第三の障害 浮遊石を求め最初の剛腕凄腕を奮うⅡ シャハルバード共和国編
シャハルバート共和国に入国したクリスティア一行。
何故か伯爵邸に滞在することになり、輸入したかった浮遊石掘削現場へ見学に行く事に。
そこで?
滞在中に過ごすことになったプライベートハウスは本宅の隣庭園越しに建てられた小さな館だった。
内装は華美ではなく、かといって質素でもない。
少し豊かな商人の館といえばいいだろうか。
豪華さよりも使い勝手のよさや快適に過ごせるように設計されてかなり居心地がよい。
五人で今回の打合せを確認する為に居間に集まっていた。
木漏れ日の射す窓辺のソファーで顎に手を当てながら私はぼそりとジョルジュに尋ねた。
「ジョルジュ。
先方はたとえ政府から購入許可証がなくても採掘
現場の見学くらいは構わない。
って言っているのよね」
伯爵邸に滞在して一週間が経った。
さすがに何も動かない訳にはいかない。
そもそも許可はでないという状況と理由がわからないとなんの手の打ちようがない。
その点はジョルジュに調査を依頼しているが、今の所新しい事実はでてこない。
「ああ。
ここに来てから採掘会社に文を送って、了解はと
りつけている。見学日時、人数、身分証を提出
して、政府の役人の監視付きで可能だと返事をも
らっている」
ジョルジュは準備万端と自慢げだ。
「そろそろ、動かないとね。
伯爵もあれから帰ってこないようだし」
行動派のエレーヌが待ってましたとばかり、少々テンションの高い目で嬉しいそうだ。
「なんかあったっぽいな。
最近大統領府の揺きが激しい。」
ラインハルトは訝しそうに眉を寄せて言った。
「浮遊石と関わってるよいな気がするわね」
私は直感的な思いを口にした。
「とりあえず行こう。
採掘現場も見ておきたいしね。
投資にその価値があるのか知りたい」
カミーユが珍しく興奮している。
そうだろう浮遊石は貴重でそんなに頻繁に見る事はないからだ。
「山道だから馬を借りよう」
カミーユはいつも冷静さがどっかにいったようにウキウキしていて。
笑っちゃう。
なんなのあの高揚感が隠せない顔は?浮遊石?なんで高額なと立腹していた当人とは思えない。
他の四人も同意するかのように首を縦に動かした。
「所で採掘現場は?ここからだいぶあるなら用意が必要でしょう」
ジョルジュとラインハルトが二人顔を合わせて私の発言にぽかんとしている。
「えぇ?私なんか変な事言った?」
「団長。
浮遊石の採掘現場がこの邸宅のある山の逆側の麓
です。」
「えぇぇぇぇ~~~~~~」
***********************
伯爵夫人に馬の調達をお願いすると、すぐに調教師と五頭の艶のあるりっばなオルファン種を用意してくれた。
早急に見学希望の申請を伝えると二つ返事で、了承を取り付けて天候の良い三日後の出立となった。
本宅の裏側に山へと続く小道はやや坂道になっていた。
道の両側は谷底のような盛り上がった低い崖になっていて細い小道が続く。
深い林、大木が空を覆い被せようとし、地面は雑木林に手入れが行き届いていない。
昼間なのに辺は暗い。
不安とこの先の期待が順番に波のように押しては引きを繰り返しやってくる。
馬は怯む様子もなく慣れた様子で歩んでいく。
手入れのあまりされていない山林の山道、手で枝を押し上げながら前に進む。
なだらかな斜面を登り、急な坂道の斜面を下る。
どのくらい登ったろうか?
どのくらい下ったろうか?
ようやく急な斜面を下り終えた先に辺りの景色が一変する。
山の中に忽然と広がる無機質な空間。
砂埃の地面、時折吹く風は強く冷たい。
下よりも何度か低い気温だ。
後方には綺麗に切断された岩肌が私達に迫っている。
到底登れないくらいの崖の絶壁は明らかに人工的に掘削された鋭い刃の跡が生々しい。
巨人でもいるのだろうか?
