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第六の障害 薄幸の伯爵令嬢と秘密の皇子 Ⅹ アフェルキア公国編

ラインハルトがクリスティアの部屋を夜間に尋ねて数日後、エレーヌは砦のディエッドゥと遊んでいる。



「ねぇ~エレーヌ。

 僕ね。あのね。

 僕砦のお外に出ていろんなものに触れたいよ。

 お外の小川や草原やお花畑や村の人や町絵本と同じなのか?

 すごくみたいんだ!

 遊び場から見える景色は素晴らしくって。

 遠くに見える風に乗って雲が激しく形を変える様子。

 木々が風に揺れて大きなざわめきを起こす音。

 お日様の下で花畑で花の香りと草の匂いを感じながら寝っ転がったりね。

 うふっ小川で水を掛け合いっこしたり。

 お魚を捕まえたり。

 ねぇ絵本の子達がしている事をしてみたいんだ。

 あと町には屋台が出てるんだよね。

 行ってみたいんだ!」


ディエッドゥの瞳が今までになくキラキラと輝いて光に満ちていている。


「………」


私は言葉が出てこない。

「それは出来ない」そういうしかないのに。 


この好奇心豊かな子にその現実を叩きつける言葉を言うにはあまりに残酷な事をわかっているから。

その言葉は小さな子供には容赦ない世界との断絶を宣言するものだから。


その時私の中に小さな罪悪感が生れる。 


それは最初は小さかったが、段々と私の心を燃やし灰が積もっていくのを感じて苦しくなる。


もし私が砦の外の風景を見れる状況を作らなければ、この砦の中しか知らずにすんだかもしれない。 

外に出られないという事実を認識しなくてよかったかもしれない。

かえって絶望を味わせたのではないか?


こんな小さな罪のない子に。

私はよけいな事をしたかもしれない。


顔を下にむけ床に膝をついてしまう。


「エレーヌ?」


ディエッドゥは私の傍に立ち首回りに抱きついてきた。

無言の私の様子に言ってはいけない事を聞いたのかもしれないと感じたのだろうか?


温かいディエッドゥの体温が自分に伝わる。


この子は生きているんだ。

生きている。

どうして他の子は出来る事が出来ないのだろう。

普通に外で遊びたいだけなのに…………他の子は自由に遊びまわれるのに。

外で遊びたいだけ…なのに。 



私が困っているのを感じたのかディエッドゥはそれ以上なのに言わずに明るく私の顔を見て言った。


「お絵描きしたいエレーヌを描くよ。

 僕エレーヌを描く」


明るく笑顔を見せるディエッドゥが痛々しかったけど。

私は泣く訳にはいかない。

いつも以上に笑顔を作りディエッドゥを見つめた。


「ありがとうございますディエッドゥ様」


ディエッドゥは真剣に何度も私と紙を代わる代わる見ては筆を走らせる。


真剣なその姿は可愛らしくもあり痛々しくもあって心に針を突かれたように痛みが走る。

胸がズキズキと鳴り響き、頭はガンガンと鐘が鳴っているのではないかというほど鳴り響く。



しばらくしてディエッドゥは私の傍に来て描いた絵を私に見せて元気一杯に言った。


「ほらエレーヌ!」


女の子の絵。

中庭でかけっこした時の様子だった。

赤、黄色の花の模様のドレスはピンク色。

楽しそうに微笑んで隣には笑うディエッドゥがいる。


でも背景が一面に灰色がべったりと塗られている。

そうここは石造りの砦。

だから周囲は石だけ。だから灰色。


けれど目に見える現実を叩きつけられたようだった。


「ディエッドゥ様」


ふと声がした方を向くとエルトが木刀を持ってやってきた。


「ディエッドゥ様。

 木刀を用意しましたから一緒に刀の稽古をしましょ。身体を使うのは気持ちいいですよ」


ニコニコとエルトが屈んでディエッドゥを誘っている。


「わぁ〜。

 遊ぶ!お外で遊ぶ!!」


あの姿が本来の子供の姿ろうと思う。


「エレーヌ!

 行こうよ〜」


ケタケタ笑いながら私の手を引く。

ディエッドゥが眩しい。


「ええ。

 騎士様のディエッドゥ様が見れるのですね」  



ディエッドゥとハルトの足取りは軽やかでリズムよく螺旋階段を駆け下りている。

私は何故か気乗りしないままあっという間に中庭へと出た。


警護兵はエルトから聞いていたのか、真ん中をあけて何人かに分かれて私達に視線が集まる。


「さぁ。ディエッドゥ様

 構えはこうです」


ディエッドゥの手に木刀を握らせて、両手を前に向けて刀の先をやや下にした。

腰をやや落とさせる。

二人の真剣な眼差しが今日の日差しのように眩しい。


「そのまま木刀を振り上げて!

