第一章⑩
カタニアの街を囲む外壁を真下から見上げると、その高さに驚愕してしまった。高階層のマンション程の高さだろうか。また、その高さと重量を支える地上近くの厚みも相当なものだった。正直なところ、この世界の技術レベルは僕の世界のそれより低いと思っていたけど、今なら撤回するかもしれない。それを支える魔法が万能なのかもしれないけど、少なくとも、特定の分野は際立てて高レベルなのだと再認識した。
「緊急の報告だと伝えたら、特別に通行審査を前倒しにして頂けるようです」
アリシアが駆け足で戻ってきた。元々、街に入るときのチェックに時間がかかるということだったので、村での遅延分をそのまま取り返せることになるだろう。
「じゃあ入ろうか。普通に待っている人の目線が気になるけど……」
目付きの鋭い冒険者?やら商人らしい人やらの列を、僕は申し訳無さそうにしながら追い抜いて先頭に向かった。
入門時のチェックは、アリシアが全てやってくれた。なかなかに手慣れている様子で、街に来たのも一度や二度では無いようだった。
「カタニアの街には何度も来てますので、安心してください。そして、面倒なのは初回だけですので」
心を見透かされたかのように聞きたいことを説明してくれた。そして、警備兵はアリシアが作った書類に判を押し、「またシスターへよろしく」と笑顔で話すと、門の先を誘導してくれた。
「シスターは顔が広いのです。仲良くしておけば悪くはないと思われているようですね。我々も、そのシスターの孤児院を発ってますので、その信用手形を使わせていただいたということになります」
「僕一人だったら中へ入れなかったかも」
シスターは先も見越してアリシアに同行させたのかもしれない。改めて彼女の顔の広さに驚きを隠せなかった。
「疲れているかもしれませんが、まずはギルドへ向かいましょう」
人々や街並みに見とれる僕へ、アリシアが促した。眺め見る街の中は、全てが新鮮で、何も言われなければ立ち止まり見入ってしまいそうだった。また、先行く人々は、元の世界で見たことのない様々な顔付きをしている。諸外国のように目鼻が整っており、髪色や身長などは特にバラついている。時折日本人を感じさせる風貌の人もいるが、それはまれだ。ファンタジーで一般な人類以外の人種ーーリザードマンやら狼男などは見当たらないけど、そんなことは気にならないほどに目新しさを抱いた。
街の印象としては、中東に近いと感じた。辺りは乾燥して砂塵が舞っており、地面には荒い砂が敷き詰められている。先の道には個人商店らしきものが所狭しと並んでおり、街を訪れた者を歓迎すると共に、商機を見た商人による金の匂いが鼻に突くような、異様な熱気に包まれていた。
「ギルドでスキルレベルを測定したことはありますが、それ以外の勝手は私も分かりません。多少手間取るかもしれませんのでご容赦ください」
唐突にアリシアが振り向いて謝った。そして、その向こうの小道が開けた先に、大通りが横切っており、その対岸にはどでかい建物と、大きな看板が掛けられているのが見えた。
看板には"冒険者ギルド カタニア支部"と書かれているようだった。これまで気づかなかったが、言語変換の魔導石は視認する文字すらも翻訳してインプットできるらしく、とても万能なんだと改めて感じた。近い内に魔導石についてもアリシアから詳しく聞いておいたほうがいいだろう。
「入りましょうか」
先を行くアリシアが、ギルドの扉へ手をかけて僕を急かした。心の準備は全くできていなかったけど、開かれた扉を恐る恐るくぐり抜ける。
ーー室内は驚くほど広かった。天井は見上げるほどの高さで、大ホールのようになっている。冒険者の数も相当な数がいるんだけど、広さ故に密集している様子はない。また、目の前に受付があるけど、室内のあちこちに小規模の受付が点在しているようだった。
「この入口近くの大きな受付は建物全体の案内です。他はそれぞれ役割が違っていて、今日用事があるのはあちらです」
緊急報告受付ですね、とアリシアは指差しながら、近くにある受付に向かった。
「御用ですか」
キツめの目付きをした金髪の女性が、ふてぶてしそうにもこちらへ反応する。
「本日午前にイブレ村がドラゴンに襲われました。これはその至急の報告になります」
「ドラゴンが……また同じような報告ですか。……ああ、いえ、こちらの話です。それじゃ状況を聴取してもよろしいですか」
金髪の女性職員はめんどくさそうな態度を一変、真面目そうな顔でアリシアに話を促した。
「時間も惜しいところです。私一人で報告しますので、ハルさんはスキルレベルを測定していますか?建物の奥にありますので、行けば分かると思います」
「じゃあ、そうしようかな」
答え切る前には既に、アリシアは金髪女性職員と向かい合っていた。彼女の真面目さというか、普段は一歩引くのにいざという時は勇猛果敢に飛び込んでいける。そんな個性が少し羨ましいと思ってしまう。それに釣り合うには、僕にしかない取り柄があっても良いと思った。
「個性を探りに……スキルレベル、測定しますか」
いざという時には僕にも出来ることがあるはずだ。多様性の強いギルドと言う空間を、僕は自分の足だけで歩き始めた。




