第二章②
馬車が夕暮れ時の道をひた走ると、振り返る度に、近くでは大きかったカタニアの街が、あっという間に小さくなっていった。それと共に日は沈み、辺りは見事なまでに暗闇に染まってゆく。いつしか先頭馬車は松明を点灯させていたようで、その明かりのおかげで僕たちが乗る室内もぼんやりと照らされるようになった。
「ギルド本部へ呼ばれるなんて、よほど重要な情報ということなんだと思います」
アリシアが疲れた顔でそう漏らした。夕食も口に出来ていないし、朝から動き詰めだったのだから、疲労の色が見えて当然だ。
「村を襲った黒いドラゴンの件と関連があるのかも知れない。もしかしたら、本部直轄とか言うドラゴン関係の依頼も受けられるかもしれないだろ。そしたら、僕らの旅の目的にうんと近づく」
アリシアは、孤児院に入る人を減らし、僕はドラゴンの事件を解決して、あわよくば元の世界に戻る。そのきっかけになるかもしれないのだ。曇っていたアリシアの目にもほんの少しだけ光が灯った。
「確かに……そうですね。むしろチャンスかもしれません」
「これをいい機と思って今は我慢しよう。それで、この内に聞きたいことがあるんだけどさ、これから向かう街のことを教えてもらえないかな。確か、"サヌールの街"って言ったっけ」
アリシアが笑みを浮かべた。それを見た僕も苦笑する。そう、まだ国の立地がわからない僕は、渡りゆく街を少しずつ覚えていくしかないのだ。
「サヌール。位置としては……今も東へ向かっていますが、カタニアから真東にあります。馬車だと丸一日かかりますので、着くのは明日の夕方以降でしょうね。街の大きさ自体はカタニアより小さいのですが、サヌールには王都に匹敵する存在感があり、それは何と言っても"ギルド本部"の存在が要因です」
「僕たちの行き先だね」
「はい。通常、我々のような末端が行ける所ではなく、一定の実績……認められたギルドチームのみが訪問を許されており、そこで難度の高い特級の依頼を受けることが出来るのです。だからこそ、旅を始めて三日や四日で訪れることになるとは思っていませんでした」
何となくではあるが、街の印象を掴めた気がした。本部……権力が集まっているなら、僕にはお門違いだろう。今回の用事が済んだら立ち去ることになるのだと感じた。
「従士契約」
唐突に、アリシアがぽつりと呟いた。その顔は、思い詰めているような、深刻そうな表情だった。
「……どうしたの?」
「話題を変えてすいません。ただ、話しておいたほうがいいかと思って」
生唾を飲んで無言で頷くと、アリシアは話を始めた。
「私が知っている話では、"契約"の類は別種族の二人における相互の意思疎通で成される秘儀とも言われています。これにより、念話や魔力共有など、高次元の連携を図れるのです」
「なんだ、じゃあ良いことしか無いじゃないか」
「はい。ですが、そもそも種族で言語は異なりますし、友好関係にいることも稀ですから、通常はメリットを享受する段階にたどり着けません。そのため、契約をした人間にはそうお目にかかれないはずです。しかし、無闇に契約をすべきではないデメリットもあります」
「デメリット……」
一方的に美味しい話はないということなのだろうか。僕はもう一度、唾を飲み込んだ。
「それは、他方の思いが汲まれない契約を結ばれてしまった場合です。契約をする際、一方が高スキルレベルの者であれば、もう一方の簡易な同意で、一方的に契約を結ぶことができるそうです。今回、ハルさんはかのドラゴンから、ほぼ一方的に契約を結ばれてしまったのだと思われます。そして、"従士"という契約の形態。契約時に"従士"と設定された者とは、"仕える者"の意。すなわち"主"が命を落とすと……それと共に死んでしまうのです」
僕は、唐突に出てきた"死"と言う一文字を、しばらくの間咀嚼できなかった。
いつの間にか僕が仕えたことになっているドラゴンが死ぬと、僕も、死ぬーー?
