第二章⑥
「私はソウと申します。実は、元々ハルさんアリシアさんとはこの街で落ち合う予定になっておりまして、昨日、早計ながら合流させていただいたのです。そして元々知れた仲ですので、昨晩のうちにお二人からドラゴンに関するお話は伺っております」
ソウはサウルへ、昨晩仕込んだ台本とは違うことを淡々と話していた。予定が早くにも狂ってしまい、僕は焦りが表情に出そうになってしまった。
サウルは訝しげな表情で僕たちを見ているが、そうなるのも当然だろう。ソウの素性は明らかに怪しすぎるのだ。僕たちがギルドへ反抗し、傭兵を雇ったとでも思われているかもしれない。
「……元々少人数なんです。お一人増えても支障ないように手筈を整えましょう。ただ、ハルさん。このようなことは事前にご相談下さい」
サウルの剣幕にたじろぎながらも、バレずに済んで息をついた。ご多分に漏れず釘を刺されたことはこの際目を瞑ろう。ソウの様子はというと、何も臆する様子すら見せず、わずかに口元を緩めている。グレンといい、新たな仲間ソウといい、素性が普通な人が仲間になって欲しいものだと切に願ってしまう。
「それでは改めてハル殿御一行三名を本部までお連れします」
部下への話を終えたサウルが全体に聞こえる声で号令をかけると、馬車が走りだした。アリシア曰くギルド本部は宿から歩いてわずかだというのに、到着まで馬車で送ってもらえるようだ。心地良い揺れを感じていると、自分たちは大層な客人なんだと勘違いしてしまいそうだった。
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「それではお降り下さい」
唐突に響いたサウルの声で覚醒した。どうやら馬車の小気味よい振動のせいで、短時間なのにウトウトとしてしまっていたらしい。
客車から降りると、目の前には、この世界で見てきたどの建物よりも大きい建物があった。いや、元の世界でもこれほどの荘厳で息を呑む程の建造物は見たことはないかもしれない。
巨大な鉱物で出来たブロックを積み上げ、彫り出したのであろう彫刻がいくつも壁面に飾られている。さらに、入口まで石段が続いているのだが、その入口である石扉は、小型の怪獣が優に通過できそうなほどの大きさだった。石扉を見上げると、まるで僕が小さくなってしまったように錯覚してしまいそうだ。
ギルド本部ーー僕の第一印象は、"権力の象徴"だった。この中では一体誰が、どんなギルドの仕事をしているのか皆目検討がつかない。ましてや、僕たちはこのあと誰に会ってどんな話をするのだろうかと、言葉にならない不安を抱いてしまった。
アリシアも僕と同じようなことを考えているのか、珍しく心配げな表情で僕を見ている。
「ハルさん、アリシアさん、大丈夫ですよ。この手の扱いは慣れていますので、何かあれば私にお任せください」
ソウは相変わらずに笑顔を絶やさずそう言い切った。頼りになるなと、初めて隣にいることが心強いと感じた。
「こちらです。後に続いてください」
先導するサウルの後を追いかける形で僕たち三人は本部の入口をくぐる。建物の内部も、立ち止まって見入ってしまうほどだった。あらゆるところに装飾や高額な家具が見栄え良く置かれているのだ。通路もとても広く、開け放たれている部屋を見ると、広いだけでなく煌びやかな眩さが目に入る。さらに、とても静かで、厳かな雰囲気。勤務している人は見当たらず、埃の立つ音すら聞こえないほどに凛とした雰囲気を感じた。大声を上げようものなら建物中に響き渡ってしまいそうだ。
喧騒が立ち込め、和気あいあいとしたカタリナ支部とは全く逆の印象。同じ国の、しかも隣街のギルドとは思えないような不可思議さすら抱いてしまいそうだった。
色々なことを考えていると、いつの間にか通路の最奥の部屋にたどり着いていた。そこに、僕たちを誘った人がいるのだと悟る。扉の向こうからは、言いようのない圧のようなものを感じた気がしたのだ。
「ここです。さあ、お入りください」
サウルが礼をして後方に引いた。部屋には三人で入るようにという意思表示のようだった。しかし、緊張というか何というかで扉を開くのをためらってしまっていると、ソウが『開けましょうか?』と耳打ちしてきたので、カチンときた僕はそれを振りときまっすぐに扉を開いた。
そこは、広い部屋だった。ただ、これまでと異なり家具やら装飾はほとんど置かれていない。真っ赤な絨毯が敷き詰められており、その真ん中には一人掛けのソファ。
腰掛けるのは、初老の男性だった。ジェントルマンを彷彿させる艶のある銀髪が映えるような、立派なスーツを着こなしている。それに柔らかで自然な笑顔。人の良さが滲み出ているが、ギルド本部の荘厳さといささか印象が合っていない気がした。
初老男性の左右後ろには、緑髪の男性と青髪の女性もいて、表情を変えずに立っていた。
「さあ、こちらへ」
出方を伺っていた僕たちへ、初老男性が近くへ来るよう促した。その声は、重くて低く、でも器の広さも伺える深い声色。
間違いなく偉い人だーー
瞬間的にそう感じ取った。初老男性が醸し出す独特の緊張感が、場を成しているのだ。
「通信の魔導石で、大筋の話は聞いたよ。ドラゴンと会ったんだって?」
「そのとおりですけど、あの、すいません……どちら様でしょうか」
いきなり本題へ入った初老男性へ、耐えきれず聞いてしまった。すると、アリシアもソウも、眉を下げて僕の表情を眺め見た。
「おっと、名乗らず失礼。てっきり国中に名前が知れ渡っていると思い込んでいた。まず、左右にいるのはマルゴとリーラだ」
相変わらず無表示のまま、後ろの二名がお辞儀をした。そして、初老男性は鋭い目つきで僕を見つめると、はっきり言い切った。
「そして私はクルエス。この国のギルドマスターだよ」




