第一章プロローグ
鋭い眼光。棘々しい鱗。自由自在に宙を舞う長い尾。そして、背中に生える巨大な両翼ーー
僕は、それらの特徴を有した生物を、他に形容することができなかった。そこにいたのは、まさに"ドラゴン"だったのだ。
逃げ出したい気持ちに支配されつつも、ドラゴンの悠然とした振る舞いを仰ぎ見た。その体躯は人間では到底太刀打ちできない腕力の強さを物語っており、それと共に、落ち着いた佇まいは、内に秘める魔力や精神的なものの全てが秀でているのだと感じさせた。
その一方で、この場に漂う凛とした空気感ーー恐らくドラゴンの余裕によるものなのだろうが、嫌味な印象は微塵も感じられなかった。
とはいえ僕は、遥か高所から僕らを見下ろすドラゴンを前にして、足がすくんでしまっていた。
敵対しようものなら、僕たちなんか軽く消し炭にされてしまいそうだったのだ。口内に貯めている炎がちらりと見える度に、薄暗い洞窟が瞬きするように照らされ、丸焼きにされる自身の姿を思い浮かべてしまう。
今にも炎を吐こうとしているのかもしれない。何か失態をして、怒りの琴線に触れてしまっていたのだろうか。記憶を振り返ると、先の僕の魔法が原因かもしれないと勘付き、冷や汗が一筋流れた。
「どう……されましたかね?」
少しでもなだめられないかと、駄目元で、恐る恐る声をかけてみた。すると、ドラゴンの表情が驚きのそれに変わった。縦長の瞳孔が瞬く間に細くなっていく。
間違いない。やっぱり、怒らせてしまっていた――
顎先から汗が滴り落ちた。そして、僕の袖が二度、三度と引っ張っられて、隣から驚きの声で「どういうことですか」と囁かれる。彼女の恐怖と焦りの感情が、直に伝わってくるようだった。
何とか挽回しなくては――
「あの、あなたは、僕の声が分かるんですか?」
恐怖が伝わらないよう、少しだけ強がって聞いてみた。でも、それが明らかに分かるような、上擦って震えた声になってしまった。
しかし、そんな僕の情けない声を聞いたドラゴンは、笑みを浮かべるように口角を上げた。そして、洞窟内に響くように低く、でも柔らかく穏やかな声で僕に語りかけた。
「十分だ、契約をしよう」