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第二章⑨

 独房を出て出口へ向かったものの、やはりよほど侮られていたのか、監視などは何も無かった。ただ、本当に独房へそのまま放置して殺すつもりだったのだと理解すると、その事実に改めて身が震えた。

 出口の扉を開くと、日没間際のようで、どこかから反射した夕景が世界を照らした。脱出することができた安堵の心半分、この先どうなるのだろうかという不安半分。いや、脱出した今は、先の不安だけが強く胸に残っている。一分一秒先がどうなるのか、想像することもできなかった。


「やっぱりサヌールの貧困街だな」

「え、ここがサヌール?」


 ソウの呟きに驚いた。僕たちが宿泊までしたサヌールは栄華が極まっていた印象で、貧困の様子なんか微塵も感じられなかったからだ。ソウが"貧困街"と判断した方を見ると、確かに雰囲気はどんよりと暗くて、街並みもお世辞を言えないくらい汚い。道行く人も皆背筋が曲がり、地面を舐めるように視線を落としている。

 さらに暗い雰囲気の理由として、陽を遮りながら"貧困街"を囲うように立ち連ねる"栄華"側のサヌールの街々がーーそれこそギルド本部などが陽を遮断して、夕日本来の明るさが届いてこないのだ。


「私は知っています。サヌールの光と闇……玄関口だけ華やかなのに、勝手口は底なし沼のように、暗くおどろおどろしいーー」

「姉ちゃんの言う通り。俺はこの貧困街に住んでそこまで長くはないが、貧困街の扱いの酷さはよく知っている。奴隷制もフローリアの国でこの街だけ認められているしな。一度落ちたら這い上がれないまさに底なし沼だし、肥溜めなんて言われてるくらいだぜ。当然、富裕街と貧困街は行き来に厳重な管理がされていて、直接の往来はできない」


 二人はこの街のことを僕よりずっと知っているようだった。住んでいたというソウだけでなく、アリシアも詳しいようで意外だった。


「ハルさん、ここからどうしましょうか?顔は割れていますから、ギルドも使えないでしょうね」

「それは俺も考えていた。ひとまずは俺のアジトに来てもらうか。そこで策を練ろう」

「……ちょっと待ってください。私、あなたが"反乱分子"と言われていたこと、まだ納得できていません」


 アリシアの言葉にソウがムッとした表情でにじみ寄る。


「あそこまでされてまだわからねぇのか。俺とアイツのどっちが悪か……ただな、クルエスの俺たちに対する所業はイカれてても、話に筋が通ってないわけじゃない。それにどうせ俺たちの言葉は所詮言い訳にしかならねぇ。表向きには俺"達"が悪者だ。ここまで来ちまえば、三人全員が反乱分子なのさ」

「ーー何を言うんですか」

「……アリシア。ここで仲違いすると、僕とアリシアは頼る先が無くなる。でも、ソウは僕たちの力を借りられなくなる。お互いにデメリットだ。僕は……三人で協力する必要があると思う」


 色々と考えた結果の結論だった。ソウの素性はまだ知れなくて、そもそも何で僕らに取り入ったのかも分からない。でも、何の後ろ盾のない僕とアリシアは、ソウと協力しなければこの先はないように思えたのだ。


「大将!そうこなくっちゃ。なら姉ちゃんも同じ意見だよな?」

「そんな、私は!」

「……アジトへ案内してください」


 ソウを拒絶しようとするアリシアをなだめようと、彼女の肩に触れた。怒りが表情に出ているし、納得いかないのは理解しているが、これしか選択肢がないのだ。アリシアも、内心ながら理解はしているはずだ。


「納得したなら、着いてきな」


 ソウが小走りで先を進み、僕はそれを追った。後ろを振り返ると、渋い表情をしながらもアリシアが付いてきているのが見える。

 バラックの間を右、左と通り抜け、階段をいくらか上下して追っていく。息が軽く上がり、ソウの姿は既に見えなくなっていた。今の一本道でなければ、とっくに見失っていただろう。すると、狭い階段を上りきった先の、少し小広い場所にソウがいた。彼は、寂れた小屋の前で立ち尽くしていた。


