【5-13.フローヴェールの責任】
スリッジ会長の執務室に入ってきた男は、なんとフローヴェール・クレイナートだった。
フローヴェールは神経質そうに青白い顔の、瘦せ型長身の男だった。こげ茶のナナフシが立ち上がったかのような、なんだかちぐはぐな印象を与える男だった。中途半端に膝丈くらいの、けっして高級ではなさそうな黒ローブが、余計に彼をみすぼらしく見せ、彼の不遇さを表しているようだった。
いきなりの登場に戸惑うポルスキーさんやメメルの前で、フローヴェールはもうすっかり諦めたような悲痛な顔をしていた。
とはいえ、まだ彼は使える魔法使いの佇まいを纏っており、ポルスキーさんたちは予断を許さない状況に身構えずにはおれなかった。
一人エンデブロック氏だけが興味なさそうで、座り心地のよさそうな長椅子に移動すると寛ぐように身を投げ出した。
一度フローヴェールに襲撃されておきながら、こんなに興味のない仕草とは、ポルスキーさんは叔父のメンタルはどうなっているのかと呆れ果てた。
フローヴェールは繊細そうな高い声で、
「ああ、やっぱり駄目でしたか。まあ、もうそうかなと……うっすら思ってはいましたけどね」
と自嘲気味に呟いた。
デュール氏はフローヴェールを警戒しながら、鋭い声で、
「君がフローヴェール・クレイナート? まさか自分から姿を現すとはね。一生隠れてるのかと思ったよ。結局こうして自分で来るなら、僕やシルヴィアなんか使わずに、自分で『人を操る魔法』をスリッジ会長にかけたらよかったじゃないか。直接に! 違う?」
と文句をぶつけた。
するとフローヴェールは、
「あとちょっと時間があれば、もう少しうまくいったかもしれないですけどね。僕たちの企みはどんどん暴かれていくし、上は焦るしで、まあ……仕方がないです」
と気難しそうな顔を情けなく歪めながら言った。
「何でこうして出てきたのよ。別にわざわざ出てこなくても、隠れてたらよかったんじゃないの?」
ポルスキーさんは、フローヴェールがこのように姿を現したのはこの期に及んでまだ何か企んでいるせいのではないかと思い、胡散臭そうに聞いた。
フローヴェールは今度こそ望みのなさそうに苦笑して、
「スリッジ会長にかけた呪いを正面から破られるとか……、失敗したとはいえこんな大事になったんだから、誰かが責任取らなくちゃならないでしょう? これが私の最後の仕事です」
と静かに言った。
フローヴェールが「責任を取りに」と言うので、ポルスキーさんが驚いて聞いた。
「あなたが全部責任を取るって? それは、シルヴィアの殺害とか、デュール氏にかけた呪いとか、ジェニファーの誘拐とか、スリッジ会長への呪いとか、そういうこと全部を言っているの?」
フローヴェールは固い顔に戻って、無言で肯いた。
ポルスキーさんは何だか苛立った。
「あなたをスケープゴートにして、本当の黒幕はこれでこの一連の騒ぎに一旦幕引きしようって考えてるわけ?」
フローヴェールの眉がピクリと動いた。しかし、しらばっくれることを決めたような表情で、
「黒幕って何のことです。私が全部考えてやりました」
と吹っ切ったような声で歯切れよく明言した。
「それはないでしょ!? デイヴィッド・サンチェス氏が裏で糸を引いてたんじゃないかって私たちは思っているのよ? それに、その向こうにはマクマヌス副会長の思惑があるんでしょう?」
ポルスキーさんが詰め寄ったが、フローヴェールは鼻も引っかけない様子で、
「何を言っているんです。私が全部考えました。その証拠に、この一連の事件を全部一人で説明できますよ」
と真っすぐにポルスキーさんを見返した。
ポルスキーさんは食い下がった。
「あなた、まともじゃないわ! ジェニファーの誘拐に使ったテレポートの結界や、モーガン殺害に使った結界は? あれはあなたのものじゃないでしょ?」
「あーまあ私のではないですが。サンチェス氏を脅してね、言うことをきかせてたってことで」
フローヴェールは完全に開き直った顔でそっぽを向いた。
「サンチェス氏の方から交換条件を持ちかけてきたって自分で言っていたじゃん」
これまでずっと黙って聞いていたメメルが横から口を挟んだ。
