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第一章①

「何ですか!」


 夢から覚めた僕は、叫んでしまった。

 我に返って顔を上げると、教室内にいるみんなが僕を見ている。全員の視線を確認したわけではないけど、何人かの表情を見て、それほどの注目を集めてしまっていたんだと悟った。不本意ながらも、16年生きてきて初めてクラス中の視線を自分に集めたのだ。

 ぽかんとする表情。吹き出しそうな表情、怒りが沸々湧いてきていそうな先生ーー

 それを見て、やってしまったんだと理解した。

授業中に寝言で叫んでしまったのだ、と。誰が次の一声を発するのだろうと、そわそわとした空気感になっていく。含み笑いをしながら、面白半分に僕を見てくるやつもいる。


この雰囲気、僕が開口一番喋り始めないといけないやつだ。


「あの……僕、今寝てました?」


 このときの僕は、寝起きで混乱していたんだと思う。誤魔化すつもりは無かったし、単純に思っていたことを口にしてしまっていたのだ。教室の気温が、明らかにがくっと下がった。何を挽回しようが元に戻らない張り詰めた空気感。教室内は、心臓の音が聞こえそうな程に、しん、と静まり返ってしまっていた。


「お前は……」


 やっと、先生が口を開いた。が、眉間に皺が寄っていて、怒り心頭なのは誰の目にも明らかだった。


「寝言を言うほど熟睡してたな。俺の国語の講義はそんなに退屈か……廊下に立ってろ!」


 学校中にも聞こえそうな声量で怒鳴られてしまった。そして、それを受けた僕はーーすっかり観念してしまった。


「廊下に、出てます……」

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

「珍しいじゃん、ハル。授業中寝るなんて」


 からかうつもりなのだろう、帰宅間際に友人が肩を叩いてそう言った。それを聞いた周囲の同級生は、聞こえないふりをしながらも、クスクスと笑っている。

 朝の出来事を放課後まで引きずるなんて、一生言われ続ける出来事に違いない。目立つことを考えると美味しい話には違いないが、少しは反論したい。釈明するほどではないけど、僕にもプライドがある。僕はわざとらしく咳き込んで、雄弁に語った。


「今まで授業中に寝たことなかったけどさ、最近部活が忙しくて。疲れが溜まっていたのかも」


 僕は文武両道の優等生のつもりだが、さすがに強がりに聞こえたのかもしれない。友人は少し真面目な顔になって小声で告げた。


「次は気をつけてくれよ。あの先生、キレるとテスト範囲言わなくなるから」

「分かってるって。今回だけだって。じゃあ僕帰るよ」


 僕は、通学用の鞄を担ぐと手を振って教室を後にした。本来なら部活の大会も近いし、そちらに専念するのだが、例の居眠り事件以降、何分体調が優れないので、急遽帰宅することにしたのだ。健康が取り柄と自称していることもあって少々不本意だけど、今日くらいは仕方ないだろう。体調が余計悪くなったらそのほうが良くないと、納得することにした。


「それにしてもあの夢」


 傘を持ち、外履きに履き替えながら、授業中に見た夢を思い返した。だいぶ朧げだけど、確かに覚えているシーンがあったのだ。女神とも言える佇まいで、白い布を体に巻いた外人が僕に助けを求めている場面ーー


「『この世界を救って』って、日本語だったよな。流暢な」


 外人からネイティブ日本語で助けを求められるという、非現実的ながらも無いとはいえない状況で、さらにはやたらと映像がリアルだったことから、居眠りから目覚めた時に混乱して叫んでしまったのだ。

 汚名を晴らすためにもクラス中に「僕が寝言を言う直前、別の声聞こえた?」と尋ねてみたけど、当然のように誰も聞いていないと答えるので、尋ねるのはすぐに止めた。それに、必死に言い訳しているみたいで悲しかったのだ。


「つまらないこと言うね、とか言われちゃったし。まあ、夢だっていうのは理解しているよ」


 夢の内容は体調の悪さが影響していたのだと無理やり納得して、考えるのは辞めた。それに、体調不良の症状である頭痛が少しずつ増していて、億劫でもあったのだ。

 入部率が高いこの高校の帰宅部はわずかしかいない。そのため、帰宅中と思われる学生は、正門を出ると殆ど見当たらなかった。また、帰宅用の道路は住宅街の真ん中にあるにも関わらず、地域住民が出歩いている様子もなかった。早帰りすることはほとんどないので単なる違和感なのだが、下校時間にしてはやたらと人の気配が感じられない。

 普段気付かない感覚に首を傾げていると、突如、ポツリ、ポツリと雨粒がアスファルトを濡らし始めた。微妙な雨模様なので傘を開こうか迷っていると、瞬く間に土砂降りになってしまった。

 そして、持っていた傘を開き、早足で家路を急ごうとするのだが、風も出てきて傘が煽られ始めてしまう。


「最悪な天気……こんな予報だったっけ」


 次第に風の勢いは増し、横殴りの雨が制服に吹き付けるようになった。おまけに頭痛も、ズキリズキリと割れるような痛みに変化してきている。 

 足元がフラつく。目眩もしているようだった。真っ直ぐ歩けない。何とか傘の中で縮こまり、風雨を凌ぎながら歩みを進めるが、体ごと吹き飛ばされそうになる。次第に、トタンやゴミ箱が転がる音も聞こえてきた。思っているより危険な状況なのかもしれない。


「これ、まずい。どこかで雨宿りしよう」


 雨を凌げるいい場所はないかと周囲を見渡した瞬間だった。傘が強風に煽られて、吹き飛ばされてしまったのだ。そのとき、傘を放すか放さまいかと一瞬だけ考えてしまい――ほんの一瞬の内に、傘を持つ腕ごと後方に引っ張られ、両足が地から離れた。


これじゃ、頭から転倒する――


 僕は、本能的に頭部を抑えたが、浮いた両足と頭は地に付かず、体はきりもみしながら暴風に飲み込まれてしまった。手足をバタつかせたがどうにもならず、瞬く間に地上が遠ざかっていく。あっという間の出来事だったが、冷静に状況を確認している自分がいた。


これ、死ぬやつだーー


 もう地面は見えないし、風圧で呼吸もままならない。色んなゴミも巻き込んでいるから、当たればひとたまりもないだろう。

 こんな極限状態でもしっかり分析できるなんて、部活でメントレを続けた成果なのかもしれない。しかし呼吸が絶え絶えになりつつあり、意識が遠のいていくのを感じた。クリアな視界が、暗闇に覆われ、急激に狭まっていく。何が痛いのか苦しいのかよくわからない。

 そんな最中ーー消えかけの思考に、確かに聞き覚えのある声を耳にした。

 "この世界を救って"と。

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