関わらず、不安な思いはなかった。熱い気持ちが心の内から湧き出ている気がするのだ。そんな思いになったのは、アリシアの言葉のおかげだった。


過去が、未来にと。僕の、過去。今からの未来に、つながる過去――


 ことばを反芻する僕に向けて、しびれを切らせた一匹のウルフが向かってきた。


ーーーーーーーーー


 僕は、至って”普通”の人間だった。でも、少しでも”できる”人間になりたくて、人一倍努力をしたのだ。誰かと比べたわけではないけど、二倍も、十倍も努力をしたという自負はある。でも、”才能”が足りなかった。いくら頑張っても”普通”を超えられなかった。いくら勉強しても、トレーニングをしても、先ゆく人の背中をまかり見ていた。才能が無いから、いくら努力で水増ししても超えられない壁があるのだと思っていた。

 でも……才能が"絶対"にあるのだとしたら。”スキルレベル”という数値で示された才能があるのだとしたら――当時の努力の結晶は、今このとき、その才能と相乗効果を生むのではないか。あのときの”努力”は、この世界で、"才能"の価値を、大きく押し上げるはずなのだ。


炎廻球ハンマー・スロウ


 ひとつのイメージを基に、僕は魔法を生成した。手には溶け落ちそうなほど真っ赤な鎖。鎖の先には、赤々と煮えたぎる溶岩の塊――ハンマー投げのイメージだった。

 それを見たウルフが勢いを止めてたじろいだ。熱気を直に感じているのか舌を出し、その目には怯えた様子も感じられた。一方で、僕は暑さを感じない。魔法は、自らを離れてしばらく経ってから自分の魔力と分離されるらしく、同じタイミングで僕の五感にも影響してくるようだ。

 そのまま僕はハンマーを回し始めた。遠心力で溶岩が飛び散り、熱に恐怖を抱いたのか、ウルフはさらに距離を空けた。


「どうしたんだい!?そんなの見掛け倒しよ!早くやっちまいな」


 リーラがウルフを焚きつけると、距離を空けていた一匹が僕に向かって飛び込んできた。回転の隙を見てとびかかろうとしたようだったが、鎖に脚を巻き込むと、子犬のように鳴いて吹き飛んだ。そして――倒れた先で一気に燃え尽きた。


「そんなはずは……相当なスピードのはずなのにーー」


 リーラが驚愕の表情で、炎上するウルフを見つめていた。もう一匹のウルフも、恐れをなしたようで、尻尾を縮こめると、一歩ずつ後ずさった。


「役に立たない獣め……じゃあ二重でくらえ」


 リーラが手をかざすと、僕が回転するハンマーのスピードが落ちた。時遅波スロウをかけられたようだ。さらに、リーラがナイフを投げようと構えている。当然、時速波クイックで高速ナイフ投げになっているはずだ。


「ハルさん、危ない!」


 倒れこんでいたアリシアが叫ぶ。僕は、ハンマーの回転数をさらに上げた。


もっとだ。もっと、もっと。もっと早く――


 ナイフが放たれた。ハンマーは、さらに速度を増していきーー遠心力で全てのナイフをはじき落とした。音なく地面に転がっていく。


「そんな――時遅波スロウをかけているのに……私の時速波クイックを叩き落とす程に高速で回転している……?」


 リーラは懐から追加のナイフを取り出すと、僕に投げつけてきた。何度も、何度も。

 でも、そのたびにナイフははじかれ、宙を舞い、地面に叩き落されていく。


「来るな……こっちに来るな!」


 リーラは背にしてたグレンから離れ、せせり立つ崖の下へと逃げた。僕はそのままリーラを追い詰めていく。


「やめて、こないで!!!」


 リーラの泣くにも聞こえる叫び声が、反響して聞こえる。でも、もう止まれなかった。想いも、勢いも、そこで止めることはできなかったのだ。


炎廻投ハンマー・リリース


 溶岩の塊を、リーラへ放った。

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