【5-1.師弟ではない二人】
ポルスキーさんは、光遮る薄暗い高齢樹の下、先ほど自分が魔法協会に向けてテレポートした場所に正確に立った。そして、ポケットから取り出した魔法鳥の指輪を間違いのないように確認してから、その指輪の色石をそっと一度撫でた。
ポルスキーさんは魔法協会へのテレポートを魔法鳥の指輪に記憶させようとしているのだった。テレポートを記憶させれば、以後は『繰り返し』を発動するだけでこの指輪がテレポートを間違いなく完遂してくれる。
テレポートすらよく失敗し見知らぬ土地に迷い込むポルスキーさんにとって、この魔法アイテムは救世主のような存在だとだいぶ期待しているのだった。
さあ、指輪の色石が鈍く光り出すはず。
そしてそのうち、キラキラと虹色に輝き出すはず。
そうなったら魔法鳥の指輪が魔法の痕跡を集めて、その場で直前に使われた魔法の分析が始まった合図だ。
――が。
指輪はちらりとも光らず、何にも起こらなかった――。
ポルスキーさんの顔がみるみる真っ青になる。
「叔父さんーっ! 魔法鳥の指輪がうんともすんとも言わないんだけど!?」
叔父の邸に駆け込んだポルスキーさんは叔父に泣きついた。
ポルスキーさんは今、叔父の邸に居候している。
魔法の修行という名目だが、そんなにストイックなものではなくて、師弟というよりは単純に困ったときに叔父に泣きつくだけの関係に成り下がっている。
とにかく魔法の腕を上げたいポルスキーさんにとって、魔法の生き字引のような叔父が傍にいると時間短縮になる――というわけなのだが、叔父にとってはポンコツな姪が押しかけてきて四六時中「ナニコレどーなってんのーっ!?」と助けを求められてばっかりなので煩わしいことこの上ない。
案の定、叔父は鬱陶しそうにふわふわパーマの茶髪をかき上げ、
「うるせえなあ。その指輪の魔法は俺が解除した。そりゃもうただの指輪だ」
と振り返りもせず突っぱねた。
「何ですって? 何してくれてんの?」
ポルスキーさんがキーっと怒る。
叔父は呆れて、女顔の整った顔を歪めると、べしっとポルスキーさんの頭を叩いた。耳のピアスが正義感に光る。
「クロウリーに約束したからな。責任もっておまえを正すって。つーか、おまえ、まだこの指輪を魔法アイテムとして使う気だったのかよ。正気じゃねえな。彼氏にもらった指輪は指輪として着けとけ!」
叔父はそう言って指輪をパシッと手に取ると、ポルスキーさんの左手を掴み、問答無用に薬指に指輪をはめてやった。
「あ、えーっと」
「もう絶対失くすなよ。おまえは大事にされてんだ、忘れんな」
叔父はそう言って指輪をはめたポルスキーさんの左手をべしっと軽く叩いた。
ポルスキーさんは少し赤くなったが、
「叔父さんは大事にしてんの?」
と応酬した。誰をとは言わない。が、叔父が毎週出かけていく用事の人が、叔父にとってただの人だとは思えない。たぶん、あの病気だった人――。
叔父が今度こそ完全に無視したので、ポルスキーさんはさっきより少し大きい声で、
「叔父さんはーっ、指輪とかーっ、プレゼントしたことあるんですかーっ」
と聞くと、叔父の周囲の空気が急に凍てつくように冷え込み、空気中の水分が全て結晶化してキラキラ、ザラザラとポルスキーさんを威嚇した。
「わあ、寒い。これは氷点下ね」
ポルスキーさんがよく分からない感想を述べると、叔父は、
「ミリー(※ポルスキーさんの母)に連絡する、こんなウザイ奴は置いておけない」
と肩から引っかけたたっぷり生地のローブを揺らめかせながら、ふらっと出て行こうとした。
「あ、待って、ごめんなさい! お母さんは無しで! ってゆか、叔父さんだってうちのお母さんは嫌でしょ!? 私たち同志じゃない!」
「同志じゃねえ。一緒にすんな」
「悪かったわよ、叔父さん。でも、指輪のことは恥ずかしいからもう言わないでほしかったんだもの」
ポルスキーさんは頭を掻いた。
すると、叔父は急に調子を変えて、
「そういえば、例の薬は調合できたか?」
と聞いた。
ポルスキーさんはハッとする。
「あ、う、うん」
「間違いなく? 見せてみろ」
