第二章⑫
異世界に来て早くも五日。ファンタジーでもおなじみのそいつらは、唐突に姿を現した。小学生くらいの背丈。緑褐色の体表。身につけるはボロと棍棒。縦に鋭い瞳は、僕の夜目でも確認できた。その姿はまさにゴブリンそのものだった。
奴らは理性を感じられない荒い気性をこちらへ向けている。吐き出す吐息は、まるで喉の奥から絞り出しているようで、獣の唸り声を思い出した。すると、こちらが手出しをしないのを好機と見てか、三匹が一斉に向かってきた。連係を考えるほどの知能はないのかもしれない。
「おっと、じゃあまずは俺が。土硬鎧だ」
ソウが叫ぶと、体がムクムクと肥大化して、あっという間に一回りも大きい土人間のようなものへと変わった。それはまさに、カタニアからサヌールへと向かっている最中に受けた襲撃のさなか、突如現れた土の人形ーーゴーレムと、まさに同一のものだった。
「……声がくぐもって伝わらねぇし伝えられねぇが、俺がいれば安心ってわけよ」
「なるほど、動く土の壁ってわけですね。でも守るだけですか?」
アリシアは感心しながらも、ソウを焚き付ける。ソウはというと、鼻で笑いながら答える。
「……んなわけないでしょ。攻撃も自在さ」
そう言うと、近づいていた先頭のゴブリンを腕で薙ぎ払う。予想以上の俊敏さだった。土の質感ならではの重量感を体に受け、ゴブリンは大きく吹き飛んだ。倒れたゴブリンは突っ伏したまま体を起こせず、力尽きたようだった。
「……雑魚め。三匹まとめて掛かってくるんだったな」
ソウが挑発すると、鼻息を荒くした二匹のゴブリンがゴーレムに向かう。そして、そのままの勢いで棍棒を振り抜くが、土の衣に思いきり弾かれた。岩石に当たったかのような鈍い音ーーその一方で、ソウの体はびくともしていない。
「……ぜんっぜん効かねぇぞ。やる気あんのか!」
「ですが、守ってばかりでダメージを与えられていませんよ。私も出番を頂きます。水鋭爪」
そう言ったアリシアの手先がみるみる伸び始めた。その様子に驚き改めて見ると、伸びているのは指ではなく、爪先だった。それは、透明で、瑞々しかった。その中を泳ぐ気泡を月夜が照らすと、一筋の淡い煌めきが映った。
「素早さではこちらに分があります」
アリシアは、地に付くほどの爪をだらりと垂らしたまま、遠回りにゴブリンたちの背後へ近づき――そのままの勢いで、それぞれの爪を二匹の首の中央へ突き立てた。
「首元で申し訳ありません。苦しいとは思いますが、頭は貫けないのです」
アリシアが爪の魔法を解除すると、ゴブリンは力なく崩れ落ち、しばらくもがくと、二匹共、静かに息絶えた。
「あっけねぁな」
「あの、一応僕もグレンさんの力で接近攻撃できますんで、心配ないですよ?」
ソウに伝えると、彼も同じく魔法を解除して、「そういやそうだった」と言いながら僕の元へ歩いてきた。
「いえ、まだです!敵意を持った……人間がいます!」
唐突にアリシアが叫ぶと、森の中、光源のない暗闇の先が突然輝いて、小さな光の弾が一直線に飛んできた。
見覚えのある飛来物だーー
僕は瞬間的に、そう感じた。ただ、それが何かを思い出す前に、光の弾は僕たちの間を一瞬でくぐり抜けて、その先の何かに着弾した。と、同時に、爆音と「グェ」というしゃがれた鳴き声が聞こえた。
「四匹目ーーゴブリン……を、攻撃してくれたの?」
光の弾が飛んできた方へ向き直ると、森の奥に三つの影が見えた。それは人影のようで、僕たちのいる野営地に歩みを向けているようだった。そして、笑顔にも見える表情が伺えた。
「久しぶり、だな。アリシア君。あと、森で出会った少年よ」
「……アランさん、ですか?」
アリシアが驚きの声を上げた相手は、結えた銀髪が特徴的な、歳を重ねた雰囲気の男性だった。また、左の頬を縦断するように大きな傷跡があり、生々しい戦いの歴史がそこに刻まれているようだった。
その左には、先程ゴブリンを攻撃した人なのか、腕を前に突き出して攻撃態勢にいる茶色っぽい髪色の女性と、右には目がほとんど開いていないような、堅い印象の男性を連れていた。三人は、この世界でよく見る革の素材を中心とした軽装を身に着けている。衣類を見ても、状況を見ても、彼らは間違いなく冒険者だった。
