【2ー2.アシュトン・デュール氏】
「あっ」
ポルスキーさんが驚いた次の瞬間、二人は魔法協会の威圧的なエントランスの前に立っていた。
ポルスキーさんはすぐに我に返って、少しバツが悪そうにぼそぼそと「ええと、ありがと……」と一応目的地まで正しく送り届けてもらえたことにお礼を言った。
その時、急に魔法協会のエントランスの重厚な大扉が音を立てて開いたので、ポルスキーさんはびくっとして思わず振り返った。
すると扉から出てきたのは、何かすげー偉そうな雰囲気の魔法使いと、ポルスキーさんの元恋人のヒューイッド・クロウリーさんである。
クロウリーさんの方もハッとポルスキーさんに気付き、いつもの無表情な顔に少し驚きが走ったように見えた。
「イブリンじゃないか」
「イブリンって呼ばないで」
ポルスキーさんは条件反射的に返答した。
するとクロウリーさんと一緒にいた恰幅の良い偉そうな魔法使いが、ポルスキーさんの隣の魔法使いを見て驚きの声をあげた。
「あっ! これはまさか! デュール様ではありませんか!」
ポルスキーさんを送り届けてくれた例の失礼な魔法使いが偉そうな人から仰々しく挨拶を受けているので、ポルスキーさんは変な顔をした。
そして、デュール氏と呼ばれたこの失礼な魔法使いについて、
「有名な人?」
とこっそりクロウリーさんに聞いてみる。
クロウリーさんの方も、デュール氏を見てだいぶ緊張しているようだ。
「アシュトン・デュール様だ……。なぜイブリンと一緒にいるんだ」
クロウリーさんは怪訝そうにポルスキーさんをまじまじと見た。
アシュトン・デュール氏!
そう聞けば、ポルスキーさんも名前くらいは知っていた。
若くして魔法協会の理事も務めるくらいの大物魔法使いなのに、数年前のある日、突然辞任して、行方が分からなくなってしまった。
別に魔法協会の理事の一人くらいでそんなに騒ぎ立てることでもなかったのかもしれないが、彼が少しだけ世間の注目を集めたのは、彼にハニートラップを仕掛けようとして失敗した、複数人の女たちの存在だった。
なんともまあ間抜けなことに、そのハニートラップガールたちは、アシュトン・デュール氏に近づいたはよいものの、ミイラ取りがミイラになったのか、なぜかその後、「私はデュール氏を誘惑するように命令されました」と政府高官の名前を挙げて逆告発したのだった。
そして、そんなハニートラップガールは、なんと一人ではなく三人もいたのだ!
下世話な話に世間は少し盛り上がったが、デュール氏本人はさっさと辞任して行方不明になっていたので、結局はハニートラップガールたちと政府高官によるみっともない舌戦だけで終わった。
そしてその舌戦にも飽きてきた頃になると、世間はアシュトン・デュール氏について、「身近に複数人もハニートラップガールを送り込まれていたのなら、きっと人間不信にもなって心が折れたんだろうね」とだいぶ同情的になったものだった。
まあ、そのアシュトン・デュール氏本人が、今、目の前にいるというわけだ。
くだらない醜聞で魔法協会の理事から退陣したわりには、本人は至って涼しげな表情をしている。
「いやあ、こちらのご婦人が迷子になっておられたんで送り届けて差し上げたんですよ」
とデュール氏は紳士ぶって答えた。
「さては、またテレポート失敗したな」
クロウリーさんは小声で呟いた。
ポルスキーさんは赤面する。
「余計なことは言わなくていいのよ」
しかしクロウリーさんの上司はポルスキーさんのことは完全無視で、
「ヒューイッド(※クロウリーさんの名前)、今日の出張は取りやめだ。デュール氏を魔法協会の大応接室にご案内しろ!」
とかなり興奮気味にクロウリーさんに命じた。
それをデュール氏は柔らかい笑顔で否定する。
「あ、いや、僕はこのご婦人の連絡先を聞いたらもう帰るよ」
「お帰りになるなんてとんでもない! 魔法協会に戻ってください! あなたがいなくなってからここ数年、魔法協会はぐちゃぐちゃだ! 過激な新しい勢力が台頭してきて、協会の内部分裂が懸念されています。ここであなたと会えたことは朗報です! あなたが必要なんです!」
クロウリーさんの上司は叫んだ。
魔法協会の内部分裂?
何だか話が小難しくなってきたので、ポルスキーさんは退屈でむずむずしてきた。それに、無関係な自分がその場で魔法協会の内部事情を聞いてしまうのも良くないに違いない。そこでポルスキーさんは「えーっと」と言いながらそっと後退りした。
「……部外者は消えますね? えーと、デュールさん、連れてきてくださってありがとう……」
するとデュール氏はパッと振り向き、ポルスキーさんの肩に腕を回し引き寄せた。
「まだ行かないで!」
「!」
クロウリーさんの目が、ポルスキーさんの肩に回ったデュール氏の腕に注がれ、きゅっと鋭くなった。
「イブリンに触るな」
クロウリーさんはデュール氏に歩み寄ろうとした。
しかし、クロウリーさんがデュール氏の腕に手をかける前に、ポルスキーさんは、
「あ、すみません、私は行きます。面倒くさい話は嫌いなので」
とよっこいしょとデュール氏の腕を引き剥がして、にべもなく答えた。
デュール氏の目に一瞬懇願の色が走った。
「君の助けがいるんだ」
ポルスキーさんは「えっ」と驚いた。
「私の? ご冗談でしょ。高位の魔法使い様がテレポートすらまともにできないポンコツ魔女に何のご用事があるもんですかね」
ポルスキーさんは自分がけっこうポンコツなのをしっかり自覚しているのである。
しかしデュール氏は柔らかい金髪巻き毛をかき上げて、ふうっとため息をついた。その目からはもうさっきの懇願の色は消え失せていて、ポルスキーさんはデュール氏が少し冷静を取り戻したようでほっとした。
「初めて会った君にこんなことを言って僕だって変だとは思っているけど。君からは見た事ない魔法の残り香が漂っているよ。けっこうな魔女だと思うんだがね?」
「あ、買いかぶり過ぎでーす」
ポルスキーさんはかぶりをふった。そして、何かに巻き込まれそうな危険を感じ、とにかく逃げるが一番と家に帰ることにした。
本当は魔法協会に、特殊な魔法薬草の輸入の申請の件で用件があったのだけど、厄介なことに巻き込まれるのはご免である。魔法薬草は日を改めればよかろう!
ポルスキーさんは「はははー」と乾いた愛想笑いを浮かべてちょこんとお辞儀をすると、パッと消えた。テレポートである。自宅なら(ほぼ)大丈夫。
ポルスキーさんはとにかくその場を離れることを優先した。





