【5-16.ラセット劇場・後編】
ラセットの声に呼ばれるようにして、カーテンで仕切られた部屋の奥の方からいつもの無表情のクロウリーさんが姿を現した。
部外者の登場に少しだけ冷静になったマクマヌス副会長は、改めて部屋を見渡してみた。よくよく見ると薄暗く、不自然なほどカーテンがあちこちを仕切っている部屋だった。
この部屋はどこだ? そういえば、なんとなく人目を避けたくてこの廊下を選んだが、この辺は密輸入対策関係の部署とかがあった気がする……。するとここは密輸入動物の保管室かもしれない。耳を澄ませば生き物のガサガサ、カサッと動く音が聞こえた。
確かにこんな部屋では、いくらでも人が隠れていられるのだった。
マクマヌス副会長は唇を噛みながら、
「!? ラセット、わざと隠れさせていたのか? ロバートの派閥の人間か?」
と忌々しげに聞いた。
「すまんな親父。魔法協会でこういうゴタゴタはやっぱりよくないと思うんだよ。ジェニファーの誘拐にも腹が立ってるしね。それでここんとこ一連の問題を解決しようと思ったのさ、俺なりにね」
ラセットは低い声で答えた。
「こいつは誰だ!?」
とマクマヌス副会長がクロウリーさんを顎で示して聞くと、ラセットは、
「魔法協会の犯罪対策部門の職員だよ。あ、でも、彼だけじゃない、俺の記者仲間にも来てもらってるから、もう言い逃れできないぜ。――さ、皆さん、いいですよ、出てきてください」
とまだ隠れていたらしい記者仲間たちに呼びかけた。
すると、クロウリーさんに続いて勢いよく姿を見せた記者仲間の後ろから、さらにポルスキーさんやジェニファー、さらにはスリッジ会長まで神妙な顔で現れたので、ラセット自身も驚いた。
「――って、あれ、いつの間にジェニファーやイブリンも? スリッジ会長まで?」
マクマヌス副会長は今度こそ本当に驚いて息を呑んだ。
ポルスキーさんはにっこりラセットに笑いかけた。
「メメルの眠りの魔法は解いたし、叔父さんがスリッジ会長にかけられた呪いを解いてくれたし、フローヴェールだっていろいろ白状してくれてね、あちらの方はほぼ大丈夫よ。だから、ひとまずフローヴェールとメメルはデュール氏と魔法協会の職員さんたちに任せて、私はこっち来た。クロウリーさんがテレポートで呼んでくれたの、あなたがマクマヌス副会長に何か喋らせようとしてるって聞いたから」
それからポルスキーさんはクロウリーさんの方を向いて、
「でも、いつの間にラセットの手伝いすることになってたの。私のお母さんを医務室に連れてってくれたんじゃなかったっけ」
と首を傾げた。
クロウリーさんは小さく頷きながら、
「医務室に連れて行ったよ。だが変な魔法に巻き込まれたとはいえ特に体に問題はなさそうだということになったから、一旦家に送り届けてきた。それで、自分一人魔法協会に戻ってきたら、ちょうどそのタイミングで偶然ラセットとその記者仲間とばったり会ったから、そのまま手伝うことに」
と説明した。
そのとき、ラセットは気まずそうにジェニファーに小声で聞いた。
「おーい、イブリンはまだしも、なんでスリッジ会長も連れてきたんだよ?」
ラセット的には、恋人の父親と面と向かって会うのはこっぱずかしいところがあった。しかも、これまでわりかしズバズバと記事に悪口を書いてきた相手でもある。
ジェニファーはラセットの気持ちも理解しながらすまなさそうに苦笑すると、
「マクマヌス副会長が何か喋るなら、私の父がいた方が後の処分とかにいろいろ便利かと思ってね」
と合理的っぽい理由をつけて弁解した。
マクマヌス副会長はというと、じっとスリッジ会長を見つめながら、この状況をどうしたものかと思案していた。
このメンバーで自分に何か言うとしたら、スリッジ会長であるはずだ。そして、それは処分的なものだと予想できた。
スリッジ会長の方もその視線に気づき、どう対応するべきか困った表情を浮かべた。
しかし、ここは自分が状況を収めなければならないこともよく分かっていたので、低い声でゆっくりと引導を渡すように言った。
「すまない、君の話を聞く限り、君も何か信念があってのことというのは見受けられるし、君自身は犯罪に直接手を下しちゃいないようなんだが、君の手下たちがいろいろしでかしたことなのだから、責任はとってもらわなくちゃならない。人も複数人死んでいるしな」
スリッジ会長の言い方には多少迷いも含まれているようなニュアンスがあった。しかし、『責任は取ってもらう』というのは本音であった。
そしてスリッジ会長がそう発言したのを、凄い形相のラセットの記者仲間たちが、一言一句漏らさぬ気迫でメモに取っていく。彼らにとってみれば、こんなおいしいネタを見過ごすわけにはいかなかった。