叔父は、ポルスキーさんを地下に作った魔法薬の調合室へと促した。
魔法薬の材料は、魔法動物の何とかとか、魔法植物のどこどことか、魔法鉱石の純度何%とか、夥しい種類がある上に、その保存方法も様々なので、叔父の邸では地下に部屋を何個も設けて、部屋ごとに保存条件を変えて管理していた。
ポルスキーさんの小屋にある魔法材料よりざっと10倍は種類があるため、作れる魔法薬の種類も豊富で、それだけでもポルスキーさんにはだいぶ勉強になっているのだった。
ポルスキーさんは、今朝作り方を教えてもらったとおりに調合した魔法薬の小瓶をすっと叔父の方に差し出した。
叔父は胡散臭そうに小瓶を持ち上げ、色や匂いを確かめている。
「大丈夫だってば。私、魔法薬の調合は下手じゃないのよ」
ポルスキーさんは信用されてない態度に半べそになりながら言った。
確かにポルスキーさんは魔法薬の調合は得意な方だった。
理屈屋なので、何のためにこの材料を入れるのか、どうしてこの順番に入れるのか、混ぜたり熱したりの作業は何のために必要なのか、全工程の意味を自分なりに理解しなければ気が済まないところがあった。
だから、『ここだけは慎重に作業しなければならない』というところはだいたい分かっていたし、逆に手を抜いてよいところも分かっていた。ポルスキーさんにとっては、味や見た目を気にしなくてよい分、料理よりも簡単かもしれないくらいだった。
「へえ。おまえって器用なのな」
叔父が魔法薬の出来に意外そうな顔をしていた。
「叔父さん、私だって何でもかんでも失敗するわけじゃないのよ」
「威張んな。これで魔法薬の調合までできねえようだったら追い出してる」
叔父は苦笑しながらそう言うと、
「これなら使ってよし」
と了承した。
ポルスキーさんは目を輝かせた。
その時、来訪者を告げるベルの音がした。
ポルスキーさんは魔法薬の小瓶を大事そうに両手で包み込むと地下の調合室を出て、来訪者を迎えに出た。来訪者の予想はついていた。クロウリーさんだ。
そもそもこの魔法薬は、クロウリーさんに頼まれて作った物だったのだ。
クロウリーさんは、ポルスキーさんの後ろに控えていたエンデブロック氏に軽く会釈をすると、
「イブリンが居座っていて辛くないですか」
と労わった。
「ちょっと、どういうこと!?」
ポルスキーさんがキーっと怒ると、エンデブロック氏は壁にもたれかかりながらゆったりと片手を挙げた。
「もう少しイブリンが使える様になったら連れて帰ってやってくれ」
「迎えに来なくていいし。私、自分で海辺の自宅に帰れるし」
「いい加減、クロウリーの気持ちでも受け入れて結婚してやれば」
「叔父さんが結婚すればね」
「ははは、死ね、てめえ」
しかし、クロウリーさんの方は最近何度かここを訪れ、この二人のくだらないやり取りに慣れていたため、もういちいち反応することはやめていた。
「イブリン、手伝ってもらってすまない」
と、このたびポルスキーさんに手伝いを頼んだことについて礼を言った。
「私は別に。これも叔父さんが教えてくれたの。私の家じゃ材料が足りなくて作れなかったから、やっぱりここに修行に来させてもらって良かったわ」
ポルスキーさんは今朝作った魔法薬の小瓶をクロウリーさんの前にかざして見せた。
「いや、これくらい何のことはねえ。こいつがおまえの指輪に何したかを思えばお安い御用。だが、知ってると思うが、この手の魔法薬は万能じゃねえ。頭を使えよ。じゃ、せいぜい頑張んな」
エンデブロック氏はひらひらと手を振って二人を送り出した。
クロウリーさんは、ポルスキーさんの腰に手を回すとエンデブロック氏の邸を出た。そして、魔法協会に向けてテレポートしたのだった。
お読みくださいましてありがとうございます!
第5章始まりました! 最終章です。
さて、ぐだぐだなポルスキーさんの修行です。
クロウリーさんに頼まれて魔法薬を作っていたようですね。
次回、何に使うか分かります。
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