第七の障害 狂い始める計画Ⅲ ディークフリド侯国編
クリスティアが擁護院と孤児院を訪問した時、ヴィクトリアは宮殿の庭園にアルベルト侯子を探している。
アルベルトの様子の情報を得る為だった。
オルファンの地方とはいえ、それなりの発展した都市を知るヴィクトリアが見ても、この侯爵家の庭園は他国の民衆向けに造園されたものよりも遥かに見劣りしている。
しかも人の手が加えられていない事はその有様から歴然としていた。
自然に生える雑草と鳥達がどこかの花の種を運んで来た見た事もない花々。
不自然な間隔で伸び放題の葉をびっしりとつけて小さな花が咲いている。
その間を縫うようにぽつりぽつりとおそらく以前に植えられたのであろう園芸用の花が野生化して儚なげに遠慮がちに咲いていた。
それらは淡い薔薇色、赤い花の間に。
原色の強烈な薔薇の花が風に揺れて芳香を放つ。
ただかえってこの方が人の手が加わらない原種の薔薇はこうだったろうと想像させてくれる。
宮廷の貴婦人と街中の可憐な乙女の違いと言えばわかりやすいだろう。
「確か下女の話だとこういう月のない肌寒い夜は特に庭園を徘徊…いえ散歩をしているって?
どこかしら?」
庭園はまるで入り組んだ迷路のようだった。
伸びきった草を手で払いのけながら、人影の気配を探り当てようとしながら更に奥へと踏み込む。
庭園は木々が遮り、その先には森が見えてきた。
え?
原生林そう呼んでよいほどの深い緑色のいや夜の暗闇はまるで地獄への入り口が大きく口を開けているようだった。
ヴィクトリアはあんなに急ぎ足ですすめていたその足を止める。
まるでそこに恐れの存在があるような。
その恐れが何であるのか?
どこからくるのか?
どこにいくのか?
その理由はわからない。
ただ足が自分の意志とは関係なく
でもこのままではいけない。
その恐れには少しの期待の様な物を含んでいるように感じたヴィクトリアは、緊張しながら少しずつ少しずつ足指の一つ一つを慎重に動かした。
そして森の中へと吸い込まれる様に歩みを進すすめる。
緊張感が肌を刺すような痛みが、恐怖感がヴィクトリアを襲う。
暗い静かな森、いや正確には小動物の鳴き声や羽音が傍に感じられる。
その森に一筋の細い直線の小道を出来るだけ足音を消しながらすすむ。
何故気になったんだろう。
人がいるなんて思えないのに。
何故?
少し進んでは止まり、進んでは止まりを繰り返す。
小道はその内なくなり、目の前には黒い空間の様な物が見える。
少し開けた空間の様だった。
ヴィクトリアは訳もわからず、その空間の手前の大木の陰に隠れた。
自分でも何故隠れたのか説明がつかないが、本能的にそうとった行動だった。
ぽっかりと暗く浮かんだ小さな黒いその空間に黒い人影が二つヴィクトリアには見えた。
誰だかはわからない。
黒い外套を被った二人。
その時僅かに黒い雲から月明かりが漏れ始め、その二人の顔を浮かび上がらせる。
その顔にヴィッキーははっとする。
一人は侯子のアルベルト。
もう一人はなんと。
侯妃のイザベラ。
どうしてあの二人が?
二人は青ざめた顔をしながら険しい顔をしながらその瞳に困惑が混ざり合い途方に暮れている様子だった。
「コーゼラ子爵夫人から不自然に思われない様に保護する目的で。
レーベン子爵の人身売買の現場をまさか目撃するとは…。
夜会の前に耳打ちされて詳しく聞く時間がなかったの。
咄嗟に呼び出す口実を作る為にラッセルナ伯爵夫人を焚きつける様に指示しました。
呼び出した後、早朝に家族と共に私が用意している隠れ家に匿う予定になっていました。
夫人は同意して同席していた家族を呼びに行くと行って。
私の部屋を出たのです。
召使をつけましたが……。その召使がベーレン子爵の諜報員だったのです。
間に合わなかった。
私が至らなかったのです。
彼女を助けられなかった。心残りです……」
アルベルト侯子は後悔した悲し気な瞳で頷いた。
「私の責任です。
もっと慎重にしていれば。
ガディル男爵がコーゼル子爵夫人に孤児院の人身売買現場を見たのをルーベン子爵に知られたよう
です。
エドモンドの話だとあの時子爵家の家紋の入ったハンカチを落とされたのを気付かれたのだそうです。
迂闊でした。
ロベルトとエドガーが焦ってしまって裏目に出たようです。
しばらくは賭博場と娼館の出入りを増やしてごまかします。」
うっすらと浮かぶ侯妃の涙をその手で優しく拭う。
どう見ても労わり合う親子にしか見えないヴィクトリアが日常の二人の関係と今この現実に見ている光景に動揺してしまう。
「出来るだけ牽制している関係を印象付けましょう。
貴方も素行には十分に気を付けてください。
わかりましたね」
そう言って侯妃は侯子の頬をその細い指で優しく触れる。
冷たい夜の侯妃の指先は冷たく、その冷たさに侯子の心は凍り付く。
仲たがいしている関係ではなかったのか?
