第三章③
「飛び立てないって、どういうことですか?怪我でもしてるんですか?」
突然のグレンの言葉に、僕は驚きを隠せなかった。飛んで距離を稼いでもらえることが僕らのアドバンテージのはずで、口に出さずともアリシアとソウもグレンを活用するつもりだったはずだ。飛べないなら致命的で、追手から逃げることが著しく難しくなるのは容易に想像がつく。
「ドラゴンは、魔法で雨を降らせ、風を生み出すことで空を飛べるようになるのだ。お前たちの話が長いからひとっ飛びして体をほぐそうとしたら、魔法をかけようとも力が拡散してしまうのだ。何度も試したんだがな」
「え、翼で飛んでたんじゃないんですか?バッサバッサって」
「こんなに体が大きいのだ。それだけでは空は飛べん。翼はバランスを保つためのものよ」
「そうなんだ……って、その話は後にしましょう!」
翼の用途に驚いてしまった。ただ、重要なのはグレンが飛行できるかどうかで、その話は一旦置いておくことにする。
「ちょっと待て。ハルはドラゴンの言語が分かるのか」
ソウもまた、脱線した話題を持ち上げた。でも、彼が驚くのも無理はなくて、思い返すと、グレンとの今しがたのやり取りは念話を使っていなくて、言語変換の魔導石でドラゴン語の会話をしていたのだ。だからソウは、いきなりドラゴン語を話し始めた僕に驚いたらしい。そういえば、僕の出自の設定やらなんやらについてはソウにはまだ伝えていなかった。
「えっと、隠していたつもりはないんだけど、僕、外大陸の出身で、フローリアの言葉がわからなかったんだ。そこで元々アリシアのいた孤児院で言語変換の魔導石をもらって、その流れでドラゴン語も扱えるというか。全部このおかげだよ」
僕は身に着けていたネックレスを服の隙間からソウへ見せた。彼は、そこについていた言語変換の魔導石を見て目を丸くした。
「これって国宝級の代物じゃねぇかよ……なんでそれをハルが」
「ーー国宝級だって?」
ソウの言葉に僕もアリシアも目を丸くしてしまった。この魔導石にはよほどの値打ちがあるらしい。そして、それを持っていたシスターは一体何者なのだろうかと思いを巡らす。
「おい、もしかしてワシの話、無視してるのか」
「ーーいえ、違いますよ。ちょっと二人と相談してまして」
違う話題になっているのだと感付かれてしまったようだ。改めて話を戻し、グレンが空を飛べないことをアリシアとソウへ伝えると、二人は眉間にしわを寄せた。
「”力が拡散”して魔法を使えない。それで空を飛べないと……推測も入るが、その感覚には身に覚えがある。いや、俺たち三人、昨日身をもって体験しているぜ」
「……魔力循環の魔導石、ですね?」
「当たり。ただ、ドラゴンの持つ巨大な魔力を短時間で拡散させるには、普通なら相当高密度で馬鹿でかい魔導石が必要になるはずだ。けど、世界には超小型なのに同じ性能をもつ特異なものも存在する。さっきの言語変換の魔導石と同じく、国宝級の代物だ。だから、説明したところでこんな所にあるはずもねぇ。だから、そうだなーーもしかしたら、クルエスが何か手を打ったのかもしれねえな」
クルエスのせいでグレンが魔法を使えなくなってしまったのだろうか。少なくとも僕には何も思い浮かばないので、アリシアにも話を聞いてみようと横顔を見た。そうしたら、青ざめているアリシアの表情が見えた。
「……もしかしたら、それ、持っているかもしれません」
そう言うと、アリシアは、お父さんの鞄を探り始めた。そして、”それ”を握った手が僕たちの前に差し出された。僕の持つ言語変換の魔導石は透明で透き通っているけど、それは乳白色で、濁っているように見えた。
ふと、煙のようなものが僕たちの周りを漂ったかと思うと、空気中を渦巻いて乳白色の石を囲み、霧散していった。この反応は、昨日見た魔力循環の魔導石のそれと同様だった。
「もしかしてーーグレンさん!もう魔法は使わないでください!」
僕が叫ぶと、グレンは目を見開いて身をよじった。
「ありったけの魔力を注いでしまったわい。で、何か分かったのか」
遅かった――もう、この魔力循環の魔導石を捨てたとしても、少なからずしばらくはグレンの飛行能力に期待することはできないのだ。
「皆、聞いてくれ。グレンさんはーー魔力を全て使い切ってしまったらしい」
それを聞いてアリシアは目を伏せ、ソウは天を仰いだ。しばしの沈黙ーー溜め息にも聞こえる吐息が漏れる。
「……叔父さんが、これを忍ばせた」
目線を落としたアリシアが、か細く、でも震える声で喋った。
「アイツが、私のお父さんの形見を利用して、私たちを騙したに違いありません。ギルドに売るつもりです!」
「誰が誰をギルドに売ったって?」
振り返ると、かの叔父さんが木々の向こうからひとりでこちらへ歩いてきているのが見えた。アリシアの発言を聞いて叔父さんを警戒したけど、どうやら本当に単独で合流するつもりだったらしい。
「あなたがこの魔導石を鞄に入れた。だから、グレンさんの魔法が使えなくなった。ここを離れるつもりだったのに、それも叶わない!」
「おいおい、ちょっと待て。何の話だ。そもそも鞄の中身には触れてない。俺は昔と変わらない鞄をお前に差し出しただけだ。それをなんで俺のせいに――」
「協力なんて、いりません!帰ってください!」
アリシアは魔導石を叔父さんへ投げつけると、涙を浮かべながら僕たちに向き直った。
「……これからのことを考えましょう」
「なんだか荒れているのだな」
様子を見かねたグレンが僕に声をかけた。言語が分からずとも、最悪な雰囲気を察したようだ。
「ワシは飛べないわけではないぞ。ひとまずあの山を目指すぞ」
「山?」
僕は、タナラタの街の北にそびえる緑々とした山を仰ぎ見た。それを見たアリシアとソウも、何かとつられて視線を向ける。
「頂上まで登れば空を飛べるかもしれん。泣き言を言っている場合ではないぞ。若人よ」