ーーーーーーーーー


「どうしたの?」


 様子がおかしい事は瞬時に理解したが、少し近づき、意を決してソウヘ尋ねた。追いついたアリシアは、肩で息をしながら何事かと不審な顔をしている。

 ソウは、扉の開いた小屋の中を見ていて、そこから視線を外そうとしなかった。いやーー視線を外せなかったのだ。


「……は、はは、やられた。泳がされてたって言ってたし、内心、かもしれないって思ってたよ」


 僕は、ソウの視線が指す小屋の中を、恐る恐る覗き見た。

 そこは、あらゆる道具が散らばり、家具が四方に散乱していた。まるで強盗にでも遭ったのかと思うほど荒れていたのだ。さらに、目を背けたくなったのは、扉近くの床一面に、巨大な、赤い水たまりが見えたのだーー


「そうじゃなければいいなと、祈ってた」


 凄惨な現場は初めてだったのに、何が起きたのか一目で予想がついた。だからこそ、ソウにかける言葉が見つからなかった。


「仲間が、三人いたんだ。故郷から一緒だった。長い付き合いだった。たった今、俺は独りになった」


 ソウはその場に腰を下ろした。座ったというより、力が抜けて尻もちをついてしまったようだった。


「さっきはアジトに来たら何とかなるような言い振りしちまったけど、この有り様じゃ何もできねぇ。俺も、これからのプランが全部吹き飛んじまったし、正直なところ、目標も、見失っちまった。あるもんから好きなの取ってっていいぜ。別にお代は――」

「ふざけないで!」


 アリシアがものすごい剣幕で、ソウの胸ぐらを掴んで立ち上がらせた。そして、そのままの勢いで壁に押し付けた。


「『生きる目標を見失った』とか、『仲間がいなきゃ何もできねぇ』とか、そんなに芯のない人だったんですか!?まだ私たちは、『生きている』。生きていれば希望はあるし、光明だって差し込みます。仲間だって、知り合ったばかりだけど、私も、ハルさんもいます。私たちは、"三人全員反乱分子"なんですよね!?同じ立場同士、抗いましょうよ!」


 息を切らせて、アリシアが言い切った。すると、ソウの光の消えていた瞳にーー灯りが灯った気がした。


「……そうだった。忘れてた。俺の目標はーーまだ見失っていない。やらないといけないことは、変わらずまだ残っている。それに、もしお前らを仲間と呼んでいいなら、一緒に……戦ってくれ!」


 ソウは、強く唇を噛みながらも、これまで見せたことがない屈託のない笑顔で頭を下げた。


「もちろん僕も」

「私もです!」


 僕に断る理由は、一切なかった。三人で、待ち構えている困難を乗り越えなきゃいけないのだ。


「すまねぇ、恩に着る。だがよ、俺のアジトの場所が割れてんだ、場所を変える必要がある。ただ、俺がこれまで使ってた拠点は全部足がついてるはずだ。どこかに安心できる場所を探す必要がある。残念だがそれだけは俺に用意できねぇ」


 ソウが頭を抱えているが、こればかりは仕方がないらしい。となると、非常に遠いが孤児院に戻る必要があるかもしれない。

 アリシアに意見を求めようとしたとき、先に彼女が口を開いた。


「先程、ハルさんが我々には頼る先がないと言いましたけど、実は、近くに頼れるかもしれない人を知っています」

「お!なんだ。いるならさっさと教えてくれよ!」


 僕も一息つき、ソウは嬉々とし始めたが、アリシアは出来れば口にしたくなかったのか、ため息混じりに続けた。


「近くの街に叔父がいるので頼りましょう。私の人生をぶち壊した男ですが」

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