その様子にとても敵対しているようには見えなかったから。
まあもし演技なら相当な役者だけど。
「本当に無茶は困ります。
貴方まで身の危険が脅かされたら、私は…再会した時に合す顔がありません」
侯子は懐かしそうにそれでいて、物憂げな哀愁を帯びた表情で侯妃の瞳を潤んだそれで見つめている。
「……。義母様……。
お二人の誠意と愛情の深さは幼子の頃からわかっています。
最善を尽くします。
ご心配なく」
「えぇ。
コーゼラ子爵夫人の遺児には隠れ家で十分な金銭を用意しましょ。
十分な生活が出来るように落ち着いたら亡命させますから」
「ありがとうございます」
「あまり長い時間会うのもよくないでしょう。
貴方はしばらく放蕩を続けて悪評を買いなさい。
不本意ですが、それが貴方を救うのです。
わかりましたね。
誰にも素顔を見せてはいけません。
最小限の取り巻きだけになさい。
そして誰も信じてはなりません。
今は貴方を失う訳にはいけないのですから」
「はい お義母様」
そう言って侯妃は侯子に背を向けて足早にその場を去っていった。
侯子はその後ろ姿を瞳に焼き付ける様にその視線を外さない。
どういう事?
あの二人対立しているはずじゃ?
牽制しあっているはずでしょ?
どういう??
ヴィクトリアの頭がおっつかない自分の知る二人と今この場にいた二人の様子、言葉の全てが合致しないのだ。
頭の中ではフリーズして理解出来ずただ大木の陰でじっとするしかなかった。
意識が戻ったのはしばらくしてからだった。
もう侯子もそこにはおらず、人気も感じなかった。
ヴィクトリアは茫然と意識の薄い状態でただ来た道を戻り、庭園の中でぼんやりとしていた。
先ほど見た情景が頭から離れず、歩いてはいるものの景色が目に入らない。
あれはどういう事?
あの表情の二人どうみてもお互いを信頼し心配している表情だった。
周りには誰もいなかった。
まあぁ~お互いを騙し合っている可能性もあるけれど、しばらく注意深く観察しておかないとどちらかは判断できないわ。
ぼ~と夜の庭園をまるで夢遊病者の様にフラフラと歩いているヴィクトリアの目の前に立ちはだかる一人の男が目に入る。
「あっ!!」
思わず顔を背けてぎゅっと手のひらを握りしめる。
探していたのに今はどういう顔をしていいのかわからなかったからだ。
「どうした?迷ったのか?」
外套は脱いだようで、白いシャツに上下ライトグレーの装いで不思議そうな表情で私の前に立つ侯子が私を見ている。
侯子の赤い瞳に私の驚いた顔がくっきりと浮かび上がっている。
侯子は今日酒を嗜んでいないようだ。
匂いがしない。
私は侯妃侍女で、日常は昼間夜間を問わず接点はない。
なのでそもそも今夜の様に二人きりになる状況は発生しない。
しかも侯子と侯妃はおそらく後継問題で敵対している関係と言われているので、夜会や行事で顔を合わせるがそのほとんどの場面で侯妃のお説教でトラブルになる事が多い。
あっ!!そんな事を考えてないで……お辞儀…。
腰を下げてスカートの裾を抓んでお辞儀をすると、侯子は傍に寄り私の俯いた顎を指ですっと自分の顔を近づけた。
「あっ。眠れなくて……。散歩して…迷子になったようです」
「今夜は冷える余計に目が冴える気もするが?
確か…。
侯妃殿下の侍女だったね」
「はい。
準男爵アルティエンの娘ファビエンヌ・ディア・アルティエンでございます。
お見知りおきを」
「クスッ
侯妃殿下がお見知りおくと激高されるだろうよ」
意地悪そうなそれでいていたずらっ子の幼い表情がなんだか普段の侯子と違い調子が狂う。
「………。」
言葉が出てこない。
「意地悪してしまったようだね。
ところでこの庭園はどうだい?
随分と鄙びた佇まいがあってこれはこれで見ごたえがあるものだ。
人は時に荒廃的なものにも惹かれる生き物だと思うが」
「人は荒廃した景色にも哀れを感じるのでしょうか。
心がしんみりいたします」
「ふぅ~
そうだね。
それはそうと本当に眠らなくて庭園に出たのかい?
君のいる侯妃の居住エリアからここまでは随分距離があるし、豪華な妃殿下用の庭園があるのに?
今は確か薔薇が満開なはずだよ」
「……冒険心ともうしましょうか?
人は夜になると大胆になるも
のです」
「ふ~~ン」
その後数日後私は侯妃の女官長に呼ばれて、侯子殿下付の侍女に移動になった。
なんでも侯子殿下の行動を監視する諜報員という事だった。
これって侯子殿下の要望でしょうか?
新たな展開が始まる予感が………します。
思いもよらないアルベルト侯子の姿を知ったヴィクトリアは何とか侯子の侍女としての地位を確保出来る。
次回はカミーユと貿易の了解を取る為にイザベラ侯妃と侯爵、侯女への接近が始まる。
どう動くのか?




