第三章①
「おい、起きてくれ」
僕は、男の無粋な声を耳にしてベッドで目が覚めた。視界には、見たことのない年配の男性。何だか疲れ切った顔で、目は落ち窪んでいる。無精髭もまばらに生えていて、ひげそりをしたのは随分前なのだろうと容易に推測できた。
覇気のない顔だ――
それがこの男に感じた、第一印象だった。この男が僕に何の用事なんだろうと呆けて思っていたら、男の後ろにアリシアとソウが立っていることに気が付いた。二人は肩を撫で下ろし、頬を緩めて僕を見下ろしている。
「良かった……正直、駄目だと思ってしまっていました」
「アリシアが薬をがぶがぶ飲ませたのが良かったんじゃねぇか。回復も存外早い」
二人はホッとした表情になっているけれど、何でこんな状況になったのか、記憶が定かではない。ここは一体どこなのだろうか?この男の人は誰だろう?
「……確か僕は、戦いで雷を受けて、それが最後の記憶なんですけど。それ以降は断片的にしか覚えてなくて」
最後の辺りの記憶は、竜の腕でアランの雷を防いだ所だ。一閃の雷光を難なく弾いた力を思い出し、何となしに力を込めてみるが、竜の力は顕現しなさそうだった。グレンが言うように、あの力は昨晩だけのものだったらしい。
「記憶が断片的なのですか……では、時間もないので、昨晩の出来事をかいつまんで説明しますーーアラン達との戦いで窮地に陥った私たちですが、例のドラゴン、グレンが突然姿を見せたので、混乱したアラン達は逃走。私たちは事なきを得ましたが、ハルさんはアランの雷を受けて重症を負ってしまいました。薬は飲ませましたが、回復の兆候が見られないためどうしようかと思案していたところ、唐突にグレンに摘まれて、空を飛び始めたのです!生憎にもタナラタ付近で下ろしてくれたものの、生きた心地はしませんでしたよ……」
「夜だったのが功を奏したよな。あと大雨。まさか、街の近くにドラゴンが着地してるなんて、住民も夢にも思わないだろ。それに、着いたのが明け方前だったのも幸運だったな。人目を気にせずタナラタの街に入れた。で、例のアリシアの叔父さんとやらに会えて、その家でお前が目覚めるのを待ってたと」
そこまで聞くと、見知らぬ男がアリシアの叔父さんなのだと画展がついた。ずっとぶっきらぼうな表情に見えるのは、突然押し入られたことによる不本意さが滲み出ているのだ。
いや、それだけが原因では無いのかもしれないか――
「ちょっといいか」
叔父さんは、僕たちの話が一区切りしたのを見計らって口を開いた。
「怪我人がいるから入れてやったが、元気になったなら出てってくれ。俺は、お前らに関わる気はない」
「……そんなことが言えた義理なんですか」
見た目よりもしゃがれた声で冷たく言い放つ叔父さんへ、アリシアが言い返した。湧き上がる想いを押し殺しているのだろうか。低く呟くような口調だった。
「昔のことは、悪かったと思っている。ただ、今日の話とは別のことだろう。さっき街をぶらついたら噂になってたぞ。三人組の人殺しがサヌールからタナラタへ逃走してるって!お前らのことだろ!」
「おい待て、おっさんーー俺たちのこと誰かに喋ってねぇだろうな!」
「やっぱりお前らが人殺しだったのか!警備に突き出してやろうか?」
「ちょっと待って!」
エスカレートする会話をアリシアが制した。荒い吐息が部屋中から聞こえた。
「ハルさんが落ち着けば、私たちは今にでもここから出発します。その時に警備にでも、ギルドにでも自由に通報してください。脅されたとでも言えばいいでしょう。でも、本当に、私たちが、私が、人殺しをしていると思っているんですか?あなたの目にはそう映ってしまっているんですか?」
叔父さんは口をつぐんでアリシアから目を逸らした。アリシアの幼少期は分からないが、叔父さんの記憶にも、アリシアと殺人とを結びつけるものは無いはずだ。
「グレンさんは、まだ街の近くにいるんですかね」
僕はこれまでのことを不意に思い返して、ソウヘ尋ねた。
「多分、な。街の近くに降り立ったあと大木の横で寝そべってたから、急げばまだいるんじゃねぇか?」
それを聞くと、僕はベッドから体を起こしてみた。受けた雷の後遺症だろうか、時折体のあちこちの筋肉が痙攣するような感覚があるけれど、なんとか動ける。痛み自体はほとんどない。
「この通り、僕は動けるので先を急ぎましょうか」
「重症なんですから、まだ動いてはいけません!」
アリシアが懇願するように言ったが、時間がないのだ。無理を押してでも動くしかない。
「……昨晩の話なのに、もう噂が広がっている。猶予はないと思う。まずは、少しでもタナラタから離れた方がいい」
「ハルが動けるってんなら俺も賛成だ。大事を見て一晩でも留まるもんなら、見つかる危険はグンと上がる。今すぐにでも発つべきだ」
ソウも賛成とのことだった。でも、アリシアは苦々しく唇を噛んでいる。
「仲間は出発する準備ができてるらしい。今すぐここを出ていくんだな」
釘を刺すようにアリシアの叔父さんが口を開いた。
「分かっています。言われなくてもこれから出ていきます!だって、あなたは――」
「出て行く時に、兄貴の……お前の父親が残した鞄を持っていけ。中身は大したものが入っていないが、お前の物だ」




