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第二章⑧

 いつかの夢を、また見た気がした。

 女神のような人が、『この世界を救って』と懇願しているのだ。それを耳にした僕は呆れて、『絶対無理ですよ』と言う。


いつも空回りばかりなんだ。たまにうまくできたな、と思っても、次から次へと問題が起こってしまう。身の回りの出来事だけで精一杯なのに、世界をどう救うって言うんですか。

……問題の諸元に近づいているじゃないかって?

それって一体どこです?それに、近づいただけじゃ解決しませんよ?やっぱり無理です。僕だけでは無理ですーー


ーーーーーーーーー


ぽちゃり


 雫が落ちる音で目が覚めた。薄暗い。天井があるようだけど、高くはない。


ぽちゃり


 屋根から雨漏りでもしているのだろうか。一滴、一滴と近くの水たまりに滴下しているようだ。

 僕は体を起こした。硬い地面に寝そべっていたらしく、体中が痛い。腕を伸ばそうとしたら指先が何かに当たった。壁らしい。よく見ると足元にも壁があり、右手側にも壁。そして、左手側には鉄格子があった。薄暗く、視認し辛いものの、小さな空間に閉じ込められているのだと理解した。僕がいるこの空間はーーまるで独房のようだったのだ。


「……何で、こんなところに」


 思わず鉄格子を掴んで引いてみるものの、びくともしない。暗闇に目が慣れたのでよく見ると、鉄格子の先は通路になっていて、通路の向かいには同じような独房が見えた。さらに、独房は通路に沿って幾つも並んでいたのだ。朽ち果てた刑務所にも思えた。

 僕は焦り、再度鉄格子を揺らすと、軋んだ甲高い音が通路に響き渡った。


「やっと起きたか」


 目の前の独房から声が聞こえた。耳にした覚えがある声色だが、言葉に含む冷たく暗い雰囲気は初めて感じるものだった。目が暗闇に馴染み、声の持ち主の輪郭が見えた。


「……ソウ?」

「ああ、俺だよ。ソウだ。起きたのはあんたが最後だぜ」


 そう言うと、僕の左隣の独房から鉄格子を叩く音がした。


「私です。アリシアです。私も目覚めたばかりで、何がどうなっているのか……」

「あー。あんたら、察しが悪いな。覚えてねぇのか?クルエスにやられたことを」


 ソウの口調にムッとしつつも、記憶が脳裏に蘇ってきた。ギルド本部にて、クルエスの配下二人が僕たちに寄って来たことを。そして、誰かの叫び声と共に記憶が飛んでーー次の記憶はこの独房から始まったのだ。


「二人のうち少なくとも一人は時魔法の使い手だな。時を止められて、その一瞬でうまくやられちまったんだ」

「時……魔法?」


 以前にアリシアが言っていた特殊な魔法の一種だろうか。それは、不意を突かれたとはいえ、顔を背けたい事実だった。僕はお世辞にも強いとは言えないけど、それでも三人が何も抵抗できずに捕まってしまったのだ。あまりに強力すぎる能力だった。


「結果どうあれ、身を持って知ることができた。クルエスの依頼を受ける忠誠心のあるやつだけ特級チームとして残っていく。断ったやつはこの有り様ーー存在が無かったことにされちまう。そんでもって、時間が経てば経つほど奴は腹心に囲まれて、勝手に奴の城は強固になっていくって算段だ」

「存在が……?それに関連して、記憶では私たちは"通常の処理"をされると言われてましたけど、どんな意味なのでしょうか」


 僕も気になっていたところだった。独房に閉じ込めるのが"通常の処理"なら、もしかしたら"特別な処理"をされていた可能性もあったのだろうか。


「さすがに俺も知らねぇな。ま、考えても仕方ねえだろ。それよりもこの格子には気づいたか?」


 ソウは、僕とアリシアの懸念を軽くあしらうと、牢屋の格子を軽く叩いた。


「この独房、魔力循環の魔導石がいくつも仕込まれているみてぇだから、魔法が使えねぇ。試しに唱えてみろよ。魔力が拡散しちまう」

「魔力循環の魔導石?」

「初耳か?今じゃ鉱脈がなくなっちまったレア物の魔導石だ。ただ、大昔には、価値のない"ゼロ石"と呼ばれてたんだ。大気に魔力を放出する性質があって、いくら魔力を充填しようとしても全く溜まらないから、本来の用途である魔導石として使えなくて、ことごとく捨てられていたらしい。ただ、今じゃこんな使われ方をしている」


 ソウに言われたことを試してみようと、手に力を入れてみる。すると、掌に一瞬小さな炎の塊が発生したかと思ったら、すぐに霧散してしまったのだ。隣でアリシアも同じことをやっており、手の中に水の粒が生成されても、瞬く間に宙へ消失している。


「だろ?魔法じゃ脱出できねぇ……こうなったら手はねぇよ。死ぬまでこの独房に入れられて、そのうちお陀仏よ」

「ちょっと待ってください。そもそもあなたは何をどこまで知っているのですか?確か、"反乱分子のリーダー"って言われてましたよね……私たちを騙していたのですか?」


 不意にアリシアがソウへ食って掛かった。ソウの変貌ぶりや反乱分子と呼ばれていたことは、僕とアリシアにとって重要な懸案事項だったのだ。そもそも味方なのか敵なのか……何よりも彼を見定める必要があった。