いくらなんでも人が掘削できるとは思えない高さだ。
凝視していた私は面食らって動けない。
皆も一応に唖然とするばかりだ。
いや景色以外でも驚いたのは労働者達だった。
あらゆる年代の女性、男女区別のない子供達、年配者の男性。
とても鉱物の掘削作業員には考えられない層の人々が作業をしている様子だ。
「シャハルバードは良識を知らないのか?」
まだ年端のいかない子供達の労働に思わずラインハルトが失望を隠せないでいた。
共和国はこれが許されるのかと。
突然私達の後方から人影が現れたと思ったら。
「あんまり失礼じゃないか?」
聞き覚えのある声の主は。
そうあの人。
シャルル・オーギュスト・デュルア=ルファンツッア伯爵だ。
「ええ? 伯爵どうしてここに?」
私は想像もしなかった人の登場に思わず言ってしまった。
「大統領の指示でね。
ちょっと掘削現場に調査か?
君達は浮遊石現場の見学だろ」
先ほどの言葉で表情はやや固い。
「えぇ」
さっきの言葉でなんとなく気が引ける。
「先に言っておくが。
ここで作業している労働者は過度な労働はさせて
いない。
皆十年前のクーデターで夫や両親を亡くし生活で
きない者、年少者は学校の休みの時だけの労働
を。年配者は国の為に奉仕したいと志願した者に
限定している。
勿論労働の対価は十分に支払っている」
そういえば十年前に旧王族と王党派が起こしたクーデター未遂事件があったと聞いている。
十年とはいえ住んでいる者にはまだ記憶に強烈に残っているだろう。
「そうか………」
ラインハルトは言葉に詰まる。
「それと浮遊石はその名の通り切り出した岩は異常
に軽い。
性別と年齢に関わらず扱いやすいからな」
そういえばよく見ると片手で軽々と持って…。
いや足が浮いている者すらいる。
まじですか?
「いってみるか?
現場監督官もいるから紹介しよう」
皆興味深々で作業現場に近づくと作業員達は伯爵を見てニコニコして会釈している。
それなりに人望があるみたい。
やはり先ほどの話は本当なのだと思った。
伯爵を見つけて近寄る男が来た。
大柄で黒く焼けた肌に筋肉質の身体、顎髭にダークブラウンの短髪に鋭いシルバーグレーの瞳はいかにも現場責任者と言える人物だと思われた。
「やぁシャルル。
あいかわらずこき使われてんな」
ゲラゲラ笑いながらシャルルの肩をバチッ!と叩く。
あのむっつりにデカい態度。
凄い。
「こちらクリスティナ商団の方々だ」
「ああ。オーナーから聞いてる。
見学にこれても購入は無理だろな。
どうしてもってなら、お隣の御人に頼んでみな
よ」
パッ…やはり肩をバシッとしばかれた。
叩かれるって。
正直戸惑う。された事ないし。
なんだろ。
えぇっ!
なんだか変なかんじ。
いやじゃないけど、よくもない。わるぎはあきらかにないからよけい?!
「団長のクリスティアです。
宜しく」
もう笑ってごまかそう……。
「まぁ採掘現場をみりゃわかるだろ」
「じゃあ俺は任務があるからこれで失礼するよ」
素っ気なく一言言い残し伯爵が採掘現場を離れていった。
砂埃の土地は所々水晶のかけらのようなガラスのかけらなのか太陽の光を受けて虹色に光輝いている。
シャハルバート共和国は神話によるとジークフリード王子の心臓が埋められた場所と言われ、そのために珍しい貴重な鉱物の産地になったと言われている。
ここでしか取れない鉱物は数がしれない。
しかも掘削技術も発達していたから尚他国に干渉を受けずらく、小さな国ながら長く繁栄を続けている。
まずは掘削現場に馬車で向かう。
目には見えるのに意外と距離があるようで、数十分揺られて現場に着く。
遠くから見た迫力は十分だったが、目のすぐ前に立つととんでもない高さだ。
城壁とも比べるほどもない。くびが痛くなるほど身体が反り返ってみる。
壮大な景色に興奮を皆かくせない。
「すごいな」
ラインハルトも目を大きく見開いて感動している。
「どの部分が浮遊石だ?」
ジョルジュが言った。
「あの透明な部分だ。
まだ切り出していないから浮かないが、細かく切
り出した瞬間に岩が空に浮く。
それを作業員が持ち運びして隣の加工工場へ移動
させる。」
監督が指を指す方向に四角い三階建ての建物であった。
「石はどう切り出しているの?」
監督官はにんまりして。
「それは言えないな。」
にんまりと不敵な笑みをして言った。
「浮遊石の管理は?