そもそも先程は『森で出会った少年』と僕に向かって言っていた気がするけど、誰かと人違いをしているのだろうか。少なくとも僕はその顔に見覚えがなくて、困惑してしまった。
「先日会ったばかりだと言うのに、こんな所で顔を見ることになるなんてな」
アリシアは振り返り、僕とソウへ説明した。
「この方々は、ギルドチーム、黒鉄の三人です。ギルドの中でも数少ない、特級依頼を受けることのできる――特級チームの実力者たちです」
アリシアの説明でハッとした。黒鉄は、僕がこの世界に来てすぐの時、魔物に襲われた所を助けてくれた人たちのことなのだ。
「アリシア君、説明ありがとう。一応自己紹介すると、俺がギルドチーム、黒鉄のリーダー、アランだ。左はアンジェラ、右はクリフ。よろしく。アリシア君とは、時たま孤児院へ寄る時に顔を見せる程度だが、早いものでーー知り合って五年近くにはなるかな」
「そう、ですけど……どうしてこんな所へ?」
アリシアが怪訝な顔で問い掛けた。真夜中、街から程遠い森の中で出会うなんて、事前に場所を伝えていたとしても難しい。
「俺たちはたまたまタナラタにいたんだが、緊急で依頼が入ってな。近いのは俺たちしかいないってんで、他の用事すっぽかして、大急ぎで向かってるってわけだ。で、何かしら音がするから立ち寄ってみたら君たちが戦っていて、加勢しようと飛び込んできたってとこだ。逆に君たちは?」
「……私のーー親族から急ぎで手伝ってほしい事があると連絡がありましたので、タナラタヘ向かっています」
アリシアは、事実も紛れさせながらもあからさまな嘘をついた。焦ることなく話すアリシアに驚きながらも、それを聞くアランは、ふうん、と顎に手を当てて相槌をうつ。
「でもさ、こんな真夜中に危険を冒して?後ろのお二人はギルドチームのメンバーでしょ?なのに家庭事情の手伝いに来てくれるなんて親切だよね」
「あの、そちらの緊急の依頼って……何ですか?」
僕は話を変えようと別の質問をした。それを聞いたアランは、小さくため息を付くと、渋々語りだした。
「『本日、夜のはじめ頃にサヌールの街門にて、警備隊が襲撃された。複数の死傷者が発生。襲撃者は三名。逃走経路は不明だが、最後の目撃位置から推定すると、タナラタ方面へ逃走を図ると推測』とギルド本部から通達があった。ギルド本部直轄の敷地内での大惨事。ギルドへ泥を塗った行為だとして、鼻息荒く捜索をしている最中だ。そんな矢先、まず人と出会うことのない森の中で君たちに出会った」
アランは腕を組んでこちらをじっと見つめた。真意を見破ろうとしている眼にーー見えた。
「君たちは、違うよね?」
「……先に質問させてください」
アランは一瞬キョトンとして、右腕を前に出した。『いいぞ』ということらしい。
「さっき、『加勢しようと飛び込んできた』って言っていましたが、はじめから、森の中で一部始終を見ていましたよね?それはなぜ……ですか?」
一言一言を口にするアリシアの言葉が震えている。アランはそれを見て、ポリポリと頭をかいた。
「あー、そりゃ勘付くか。全部言っちゃおうか。先の戦いで死んでくれれば、心が痛まなかったんだよね……ギルド本部から凶悪犯である君たちを殺害せよとの依頼が出ている。君たちを信じたいという気持ちも少しはあったけど、嘘をつかれちゃ、仕方がない」
「待ってください!嘘はついてしまいましたが、誰も殺してなんかいません!そもそも、私たちもまだ状況が把握できていないんです。多分誤解とかもあって、だからさっきは仕方なく……あ――」
アラン達三人は、アリシアの言葉を聞き終える前に、魔法を放つ準備をしていた。
「これでもアリシア君との五年間の重みを感じているんだ。それに、そこの少年もせっかく助けたのになぁ」
その言葉の節々に、明確な殺意を感じた。そんな負の感情に導かれるように、風が強まってきた。ぽつり、と雨の雫を感じる。
「あーあー、降ってきたか。じゃ、風邪引かない内に終わらせるぜ」
その一声で、ギルドチーム、黒鉄との戦闘が開始された。




