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第三章②

「で、話の通りその鞄には大した物は入ってなかったと……形見の鞄ってわけねぇ」


 呟いたソウを、アリシアが睨みつける。ソウはあさっての方角を見て、わざとらしく手を振ると、アリシアはお父さんのものだったという鞄を大事に抱え込んだ。

 振り返ると、タナラタの街が遠くに見えた。現在は太陽の昇る日中でもあり、見つかる心配もあったが、あっけなく街を出ることができた。現在は街から離れた木々の間をくぐりながら進んでいるので、よほどのことがない限り追手に見つかることはないだろう。それに、昨晩と打って変わりカラッと晴れた陽気なので、足取りも軽い。


「あのおっさんも何を気持ちが変わったのか『お前らを見届ける。街の外で落ち合おう』なんか言ったのかねぇ。いや、心境が変わったのは分かるが、何ができるってんだ?……警備隊と一緒に姿を見せなきゃいいけどな」


 ソウが独り言で愚痴った。確かに叔父さんの心変わりには戸惑ったけど、僕には、アリシアへ贖罪する気持ちが元々あったのだろうと感じていた。そして、それが本心なのだと信じている。


「それでまあ、言いにくいことなんだが、グレンまでの道のりまでに、二つ、言っとかなきゃいけないことがある」


 ソウが唐突に力のこもった声で話し始めた。間違いなく重要な話題。僕はその内容について、何となく察した。


「先の戦いのことだ。俺たちは――特級ギルドチームに完全敗北を喫した。ハル、その事実は覚えているな?」


 僕は頷いた。ソウが言うのは、昨晩のアラン率いる黒鉄くろがねとの戦いとのことだ。気を失う前の話だけど、その前の出来事は今でも脳裏へ鮮明に蘇る。


「自画自賛じゃないが、俺たちはそこそこのスキルとスキルレベルを有している。余程の大番狂わせがなければ、雑魚には負けねぇ。それは間違いないだろうな。ポテンシャルだけなら特級クラスと言っても過言ないかもしれねぇ。但し、仲間との連携、個人の弱点と相性の認識ーーそのいずれもが足りてない。アリシアもよく理解しただろ?これからの戦いは、恐らく力でねじ伏せることが難しくなる。まずは自分の力を理解することが大切だ」

「私は……はい、よく理解しています」


 僕も、ソウへ反論できなかった。何より、むしろ、ずっとずっと足手まといな僕が一番、今のソウの発言を痛感していた。力の一つ覚え。高い能力を持っていると、心の内のどこかで自惚れていた結果が、あの敗北だったのだ。


「連携は時間も必要だし、地道に行くしかねぇ。でも、それ以外に出来ることがある。自分の力と、周囲の環境を理解しろ。可能性を信じろ。俺も驕ってたんだ。だから、仲間を失った」


 かつてのソウの三人の仲間のことが気に掠めた。みんな、手痛い敗北の経験が胸の底から湧き上がっているのだ。そして、負けた事実は無かったことにできない。過去そのものを乗り越えることはできない。どうしたら未来の自分たちが躓かずにいられるのか……今は皆、それだけを考えていた。自分や、仲間を疑って探求する人は強い。だから、僕もそうありたい。ただ、それだけの思いだった。


「……っと、もう一つの話をする前に到着しちまったな。大将のお出ましだ」


 大きな木の真下で、寝ぼけた竜が寝ぼけ眼をこちらへ向けている。こんなときでも変わらないな、と思い、また呆れて、三人と一匹が合流した。


「ガガアアアアアアァァァ」


 寝起きの竜が大あくびをすると、アリシアとソウはたじろんだ。ただの生理現象なのに、その迫力に圧倒されてしまうのは、単に大きさの違いによるものだけではないと思う。


『お騒がせしました。なんとか体は回復しましたので、グレンさんも含めて今後の相談をしたいと思います』


 グレンには念話で状況を伝える。翌々考えると、僕がグレンとアリシア達との通訳をしなければならないのだ。


『もう良いのか?やりたいことがあるなら何でも言うが良い』


 グレンはそう返した。答えを求められているので、一旦は人間だけで今後の行く末を相談したほうが良さそうだ。


「グレンさんはこっちで決めて良さそうな口ぶりだった。僕らとしては、これからどうしようか」

「先にひとつ言わせてもらうぜ。お前ら、たかとびする気、ある?このドラゴンに運んで貰えば隣の国でもあっという間に到着するぜ?」


 ソウの唐突な発言に驚いた。高翔び、高跳び?いや、元は海外とかに逃走する、『高飛び』のことか。ここでは、フローリアの国外に逃げることを意味するのだろう。

 僕は首を振った。この世界に召喚された僕の目的は、『この世界を救って』である。旅の道中、『この世界』がどこまでを指すものかとずっと考えていた。フローリア国なのか、それともさらに拡張された、もっともっと広義な世界のことを指すのかと。でも、色々考えた結果、前者のことなのだと信じることにした。そもそも僕がこの世界で始めて目覚めたのはフローリア国だし、明らかにこの国からは、助けを求める声が聞こえすぎている。何かがあるとしか思えないのだ。どちらが正解にしても、僕はフローリアを助けたい。それが僕の為すべき使命だと思うことにしている。


「私も、例えこの国を逃げても、必ず後悔すると思っています。これまでの人生、悔しい思いしかしてきませんでした。でも、仲間に出会えました。成したいこともできました。今この戦いから逃げたら、私は私を許せません」

「言うまでもないが、俺も逃げるつもりはないぜ。ずっと追ってたクルエスに近づいているんだ。仲間たちも浮かばれねぇ」


 アリシアとソウは、それぞれ決意を唱えた。僕たちの想いは、同じ方向を向いていたのだと理解した。


「僕たちの気持ちは一緒のはずだ。だけど、まずは、僕たちの無実を証明しよう。独房から逃げたのは事実だけど、凶悪犯なんて言われる所以はないからね。そのためにも、クルエスを探る。しばらくは、追うより追われる立場かもしれないけど……それに、個人でやりたいことはあると思うけど、チームではその二つが目標だ。異論はあるかな」


「概ね、異論はないです。まずは身の潔白を証明して、自由に動きたいところですね。クルエス様にも、なぜ私たちを牢屋に閉じ込める必要があったのか聞く必要があります」

「俺はまあ、前科があるから無実を証明するって無理だと思うけど、お前たち二人の無実は分かってもらえるかもな……あと、クルエスを探るのは賛成だ。奴にはまだ隠していることがある」


 二人はやはり思う所があるようで、同意をしてくれた。心が熱くなるのを感じる。仲間の絆なるものを確認できた気がした。


「ところで、知ってるかわからないから聞いとくけど、ギルドに加入する時に登録証、貰ってるよな」


 僕とアリシアに聞いているのだろうか。確かにギルドの登録証は持っているものの、何の話だろうかとアリシアと顔を見合わせた。


「……知らないよな。あれがあると、国内のどこにいるのかおおよその位置がバレちまうんだ。正確にはギルド本部からの方角だ。要は、無実とやらが晴れるまで追われ続けるってことさ。魔導紙と通信の魔導石を組み合わせると、大まかな方向が分かっちまうらしい。まあ、俺はギルドに入ってねぇから関係ねぇし、このドラゴンに協力してもらえるなら、お前らが多少居場所サーチされてもそこまで問題はないだろう」


 予想外の事実を聞いた。ギルドへの加入がこんな形でデメリットになるとは思っていなかった。

 さらにーーこの後のグレンからの一声に水を差されてしまった。


「おい、問題発生だ。ワシ、ここから飛び立てんぞ」

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