当然諜報員が隠れて潜伏していると思うが。」
「はア~。そうだね。
まあ十分な管理をしている。
詳しくは言えない。
君たちがそうかもしれないと言えるからね。
言えるのは浮遊石は国が政府が厳重に管理してい
るということさ。
悪い考えはやめておいたほうがいい。
浮遊石を不法に入手したり、販売したりするのは
この国では死刑に値する。」
それはそうだ。
国に関わる重要案件であるだろう。
何せシャハルバート共和国でしか取れない品物だ。
「では加工工場へ行こうか。
但し全部は見せられないよ」
隣の加工工場は流石に警備兵で取り囲まれて鉄壁の防御が伺える。
屋根にまで待機させているので、かなりの重要機密情報の詰まった場所だとひと目でわかる。
まず監督官のセキュリティカードをリーダーにかざし、更に瞳と指紋をそのリーダーが読み取る。
ようやく開くが、さらに警備室で入室確認をされる。
つまりここで事前に訪問許可のない人物は排除されるようだ。
無事に警備室を通り、突き当りのエレベーターで、地下に向かう。
内臓がすーと下に下がる感覚に違和感を覚えながら、その先にある未知の場所への恐怖や不安を。
それと同じくらいの期待と探究心が身体を駆け巡っていく。
かなり地下に降りているのがその搭乗時間でわかる。
皆無言で圧倒され言葉にならないと言ったほうがいいかもしれない。
ようやく目的地に辿り着いたようだ。ゆっくりと止まった。
ガシャンと鉄の音の後、ドアが開いた。
ければ目の前には巨大な岩があるだけで空間すらない。
監督官が岩肌に触れると青白い光が岩に浮き出くる。その光に手を翳すと。
バキバキ!!
岩が縦に真っ二つに亀裂が出て左右に開き始める。
狭い隙間から縦に光が入り、それはゆっくりと広がり始める。
私達の前には所狭しと浮遊石が積まれている倉庫が現れた。
「圧巻!」
浮き上がり防止の為に木組みが組んであり、その枠毎に透明な石がズラりと並べてある。
「ここは採掘から移動させた石の倉庫だ。
概ね国内で使用されるサイズの浮遊石がストック
されている。
海外向けは今は、加工を中止しているので。
別の場所で加工した状態で保管している」
冷たい倉庫に純度の高さは私の顔を鏡と同じ位に写っているのでわかる。
これは量、質とも最高レベルだといえる。
「ほしいわ。絶対に」
思わず私の声が漏れた。
監督官は眉間に皺を寄せて言葉に詰まっている様子で、申し訳ないとも何とかならないのかといった表情にも見てとれる。
何が起こっているのかまったくわからない。
「国内では浮遊石はどのように使用しているの
か?」
ジョルジュが監督官に聞く。
「まぁ。機密使用以外なら答えられるな。
大体が労働用さ。
人口が少ないからな。
かなり効果はある」
「やっぱ高価でも絶対にいけるな」
慎重なカミーユも思わず言ってしまうほどの利用価値だ。
「後で会議ね」
つかさずエレーヌが言った。
私達は加工現場に行きたかったが、さかすがに全ては見せては見せてはくれず。
浮遊石の分別作業現場だけ許されて見学した後に再び地上に戻った。
エレベーターの扉が開くと汗だくの男が私達の前に青白い顔で呆然と立ち尽くしている。
監督官を見つけると、悲痛な表情で口をパクパクと痙攣し、確実に何かが起こった事を物語っていた。
「どうしたんだ。
アルディ?」
いつも静かで感情を出さない人夫のアルディが見たことがないくらいに動揺している様子は事の重大性がわかる。
「ルカの子供達が側溝に落ちて!
