第二章④
『何でもよい、好きなことを話すがよい』
一日ぶりに念話で話しかけてきたドラゴン、確か"グレン"という名前だったけど、何が聞きたいのかと思ったら『フリートークをしろ』とのご要望だった。
「今、例のドラゴンから念話が届いているから、そっちに集中するね」
隣のアリシアへそう告げると、僕はグレンとの念話に意識を集中させた。
『あの、何を話していいと言われても、何かご要望は……?好きな食べ物でも話せばいいんですかね?』
『何でも良いと言ってるだろう』
"自由"はこんなにも不自由だったのかと思ってしまった。少し考えたが、もしかして、グレンはただ親睦を深めたいだけなのかもしれないのか……?
一抹の不安を抱きつつ、要望通り、ごく普通の会話をしようと努めた。
『……じゃあ、改めて自己紹介でもやらせていただきます――僕はハル、16歳です。外大陸から来たのでこの土地の言語が分かりません。そのため、たまたま持ってた言語転換の魔導石で、グレンさんとお話できました。とてもよい経験になっています。以上です』
『じゃあ、ワシの番だな』
あなたもやるんですか……まあ、僕の紹介で滑り終わるよりはいいかもしれないのか……?
『名はグレン、316歳だ。お主のちょうど300年違いの生まれだな。今は色々あって人の世をみて回っておる。お主から色々見聞を深めたい。以上だ』
思っていたよりも普通に自己紹介をしてくれた。そして316歳とは、相当な年齢だった。人の身では感じられない時を過ごしている――の、だろうが!それ以外にもこちらから聞きたいことは山ほどあるのだ。気を取り直し、グレンへ質問してみることにした。
『あの、自己紹介ありがとうございました。でも単刀直入に教えてください。僕と従士契約したのは何でですか?』
『言っただろう、『ワシに都合がよい』と。詳細は語れんがな。あと、契約せんとお主、逃げるかもしれんだろう。もっと束縛する契約でもよかったのだが、お主の自由を尊重した結果の従士契約よ』
あっさりと返されて、即座に返せる言葉はすぐに出てこなかった。多分、『何で僕が!』と聞いても、『何となくだ』で返ってくるような気がしたのだ。そのため僕は潔く諦めることにし、達観した気持ちで別の話題に切り替えた。
『契約のことはわかりました。でも、僕だって忙しいんですよ。今、サヌールの街に向かっている最中なんです。あまり言いたくないですけど、あなたのことを隠しておけなくて、ギルド本部へ報告しに行くんです』
『よいよい。ワシは暇だからな。近い内お主に会いに行ってもよいな。ガッハッハ』
……全く、話が噛み合ってない。聞いているようで僕のことなんか何も聞いちゃいないように思えた。内心、大きくため息をついてしまう。これから僕はどうなってしまうのだろうか。
『とにかく、あなたは悪いドラゴンじゃなさそうですけど、ドラゴンが危険だというご時世なんです。ギルド本部に目を付けられたら討伐されちゃいますから。気を付けて下さいね!』
そう言うと、『ワシは強い!大丈夫だ。ガッハッハ』と言って念話は切れた。この不毛なやり取りは毎日しないといけないのか……
「神妙な顔ですけど、大丈夫ですか?」
アリシアが不安そうな顔で僕の表情を伺った。もしかしたら、顔色が悪かったのかもしれない。
「グレンと話してみたけど、危険なドラゴンぽくなかったよ。でも、本当に他愛の無い話しかしなかった。掴みどころがなかったのは印象に残っているけど」
そう言うと、アリシアはうーん、と少し悩み、唸った。
「無害に見えても、目的はまだ断定できません。また明日念話で話されるんでしょうけど、引き続き内容はご注意ください」
確かに、相手の拍子抜けした態度に触れて、こちらも対応が軟化してしまっていたのかもしれない。グレンにはまだ隠していることがありそうだから、注意深く接していかなければならないだろう。
「何にしろもう夜は遅いですから、休みましょうか」
「そうだね。いざというときに備えて、もう寝ておこう」
こうして、僕の怒涛の異世界3日目が幕を閉じたのだった。
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馬車は道中、朝食と昼食と、あと数回の休憩を取ってもまだ走り続けていた。襲撃は、昨晩以降なかったけれど、張り詰めた雰囲気はずっと続いていて、なかなか心休まる環境とはいえなかった。
話によると、あと少しでサヌールの街に到着するらしいが、未だそれらしい街並みは見えてこない。
沈みかけた夕日を、馬車の後部から眺め見ることができた。地平線には大きな山々がそびえており、日は半分、その影に隠れてしまっている。
「太陽とか、この世界にも同じようなものがあるのかな」
おおよその自然現象や一般的な理、科学等についてはある程度僕の常識通りであり、そこまでの相違があるわけではない。ただ、魔法や魔力、魔物やドラゴンなど、説明のできない事柄がイメージを複雑化させている。それに、それらの存在理由を求めても、"当たり前のように存在している"から、誰も"なぜそれが存在しているのか"を説明できないのだ。だからこそ、この世界の常識を知らない僕だからこそ、力を発揮できる要素があるのかもしれないのだ。
「そのためには色々知って、もっと強く。最後には生きて帰らなきゃ」
僕の覚悟と共に、夕日が沈んでいった。この世界に来てから、覚悟なんか毎日毎回もしている。ただ、そのたびに『あれ、この前も同じように覚悟したはずなのに』と思ってしまうのだ。でも、そう思ってしまう度に、前より強い覚悟になればいいんだと思うことにしていた。
それから僕は、もう一眠りをして、暗闇で目覚めた。そして、その頃だった。
「街が近いみたいです」
アリシアの声で感覚が覚醒した。