 振り下ろす。

 さあ。やってみましょう」


「はい。

 先生」


青い空にシュッ!!ビュン~~~!ビュン~ン!!


空を切る。

空を。

目には見えない物空気を切り裂く。


逞しいその姿を眺める。

本当は誇らしい様子なのに私の顔をおそらく曇っていたろう。嵐の前の様に。



あぁ~~青空の元なんの障害もなく一時でいい彼を外へ連れていけたらいいのに。


その瞬間涼しい風がエレーヌに吹きつけた。

まるでそうよ。そう。と言わんばかりに。


ディエッドゥは永遠に木刀を振りかざす。

何度でも手が痛くなっても一心不乱にハルトの指導に熱が入っても文句も言わずに楽しんで、真剣に、遊びというよりも訓練のよう。


何かを忘れる為のように。

汗が流れてくるのも厭わず。

思わず涙が流れそうになる。

見られてはいけない。

だから顔を空に向けた。

流さない。流れない様に。


「ディエッドゥ様

 では手合わせしましょう。

 ゆっくり振りかざして、私が払います。

 払った後上から下から上へ振り上げてください。

 それをゆっくり何度も行いますよ」


「はい。

 師匠!」


カンカン~~カンカン~~

シュシュ~!!!シュ!シュ!


カンカン! カンカン!!


シュ! シュ!!シュッ!!


空一杯に響く。


皆は楽し気に掛け声をかけている。


護衛兵もこの瞬間は囚人ではなく。まるで家族の様に温かく見守っている。


「頑張れ!」

「頑張れ!」

「いいぞ!頑張れ!」


大男達が笑いながらほほえましく見ている。


こんな監獄の風景が他にあるだろうか?


私はこの瞬間だけ彼が普通の子供の様に感じた。

そう一瞬だけは。



手合わせは夕刻まで続き、ディエッドゥは夕食を取る為に稽古を終えて塔へと戻る。

名残惜しそうだった。


私は今日はカミーユが所要で迎えが来られないのでハルトが馬で送ってくれることになった。


茜色、黄色、朱色と青色が入り混じる空の下、緑豊かな田園風景を左右に広い一直線の道を駆ける。


ハルトが重い口を開く。


「ディエッドゥ様。楽しそうでよかった」


「……えぇ。

 でも。

 本当におかわいそうで」


「ええ」


「あんなに小さいのに彼が何をしたというのでしょうか?」


「私にもわかりません。

 おそらく彼がなのかしたのではなく。

 高貴なる血が彼に流れていると思われます。

 警護兵も彼の所縁は知らないようです」


「だからと言って……他にも方法はあるでしょう」


「私達に何か出来る事はないでしょうか?」


「十分エレーヌ殿はされていますよ」


「そうでしょうか?

 余計な事をしたようにおもいます」


「そうでしょうか?

 いずれはあの年頃の子の好奇心は出てくるものです」


「でも……」


「なら。

 これはどうでしょうか?

 ディエッドゥ様に一度だけという約束で。

 外の世界を体験させてあげるのです」


「えっ?

 そんなことは可能なのでしょうか?」


「……」


「ハルト?」


「正規の手続きだと無理でしょう」


「ならどうするのですか?」


「夜半に内緒で砦を一時的に出て外の景色を体験させるのです。

 砦は太陽が落ちれば警護兵の数は少なくなります。

 私が護衛を睡眠薬で眠らせるので、その間に外へ出して早朝に戻るのです」


「……」


「怖いですか?」


「いえ……。そう…。そうですね」


「外出中は私がしっかり警護します。

 それに誰にも迷惑をかけない。

 静かに出て静かに終わせる」


私はしばらく黙り込んでハルトの背中でどうしたらいいのか自問自答する。


自由を知ってほしい。


でも絶対にしてはいけない行為。

捕まったら二度と中庭もいけないかも。


クリスティア達にも迷惑がかかる。


へたをしたら国際問題。


でも見つからないかもしれない。


「…わかりました。

 やはりやめましょう」

失望したハルトの一言が私に重くのしかかる。


「いえ……。必ず砦に連れ帰りましょう。

 広い世界を一度という約束で。」



「ありがとう」


エルトの背中が温かかった。





次回ディエッドゥの為に考え付いた計画が思わぬ事態に展開して。

さあ事件勃発からのエメラディーヌとラインハルトの絡んだ糸の一コマが明らかに。

そしてリュドリュックのラインハルトの憎悪が。


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