第二章⑬
唐突に雨が強まったにも関わらず、ギルドチーム、黒鉄の三人はその存在を気にすることなく機敏に動き出した。
「クリフ、いつも通り動きを奪え」
「……ああ」
クリフと呼ばれる寡黙な男は一言同意すると、両手を突き出した。途端、掌から大量の水が放出された。まるで消火のための放水のような、鋭い棒水が容赦なく僕たちに吹き付けられた。
「ぐぇ……あぶっ、マズイ、動きが制限されちまう。こうなったら、俺が凌ぐ」
まず放水の標的になったソウは、魔法でゴーレムへと変化した。僕とアリシアは守りの魔法に特化していないから、放水はソウに耐え凌んでもらうしかない。
「……あ、でも、これマズイ。土が雨で脆くなってら。それに放水で剥がされてく!」
ソウは放水を受け止めているが、土の鎧が僅かずつ吹き剥がされているようだった。放水に打ち負けるのは、時間の問題のように感じた。
僕とアリシアで道を切り開くしかないーー
既に窮地を感じた僕は、動きのないアリシアの様子を見た。アリシアの表情は、アランの言葉に失意を抱いたのか、いつもの猪突猛進な勢いは微塵も感じられなかった。
「アリシア!やらなきゃやられるよ!……くそ、火滅球だ!」
僕は焦って火の玉を生成し、相手に投げた……が、雨の勢いに負けて近くの地面に着弾すると、燻った煙が立ち上った。
「おいおい、お前ら、自分らの弱点くらい見極めておけよ」
焦げ付く地面を呆然と見守る僕に対して、アランは手を振るった。その途端、眩く白い閃光が僕に向かって伸びた。
この光の筋は、一体――
何を考える暇もなく、閃光は僕の胸元に直撃した。その瞬間、全身に熱湯をかけられたような痛みが広がった。
「――――っっ!!!」
あまりの痛みと衝撃で、叫ぶことも、呼吸することも叶わず、その場に倒れ込んでしまった。
「あーあー、だから嫌なんだ。レア魔法"雷"だけど、何分スキルレベルが低いもんで、苦しい表情にさせちまう。しかも、生憎の雨のおかげで威力倍増。相当痛えだろうな」
倒れた僕は、アリシアと目が合った。また、恐怖に怯える表情が見えたのかと思った。でも、違った。彼女の底しれぬ激情が垣間見えた気がした。
「ハルさんにはもう、手は出させない!"氷の――"」
言いかけたアリシアは、何を感じたのか風の盾に持ち替えて前方を覆った。途端に小さな弾のようなものが前方から飛んで盾に飲み込まれていく。
その攻撃はーー
僕が考える間もなく、盾は激しく爆発した。その勢いのまま、アリシアは地面に尻もちをついてしまった。風の盾では爆発の威力を殺し切ることができなかったようだ。
「爆発した……なんて威力」
「アンジェラの魔法はこう見えて、ウチのチームで一番のスキルレベルだ。直撃したらひとたまりもないぜ」
爆発の攻撃……そして放たれる小さな弾……思い出した。以前森で助けてもらった時、僕はこの攻撃を受けたんだ。その時は爆風だけで脳震盪と打撲を食らったんだから、確かに恐るべき威力だ。直撃すればひとたまりもないだろう。
さっきもゴブリンを一撃で葬っていたから、折り紙付きの威力であることはよく理解している。
「でも、何度でも、防いでやる……」
アリシアは歯を食いしばりながら立ち上がると、また風の盾を生成した。すると、また爆発が起きる。アリシアは爆発を防ぐことしかできず、防戦一方だった。
「……おい、ハル、立てないか!俺もそろそろマズイぞ」
ソウのゴーレムは、水を多量に含んでおり今にも崩れそうだった。大きな亀裂を中心に土塊がボロボロと剥がれ落ちている。
アリシアも、ソウも、そして、僕も。攻撃どころではなく、相手を躱すだけで精一杯。反撃の想いは風前の灯だった。
「依頼書には相当な手練れと書かれていたが、こんなもんか?そろそろ終わりにすっか」
「まだ、まだ諦めない」
僕は立ち上がった。全身の筋肉が痙攣しているような感覚だった。痛みと痺れで足取りが覚束ない。でも、ここで倒れるわけにはいかない。だって、僕の旅は始まったばかりなのだ。ソウには出会ったばかりだし、シスターからアリシアを託されたばかりでーー彼女の過去はまだ、何も聞けていない。
「若いってのは大層なことだが、もう諦めな」
アランは苛つきながら、見下すように吐き捨てた。そして、一筋の閃光を放った。光の筋が僕に向かってくるーー
「こんなところで、終われるわけがない!魔竜爪」
反射的に右腕を振るった。アランの閃光を、竜の爪が断ち切った。
「――!!なんだ、それは……魔法、か!?」
驚きの表情を浮かべるアランをよそに僕は倒れ込んでしまった。足に力が入らない。体力が限界を迎えていたようだ。そんな僕の耳に、誰かの声が聞こえた。いや、声として聞こえたのではない。雨音でかき消されないような、クリアな声が頭に直接、聞こえて――
『そのうち会いに行くと言っておったが、厄介な状況になっているようだの』
それと共に、ドラゴンの雄叫びも聞こえた。