今探しているが、狭すぎて暗くて。
しかも声がしないんだ。
どうしよう??
ルカの……ルカにあんなに頼まれたのに」
アルディと呼ばれた男は完全に理性をなくしていた。
「とにかく。
行こう。現場はどこだ?」
スタスタとアルディに続いて監督官と私達は足早に玄蕃に向かう。
いやに遠く感じる距離だ。目指す場所は見えているのになかなかたどりつかない。
息をきらしてようやく人混みの中に入っていく。
男女が入り乱れて、泣き叫んでいる者もいる。確実に事故がおこっているのがわかる。
「監督!」
伯爵が監督官をいち早く見つけて手招きした。
「どういう状況?」
監督官が伯爵の傍に寄った。
「かなり純度のいい浮遊石を発見した子がいてな。
大人に危険だからと止められたんだが。
側溝を通って行こうとしたら、身体がすっぽり持
っていかれてな。
あっと言う間に底に落ちていった。
声もしないんだ」
絞り出すような声は絶望的な状況だと言わんばかりだ。
「ルカの子供か?」
「ああ。レイとランだ」
「あぁ。助け……と」
監督官の言葉は非常に難しい事がわかる。
私は不意に子供の年齢が気になり監督官に聞いた。
「子供って。いくつの子?」
「十歳と七歳」
私達も救出したいとあれこれ話す。
「年長者はなんとかこちらの事は理解できるわ
ね。意識さえ戻れば何とかなるのでは?」
エレーヌがぼそりと言った。
「時間との戦いね」
私は時間が気になる。
「まずはいる場所と意識回復だね」
ジョルジュが冷静に言った。
「どの辺で見失った?」
監督官がアルディに聞いた。
「今…皆が……場所辺り。」
「時間は?」
「三十分……前くらい……かなぁ」
アルディが言った。
「明かりは?」
私が聞いた。
「浮遊石の土壌は火を嫌う。
つかないんだ火が。」
監督官が悲痛な声で言葉を絞り出すように言った。
「ならあれを使ったら?」
カミーユが思いついたように言葉を投げた。
「発光体?しかしここにはないだろ」
ラインハルトがなるほどとばかりにばそりと言った。
「いや。僕が持ってる」
「カミーユ!でかした!!」
ラインハルトがかみーゆの肩をバシッと叩いた。
カミーユが胸ポケットから銀箱を取り出し、監督官に手渡す。
「害はない。
火薬も使用していないので、発火の恐れはない。
光を感じて目を覚ますかもしれない。
よかったら使ってくれ」
監督官はその箱を手に側溝に近寄ると、しばらくして明るい白い光が放たれ、それは底暗い割れ目に翳される。
左右に動かして見る。
暗い側溝に光がかざされ、いくつかの状況が確認出来た。
所々広い場所と狭い場所があるが。どう考えても大人は入る隙間はなかった。
「やはり大人が助けに行くのは無理だ」
深いため息を監督官がついた。
「ルカの子供は助けないと」
強い決意が伯爵から発せられた。
「ルカさんて?」
私が気になって伯爵に聞く。
「十年前のクーデターの時にここを命がけで守っ
た警護兵士だ。
あの時に反乱軍がここを押さえようとして。
かなりの犠牲者が出たんだ。
その時の遺族や関係者がいまここで働いてる」
聞かなくても大惨事だったろう。
今も人々の記憶にあるからこそ、あきらめない気持ちが痛いほどわかる。
「意識が戻ればなんとかなるわ。
ねっ。
希望を諦めないで。」
クリスティア達の機転で大統領令を無事に終えた伯爵にもたらされた突然の報告。
この後邸へ戻った後、何が待っているのでしょうか?