「いや、待って、一方的すぎる!なんでそんなことに!」
「わかりません。あのドラゴンにメリットがーーそれこそ他に強力な効果を付与する契約なのかもしれませんし、単なる遊びなのかもしれません……それこそ、夜分にドラゴンと念話をするんですよね?そこで聞いてみては如何でしょう?」
アリシアはそう言うものの、聞ける話なのだろうか。『あなたが死んだら、僕も死ぬんですか?』なんてーー
「難しいけど、聞けたら聞いてみるよ……」
僕は、もう元の世界には戻れないかも知れないと、諦めの感情を抱いてしまった。理由も知れず赤いドラゴンと一蓮托生の関係になってしまったのだ。この世界のドラゴンと人間の関係は決して良いとは言えないし、赤いドラゴンが人間に討ち倒されようものなら、そのついでに僕も死んでしまうのだ。
「食事にしましょう。皆さん、外へどうぞ」
失意の中、先頭馬車から突然大声が聞こえた。そして馬車が止まると、護衛の一人が馬車の扉を開けた。
「夜分に失礼します。護衛隊リーダーのサウルと申します。本日は急遽に関わらずギルド本部へご移動いただく事になり申し訳ございません。遅くなってしまいましたが、お食事を提供致しますので、準備ができるまでしばらくお待ちくださいませ」
サウルという堅そうな隊長が先導するので、僕とアリシアは渋々馬車を降りた。空腹は、アリシアと話をしているうちに消え失せてしまっていた。それに、やはりアリシアも疲れているようだし、これからの食事には気乗りしない。感覚ではもう20時くらいだから、開き直って就寝しても良かったくらいだ。
「そこへお座りください。ご準備ができるまで、もうしばしお待ちを」
道を逸れ、見通しの利く広場へ案内された。そこには、円座のように椅子が置かれ、中央に料理を置くスペースが設けられている。また、周囲には木々が点在しているものの、開けているので見通しは良い。
護衛隊員が少し離れて炊き出しを始めてくれている。手伝おうかとも思ったが、手際の良さが見て取れるので、大人しく出来上がりを待つことにした。手持ち無沙汰になった僕は、アリシアへ先の話の続きを聞いてみることにした。
「アリシアだったら、もし今日会ったドラゴンと話せていたら、何を話してた?」
アリシアは僕の質問に、少しだけ考えて口を開いた。
「そうですね……最近人間を襲っているドラゴンをなんとかして頂けないか、などでしょうか。どうかしましたか」
「いや、それがドラゴンと話している時に気になったのが、『話ができるから』と、『直感』で僕を選んだって言っていたんだ。話が通じるのは最もだけど、直感って言われても、僕を選びたい要素って何かなって思って……いや、こんな話こそ直接聞いてみるよ」
「ーー私には何となく分かる気がします。ハルさんを選んだ理由が」
アリシアはその理由を言うつもりはなさそうで、口を嗣んでしまった。僕は、何度考えてもその理由がわからなかった。
しばらくすると、調理が終了したようで、手元に料理の皿が配られた。中には湯気の立ち昇る温かいスープが入っている。少し待つと、皆、誰が何を言うでもなくスープを食べ始めたので、僕もそれに倣って食べることにした。
一口食べると、食が止まらなくなった。何だかんだと胃は食べ物を必要としていたらしく、食べ始めると一皿軽々食べ終えてしまった。
「外にいながら温かいものを食べられるなんて、ありがたいですね」
「確かに、街を出ると硬いパンばかりだったから、外で温かいものを食べられるとは思わなかった」
僕たちは何だかんだと丁重にもてなされているのだ。食事の有り難さを身に沁みながらおかわりを食べ終えた頃には、皆も食事を終えていたようだった。アリシアも満足げな表情をしている。
「さて、皆様食べ終えたなら、このままキャンプを張りましょう。お二人はそのままで大丈夫です」
サウルが立ち上がろうとした僕を引き留め、部下に指示を出した。そして、部下がテキパキと行動に移り始めようとした時だった。
「皆さん、少しお静かに」
突然、サウルが声を潜めた。完全に気持ちをオフにしていた僕は、そのときの事態を把握できなかった。アリシアを見ると、その目は僕の表情を伺っている様子だった。明らかに何かが起きたと、そう伝えたいような目をしていた。
「ハルさん、襲撃です」




