第一章②
夢を見ていた。
いつか見た女神のような人が、『この世界を救って』と懇願する夢だった。
すかさず『僕なんかじゃ無理ですよ』と言う。
だって、普通の高校生ですよ?取り柄なんか――何もない。それに、何から救うんですか?悪を倒す?戦争を無くす?それとも貧困を?もしかしたら政治を良くしてくれ、と言うそれですか?何にしろ、無理ですよ。
僕にはそんなこと、できません。だって、僕は、何の取り柄もない普通の高校生ですからーー
ーーーーーーーーー
眩しい――
さんさんと降り注ぐ陽光を感じて、僕は目覚めた。目を開こうとしたが、余りに眩しすぎるので、手をかざしながら仰ぎ見る。雲一つ無い青空がいっぱいに広がっており、指の隙間からは真ん丸な太陽が見えた。
「あーー嵐、消えたのか。いい天気」
どれ程気を失っていたのかはわからないけど、いつの間にか嵐は去っていたようだった。荒れ狂っていた環境とは打って変わって、心地よいほどの気候。風で草がなびく、さらさらと清々しい音が聞こえ、背中には地面の湿度を感じる。
なんとか生きてたのか――
僕は心を撫で下ろし、力を抜いて深呼吸した。激しく脈拍していた鼓動は治まっている。研ぎ澄まされていた五感が落ち着き始めているのも感じる。ただ、そんな安心感とは裏腹に、いくつもの不安が湧き上がってきた。
まず、怪我がないこと。体のどこにも痛みはなさそうで、恐る恐る全身に触れてみても、当然のように五体満足だし、切り傷や打撲すら無かった。そもそも制服も綺麗なままだし、まるで嵐に飲まれたことが無かったことになっているみたいだった。それに加え、殴られたかのような酷い頭痛も、ついでのように消え去っている。
「怪我がないのは、運が良かった。で、済む話なのかな……?僕としてはありがたいんだけど」
納得いかないけれど、現状は運の良さで説明するしかないだろう。というか、そう片付けないと不可思議なことが多すぎるのだ。
そして、もう一つの不安事項は僕がいるこの場所だ。僕が倒れていた場所は、緑々とした広大な草原だったのだ。膝くらいの草が生い茂っており、近くに背の高い樹木は見当たらない。学校の近くに、こんなにも広くて自然豊かな公園はない。学校を出てすぐ嵐に遭遇したのだから、嵐が消えたら当然ここは学校の近くのはずだ。百歩譲って、嵐に吹き飛ばされてしまい遠くの見知らぬ土地に落下したとでも言うならまだ説明できる。
しかし、僕と一緒に吹き飛ばされているはずのゴミやら何かの残骸やらは、周辺に一切落ちていないのだ。まるで、僕だけがこの見知らぬ土地に放り出されてしまったような孤独を感じてしまう。
「いやいや、全部考えすぎだって!地図を見れば解決する。最悪、助けを呼べば大丈夫」
不安を拭えず、焦ってスマホを探した。上着のポケットに入れていたはずだったのだ。が、空だった。入れていたはずの財布も無かった。立ち上がり、全身をくまなく探すが、それも徒労に終わった。僕は呆然としてーーその場に腰を下ろす。
「そもそも鞄もない。嵐に巻き込まれて全部飛んでいった?」
苦しいが、どれもこれも全て運で説明する事はできる。いや、それでしか説明がつかないのだ。
「きっと、全部ツキが噛み合っただけに違いない。財布には小銭しか入ってなかったはずだから、無くなっても大丈夫……それより、歩いて何か目印になるものを探そう」
貴重品のことは一旦忘れることにした。僕は腐らずにもう一度立ち上がり、辺りを見渡す。すると、一面草原かと思っていた遠くの一辺に、樹木が密集している箇所があったのだ。さらに、その一部は樹木の密度が極端に少なく、道のように見えた。
「あれは道、かな。人工的に切り開かれているように見えるから、獣道じゃない……はず」
少々距離はあるものの、行くあてもないため、ひとまずはその森を目指すことにした。僕はそんな目的を掲げ、ひたすら開けた草原を歩き出した。しかし、いくら周囲をよく観察しながら歩いても、僕の所持品をはじめ、嵐で巻き上げられた瓦礫などは見当たらなかった。
更に、時間が経つにつれて別の違和感を抱いていった。周辺に群生している植物で、笹か何かかと思っていた草は、何となく違う種類に見えたのだ。植物に詳しくないので単なる気のせいでしかないのだが、ことばに表せない不安が募っていく。
そして、もう一つが気候だ。春になったばかりのはずだったが、現在は真夏に近い日差しなのだ。一方で湿度は低くカラッとしているので、日本の気候に思えない。
次々と抱く違和感に、増々不安が増えていく。
「まさか、ここ海外だったりして」
あり得ないが、その可能性も考えられなくはない。だが、嵐に飲まれただけで、まるで瞬間移動をするようなことはあるのだろうか。それとも、もしかしてーー
聞きかじったことしかないが、僕の陥った状況を説明できる可能性がひとつ思い浮かんだ。あり得ないという思いと、そうかもしれないという思いが錯綜している。
まだ断定できずに思案していると、しばらくして草原と森との境界付近にたどり着いた。しかし、僕はそこに立ち入ることを躊躇してしまった。
ここは異世界なのではないかーー
先程思い浮かんだ考えが、僕をその場に踏み留まらせた。僕は、単なる学生だ。何かに襲われたらなすすべもなく蹂躙されてしまうであろうーーそんな事を考えてしまい、どこへ続くかも分からない道の目前で踏み留まってしまったのだ。
「いやいや……異世界とかただの考えすぎだ。普通に考えて、ただの森だったとしても、猪とか熊がいるかもしれない。丸腰はどう考えても危険だから引き返そう。元いた場所で助けを待とう」
冷静さを取り戻した僕は、目覚めた場所へ戻ることを選択して、一歩後ずさった。その時、森の奥から誰かの声が聞こえた。