ただでさえ、これまでの魔法協会のゴタゴタ――アシュトン・デュール氏が魔法にかけられているだの復職しただの、ジェニファー・スリッジが誘拐されただの、モーガン・グレショックが逮捕されただの殺害されただの、シルヴィア・ベルトーチの真の死因が分かっただの――は、これまでラセット一人がほぼ独占して第一報を書いていたのだ。
そのラセットが、今回は自分たちに先に記事を書かせてやると言ってきた。
もちろんラセット側にも何かメリットがあるだろうことは想像がついたが、自分たちにデメリットがない以上両手を挙げて飛びつくところだった。
ラセットの記者仲間たちは、スリッジ会長に引導を渡されたマクマヌス副会長が、素直に応じるのか抵抗するのか、大変興味深く見守った。
マクマヌス副会長は表情を変えずにスリッジ会長の宣告を聞いていたが、しばらく黙った後、最後のに小さく長い溜息をつき、
「……。この状況では、もう、仕方がないな」
とあきらめたように言った。
さっと記者たちの筆が走った。
クロウリーさんはマクマヌス副会長に近づいた。
「ゆっくりお話を聞かせてください。しばらくは身柄を監視させていただきます」
マクマヌス副会長は何も答えず、床に目を落した。
それから、観念したようにクロウリーさんの後について部屋を出て行こうとした。
そのとき、ラセットが不意に聞いた。
「シルヴィア・ベルトーチの殺人事件でさ、シルヴィアが死ぬときに『世間は死の魔法にもっと寛容になるべきだという思想』に触れたと言ったらしいんだ。手を下したフローヴェールにその思想はなかったが、モーガンかサンチェス氏にはそんな思想もあるかもなー、とかぼんやり思ってたんだけど……、なあ、それって、もしかしてあんたの思想だったりするのか?」
マクマヌス副会長はごくりと唾を呑み込んだ。ひどく答えにくそうな顔をラセットに向けた。
しかしラセットがとても真面目な、むしろ何か思い詰めたような空気を纏っていたので、マクマヌス副会長は答えないわけにはいかないと思ったようだった。
「私の思想かというのは――そうだ。私は『世間は死の魔法にもっと寛容にしてほしい』と思っていた。だから、どう頼んでも『死の魔法の制限』を緩和してくれないアシュトンを疎ましく思っていた。――まあ、最近少し緩和したようだがね。まったく何だ、あんなに私の頼みは拒否しておいて。拍子抜けしたがね」
ラセットは父親を睨んでいた。
「なぜ『死の魔法』を望むんだ?」
その質問にマクマヌス副会長はふっと口の端を歪めて笑った。
「おまえの母親の心の病気を魔法で少し和らげられないかと思った、それだけだよ。心の病気に特効薬になるような薬はまだないらしいのだ。だから、魔法で何かできないかとね。だがな、『脳』は『死の魔法』の結界上、不可侵の領域だったらしい。結界下で私や専門家にできたことは、多少彼女の記憶を操作することくらいだった。彼女のストレスに直結する『記憶』を消せば改善するかと思ったのだが、心の病気は必ずしも記憶操作で治るものではなかった。心の病とは、結局脳の誤作動――機能の不具合のように思えた。脳の機能的な問題である以上、記憶を消したところで、彼女の生きづらさが消えることはなかった。記憶操作で治らないならどうするか? 私は不具合を治してやればいいと思った。だが、脳は『死の魔法』の結界上不可侵――自動的に阻まれる。結界を緩和してもらえれば他にやりようがあるんじゃないかと思っているよ。私自身が望んでいる魔法は『死の魔法』と呼ぶには抵抗があるがね」
「そうか……」
ラセットはほんの少しほっとしたように呟いた。
「あんたが邪魔者を消す目的とかで『死の魔法』を推進しようとしてなくてよかったよ」
「さっきから私の評価が不当に低すぎる」
とマクマヌス副会長は不平を言った。それから、ふっと微笑んで、
「まあ、ようやく『死の魔法』を制限する条件が少し変更になったからな。おまえの母親にやってやれることは少し増えたかもな。今、専門家に頼んでいる」
と希望を込めて言った。
「あ、それ、うちの叔父さんがやれるかも」
とポルスキーさんが横やりを入れた。
マクマヌス副会長は、ポルスキーさんに同意するように大きく肯いて、
「それもあって彼をうちの陣営に入れたかったのさ。まさかアシュトンの陣営に寝返るとは思わなかったけどね」
と言葉とは裏腹に穏やかに言った。
ここまでお読みくださいましてどうもありがとうございます!
ラセット劇場・後編終了です。
次回、ジェニファーがポルスキーさんに「そろそろヒューイッドの気持ちを汲んでやれ」と諭します。
が、まだサンチェス捕まってないよね、そんな話してる場合?と作者は思っています。