 しかし、そんな質問は既に想定していたのだろう。ソウはアリシアの問いかけを聞くと笑って答えた。


「そうだ。悪いが姉ちゃん、会ったときから騙してたんだ。口調もこれが本来でさ。でも反乱分子は言いすぎよ。クルエスの悪事を知っていて奴に近づいたんだが、バレちまってたってことだ。正直侮っていたよ。既に正体を気付かれていたし、あんたらの前で"反乱分子"とか言われるし、そもそも相当前から泳がされていたはずだ。完敗だよ」

「ギルドマスターはどんな悪事をしていたって言うの?僕たちにも詳しく教えてくれないか」


 ソウ自身のことはもちろんながら、そもそも分からないことが多すぎるのだ。一つ一つ紐解いていかないと、さすがに状況を理解しきれない。


「それもいいが、ここを脱出できないことには始まらないぜ?まずは脱出だ」

「脱出……脱獄だね」

「まあそうとも言うな。しかし、いい手はありそうかい?まあ、なくても状況はこれ以上悪くはならない。どっちでも問題ないぞ」


 ソウが腕を組んで僕に微笑んだ。確かに、この独房から脱出しないことには始まらない。ただ、魔法が使えないのでは手の内は既に万策尽きているとも言える。室内を見渡して、また鉄格子を揺らしてみた。当然、頑丈で壊せそうな気配もない。独房内にはこれという道具はないが、小さな棚の上には僕の持っていた鞄がそのままの状態で置かれていた。持たせておいたところで、どうにもならないのだと思われているのかーー

 そう、僕たちは舐められている。

 付け入る隙があるとすれば、そこだけだった。舐めている相手にしか取れない戦法。いわゆる隠し玉があれば、この窮地を脱却できるかもしれない。しかし、そんなものがあるかどうか――


「おい、あんた、もしかして先のドラゴンと何かしらの"契約"してたりするか?」


 ソウが唐突に契約のことを聞いてきて、僕は目を丸くした。確かに"隠し玉"だろうが、ソウにはグレンとの契約のことは伝えていないはずだ。


「その反応、やっぱり図星か。念話、使えるよな。それでドラゴンに助けを求めたらどうだい」

「あなたはなぜそれを知って……でも、そうですね。私もそれしか手はないかと。ドラゴンに助けを借りるなんてーーそれが私に許されることなのかわかりませんけど」


 ソウは当然に、また、アリシアは悔やみながらも後押ししてくれた。このまま独房で奇跡を待ち続けても時間は解決せず、事態は好転しないだろう。僕らのいる"監視のいない独房"ーーそれは、死ぬまで放置されてしまう可能性を意味していたのだ。


「分かった。グレンさんと念話してみるよ」


 二人の後押しを受けた僕は、気持ちを集中させた。魔力ではない、心で通じ合わせるような感覚だ。遠くにいるグレンの姿を思い浮かべるとーー


『日の出ている時間に念話するとは、ワシは嬉しいぞ。話をしたいのか?』


 思ったよりもすぐにグレンと交流できた。なぜかやたらと陽気そうで、状況を説明すれば助けてもらえる気がした。


『実は、あなたを捕獲しようという話をギルドマスターに提案されたんです。ただ、それを断ったら理不尽にも独房に入れられてしまいました。助けに来てもらえないかと思って』

『ほう。助けてやれんでもないが、ワシを信用してもらわねばならんな』

『僕は……そうですね、以前より信用しているつもりです』


 その言葉は概ね本心だった。ギルドマスターに遭ったことで、相対的に信用が増しているということもあるけれど、それ抜きに、どこか言葉に裏がないというか、話に後ろめたさのないグレンに惹かれ始めているのも事実だった。


『良いだろう。ではお主との従士契約をちょいといじる。ワシの力を今日だけお主に授けよう』

『は?今なんて?』


 僕が聞き返した瞬間、両腕に何か力の塊が巻き付いてくるような、重々しい感覚が生じた。


『――これは!?』

『ワシの力だ。ドラゴンの腕っぷしで邪魔なものを捻り潰すんだな。ガッハッハ』

『今回もいきなり契約更新って……何かペナルティは?』

『今晩も話はするからな、容赦せんぞ。では、そのうち会いに行こう。ガッハッハ』

『おい……って、切れた』


 肝心な所をいつも濁されてしまう。でも、よくわからないけど力を分けてもらえたらしい。ただ、どう使えばいいのだろうか。


「力よ、発揮されてくれ」


 両腕に力が宿った気がしたけど、どちらかと言うと重さを感じた右腕に力を込めてみる。すると、魔力とは異なる、体の底から湧き上がる力の塊を感じた。その途端、白っぽくて半透明の竜の腕先が、僕の右腕に重なるようにして具現化されたのだ。腕の先には鋭利な爪先が生えていて、刺すことも、切り裂くことも容易にできそうな見た目をしていた。


「今日だけの力……でもどう使えばいいんだ」


 思うがままに、鉄格子へ思い切り振りかぶってみた。すると鉄格子は、すぱん、とアスパラをぶつ切りにしたように切断されて、切れ端がカラカラと転がった。僕は、その結果に目を見開いてしまった。力を抜くと、半透明の竜は消え去っていく。


「あんた、すげえな」

「はは、僕も同じ気持ちですよ」


 ソウとアリシアは、目を丸くしてこちらを見ている。先の一撃を見たのだ。当然かもしれない。そして僕も、アドレナリンが滾り、興奮冷めやらぬ感覚のまま、二人へ促した。


「さあ、ここから脱出しよう」

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