フローヴェールはメメルには弱みを感じているのか、その発言を聞くと気まずそうな顔になって、数歩後退りした。
メメルは呆れた声で、フローヴェールに訴えかけた。
「フローヴェール、あたしはさ、こんなことのためにあなたに魔法を教えたんじゃないんだけど」
「メメル……。私はこんなことのためにあなたから魔法を習ったんですよ」
フローヴェールの青白い顔がもっと白くなった。もう今にも死んでしまうんじゃないかというくらいの様子だ。何やら後悔しているようなニュアンスも感じた。
「がっかりさせてくれるじゃん。最初にあたしに問い合わせてきたときは、あなたそんなんじゃなかったよね。純粋にあたしの魔法に興味を持っていて、新しい魔法に喜んでたじゃん。いつから悪巧みはじめたの? あなた、ほどなくして指にタトゥーを入れたけど、そのへんから?」
メメルはとても残念そうだ。
フローヴェールは、その時の自分の状況の変化を思い出しでもしたのだろうか、激しく打ちひしがれた。
「すみません。でも断れなくて……」
「サンチェス氏に話を持ち掛けられたときは、そんなヤバい仕事だとは思わなかったんでしょ? 軽い気持ちだったのかな。でも、状況が変わったんだよね? サンチェス氏の要求は思った以上にヤバいもんだった。なにせ『人を操る魔法』だもんね。『人を操る魔法』にはそれなりの対価がいることくらい、あたしでも想像つくわ。あなた、ちゃんと『できない』ってサンチェス氏に言った?」
メメルは、まるで子ども相手のように問い質すのだった。
フローヴェールは、そんなことは分かってるとばかりに苛々した乱暴な目を向けた。
「言えるわけないでしょう! 向こうの望む仕事ができなければ、こっちの要求は叶わない」
「じゃあ、あなたばっかりリスクを取ることになるじゃん」
メメルは不平等さを許せないという口調で言った。
「私に人を殺せとか、そんな直接的なことはデイヴィッドは言いませんよ! 『人を操る魔法』なんて聞けば、えげつない対価がいることくらいすぐに分かりましたけどね。でも、だからって拒否する選択肢はこっちにはないんだ」
フローヴェールが叫んだ。
「人を殺す以外の方法は思いつかなかったわけ?」
メメルが詰るように聞いた。
「考えましたよ! 生贄とか自分の自由や健康を制限するとかいろいろ。でも、何かを入れ知恵されたモーガンが横でしきりに『死を利用する』ことを勧めるんだ。モーガンの野郎はぶっ壊れてた。自分が対価を払うことなぞ良しとしない、他人に押し付けてしまえばいいって考えだった。あんな奴と一緒に仕事をするのは無理だと思った! でも、あいつがサンチェスとの交渉人だったんだ、突っぱねることもできない。こっちにいくら確固たる意志があっても押し切られていくものさ、特にこちらは弱みを握られているんだ。あいつ、何て言ったと思う? そんなに言うなら自分が手を下すから、おまえはその死を『利用』してくれりゃいいって、まるで何かレストランの支払いするみたいに軽く言うんだ!」
フローヴェールは忌々しそうに眉を顰め、早口でまくし立てた。
そこまで聞くとメメルはふっと口の端を歪めた。
「ばかね、そんなに喋って。そんなこと言ってる人に全部責任を押し付けるなんてさ、そんなんで幕引き謀らせるもんか」
すると、フローヴェールは落ち着きを取り戻して言った。
「私はメメルには弁解したかった。でも、逮捕された後は何も喋りませんよ。自分がやったと言う以外は」
そのとき、メメルが嘆くように言った。
「それであなたはいいの? サンチェス氏には恋人の居場所を探してもらう約束だったんでしょ? でもこのまま逮捕されて全部の責任かぶったらさ、結局あなた恋人に会えずじまいじゃん」
恋人と聞いてポルスキーさんはぎょっとした。
さっきからメメルとフローヴェールのやり取りの中で何度もでてきた『要求』とは、フローヴェールの恋人に関するものだったのか?
メメルの言葉にフローヴェールは急にぐっと押し黙った。フローヴェール自身も矛盾に感じていた部分だったからだ。
ここまでお読みくださいましてどうもありがとうございます!
フローヴェールは全部自分で罪をかぶろうとしているようです(;´Д`)
逃げずに自分が犯人と名乗り出る理由が次回分かります。





