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第二章⑤

 サヌールの街は、カタニアの雰囲気とは大きく様相が異なっていた。カタニアは雑多で、住民の熱気や勢いが感じられたように、"発展途上"の側面があったのだが、サヌールは閑静で、道も広く整備されており"既に完成された"印象だったのだ。

 僕は、ギルド本部がこんな完成された街にあるとは全く思っておらず、違和感を抱いた。単なるイメージだけど、本来ギルドは荒くれ者を抱えており、ごった返しているものだと思っていたのだ。上流街に位置するギルド本部には、まるで権力を誇示しているような印象を受けてしまった。


「実は、カタニアにあったギルド支部ですが、元々はそれが本部だったのです。10年ほど前にこのサヌールへ移転しました」


 僕は、なるほどと納得した。カタニアのギルドーー元ギルド本部からは、建物の大きさを持て余している印象を受けていたのだ。


「しかし、この街にギルド本部が移転してから、街の様子は徐々に変わっていきました。街並みだけでなく、人々の様子も……」


 アリシアが困惑の表情を浮かべるのにも納得できた。街ゆく人々が身に着ける衣服はまるで上流階級の"それ"であり、僕たち"他"とは明確な壁を感じたのだ。うんと着飾り、華やかさに満ちており、上品な佇まいーー確実に壁はそこにあって、なおかつ乗り越え難い程の高さに思えた。

 少々複雑な思いで街並みを眺めていると、徐々に馬車の動きが緩やかになり、建物の前で停止した。そして、ガタゴトと馬車を乗り降りする音が聞こえたと思ったら、サウルがやってきて馬車の扉を開けた。


「長旅ご苦労さまでした。本日の宿泊はこちらの施設となります。中にはお食事処もございますので、お泊りの前に利用ください。費用は全てギルド負担で問題ございません。明日の朝お迎えに上がりますので、朝食が終わりましたらこの場所へお越しください」


 サウルは丁重に頭を下げると、建物の入口を案内してくれた。目の前に、目もくらむ程重厚な、レンガ造りの建物がそびえ建っている。


「カタニアのギルド支部ほどじゃないけど、大きいな……」


 僕は、その宿泊施設を見上げると、感嘆の声が漏れてしまった。この世界ではこれまで見たことがない、縦に長い高層的な構造物だったのだ。見かけ上元の世界のホテルに近い造りだが、レンガを一つ一つ積み上げて造られている様は、重厚な要素を構成するうちの一つに思えた。

 この世界の人類の叡智なのか、はたまた魔法の力なのか。建設過程は何にしろ、ただ息を飲むしかない造形だった。


「ハルさん、入りましょう」


 アリシアは特段の驚きも無いようで、そんな彼女に促されて建物に入ると、そこにはシックで大人な印象の、それこそレストランのようだった。ホテルは別のフロアらしい。お食事処と聞いたから簡素な造りと思っていたから、想像よりずっとモダンで落ち着いていた。既に食事をしている人を見ると、みな服装が整っており、正装に近い格好で、格式高く静かに食を堪能しているようだった。

 僕たちは明らかにこの場にそぐわないような、冒険に適当な麻の服とレザーアーマーを着ているし、おまけに昨日から同じ服を着ているから、お世辞にも雰囲気を楽しめる気分にはなれそうになかった。


「何だか厳粛な雰囲気だし、ご飯を食べたらさっさと部屋を借りよう」

「そうですね、息が詰まりそうです」


 僕たちは部屋の隅にあるテーブルに腰を下ろし、給仕へ手頃な金額の食事を注文した。そうすると、食事が届くまでに少し間ができる。


「さて、明日以降の話もしておこうか――」


 持て余した時間で今後の話をしようと、アリシアに相談を持ちかけた時だった。


「後ろからスイマセン、まさかお二人って、ギルド本部に用事があります?」

「何……ですか?」


 唐突に背後から聞こえてきた明るい青年の声に、驚いて振り返る。僕たちをこの街に連れてきた護衛隊員の誰かかと思ったけど、そこには見覚えのない白髪の優男が立っていた。

 優男は、"絶やすことのなさそうな"笑顔でこちらを見ていた。さらに、長身で整った顔立ちをしていることもあり、女性に人気がありそうだとも直感的に感じた。


「先程、要人の様な扱いで馬車から降りてきたところを拝見しまして。ただ、お召しの衣類を見る限りには、冒険者の類かなと。この街の冒険者は大抵、ギルド本部に用があるものですので、あなたがたも同様であると推測して、お声がけしました。是非私もーーギルド本部へご一緒させていただけませんでしょうか」


 優男の突然の同行依頼に、驚いた僕はアリシアと目を合わせてしまった。アリシアも目をまん丸くしている。


「……確かにギルド本部へ行きますけど、無理ですよ。あなたの素性も知れないし、そもそも流石に二人のつもりで三人が出向いたらおかしいですもん」

「私たちは重要な仕事があって本部に来たんです。流石に部外者を同席させるわけには――」

「ドラゴンについての御用ですね?」


 男は笑顔を絶やさず淡々と核心を付いてきた。まるで、その優男が僕たちの想いを見透かしているように感じてしまった。


「無言は正解と捉えさせていただきます。実は私もドラゴンについてギルド本部へ直々にお願いしたい事項があるのですーー一ヶ月前の話です。とある街で行商を行った帰路のことでした。この街へ戻る道中、私の商隊がドラゴンに襲われたのです。私以外はみな死に、荷も焼かれ、身銭のみでこの街へ帰り着いたのです。それ以来、復讐のみを原動力とし、毎日このようにあなたがた様のような冒険者へ直談判しているのです!」


 聞いてもいない話を勝手に続けた後に、男の目からは一筋の涙が溢れた。


「ギルド本部は私の話を一度は取り合ったものの、金が無いことを知ると、討伐の依頼を取り下げたのです。ドラゴンが危険であることは存じております。だからこそ、今一度その危険性をギルド本部へお伝えしたいのです。是非、同行させて頂き、そして、多くの命を救わせて下さい」


 そのまま、男は崩れ落ちてしまい、たちまちのうちに嗚咽が店内に響き渡った。演技なのかとも思ったが、他の客の視線がこちらへ向けられ、何事かと注目が集まってゆくに連れ、逃げ出したい気持ちになっていく。


「そんな……無理ですって。僕らも誰とどんな話をするのかあまり分かっていないんですし」

「ですが……あの、私は同行してもいいと思います。ドラゴンが危険だということを伝えましょう」


 突如アリシアが同意を示した。てっきり、冷静に場を処理してれるのかと思っていたので、面食らってしまった。いや、優男の話が、『ドラゴンによる被害を食い止める』というアリシアの旅の目的の一つに合致してしまったのかもしれない。それを示すかのように、アリシアの目は正に、正義感と情熱に燃えていた。ここまで来ると、2対1から話をひっくり返すことは、僕にはできそうに無かった。


「……わかりました。せめて、ちゃんと自己紹介してください」


 僕が観念すると、優男は涙を拭き、先程同様の笑顔で切り返した。


「お見苦しいところを申し訳ありませんでした。改めまして、私はソウ。この街の上流階級の出です。自宅はありますが、その他の資産は無一文。魔法も長けていまして、もしお披露目する機会がありましたら、是非ご堪能ください」


 ソウと名乗る優男は一礼すると、顔を上げて僕たちにウインクをかました。この世界に来て、今のところ、僕の周りには波風ばかり立っている。当然ながら、既に明日には、波乱万丈の予感を抱いている。

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