【4-13.大誤解】(第4章最終話)
さて、魔法協会の聞き取りがだいぶ済んで、ほんの少し平穏が戻りかけてきた頃、ポルスキーさんの海辺の掘っ立て小屋には招かれざる客が来ていた。
「ザッカリーに彼女がいるみたいなんだけど、何か知っていて?」
ポルスキーさんの母である。
ポルスキーさんはいつも一言多い母の突然の訪問に身構えたが、ザッカリー(※叔父。母の弟)と聞いて少し興味を引かれた。
ポルスキーさんの脳裏に、先日の叔父の話が浮かび上がった。
きっと母が言っているのは、叔父が心を痛めるくらい病気を治したい『心臓の病気の女の人』のことなのだろうと思った。
あの後、ポルスキーさんは叔父と死の魔法の結界の微調整の件でやり取りをする間に、その女性の病気が劇的に良くなったことを知ったのだった。叔父は確かにぶっきらぼうのまんまだったのだが、声は心なしか明るくなっていた。
叔父とその女性がどういう関係なのかポルスキーさんにははっきりとは分からない。人との距離を不必要に縮めようとしない叔父のことだから、もし恋愛感情のようなものがあっても告白とかはしないのかもしれない。しかし叔父は明らかに以前より落ち着いていて、それをポルスキーさんはほっとした気分で見ていたのだった。
ただし、ポルスキーさんはその話を特に母の前では口にすることは絶対できないと思った。もし言えば、逆に叔父は母にクロウリーさんのことを言うと思われたからだ! これはポルスキーさんと叔父との紳士協定だ!
だからポルスキーさんはわざとツンとした声で、
「お母さん、そんな用事でわざわざうちに来ないでよ」
と突っぱねた。
しかし、そんな様子を気に留めるような母でもない。
「大事な用事でしょうが! まったく、あなたたちときたら。私を困らせてるってこと理解してるのかしらね? いい歳なのに全然結婚とか興味なくて」
と文句がさらに付け加わる始末。
「私が結婚しなくたって、何かお母さんに実害がある?」
とポルスキーさんが突っかかると、逆に、
「実害って言い方をしたらないわよ、でも結婚してくれたらお母さんは嬉しいだけ!」
と開き直られた。
ポルスキーさんがどう返したらいいものか困っていると、
「まーったくないの? 私ったら育て方を間違えたのかしらねえ。本当にこの歳まで、まったく何もないなんて」
と母はしゅんとして自分を責めるような言い方を始めた。
ポルスキーさんは何となく居た堪れなくなって、思わず、
「な、なくはないわよ!」
と言ってしまい、そしてすぐに挑発に乗ってしまったと後悔する。
母の顔が一気に高揚した。
「あら、あなた、もしかして?」
「あ、いや、何もありませんけどね」
ポルスキーさんは慌ててかぶりを振った。
母がまたしゅんとする。
「……そりゃそうか。あなた、ザッカリーのとこで修行するって言いだして。もしいい人がいたら、この歳でそんなことは言わないものねえ……」
ポルスキーさんは何だか今度は苛々が募ってきたが、もう余計なことは言いたくないため「うん」と同意しておいた。
母は心底嘆いている。
「あああ……ザッカリーのとこで修行だなんて、また結婚が遠のくわ……神様……」
ポルスキーさんはいい加減うんざりしてきて、
「ポンコツな娘なんだから、魔法ガンバレとか言ってみたらどうかしら」
と厭味を言うと、母は少しも厭味には取らなかった。
「今更魔法より、あなたの結婚の方が私にしたらよっぽど大事な用件ですよ。修行であなたのポンコツがどうにかなるとも思えないし……」
すると、ポルスキーさんの小屋の外が少し騒がしくなったかと思うと、そこへデュール氏がやってきた。
「イブリン! エンデブロック氏のところにしばらく滞在するって本気? 会えなくなるじゃないか! 僕は寂しいよ!」
デュール氏の後ろにはクロウリーさんも控えている。
「デュール氏、わざわざ押しかけてイブリンの邪魔しなくても」
「なんだよ、君だって来てるじゃないか」
「そりゃ来ますよ、どうせイブリンを口説く気なんでしょうから!」
するとポルスキーさんの母が目を輝かせた。
「イブリン、こちらの方々は誰なの? 会えないと寂しいとか仰ったわね。もしかして彼氏?」
その言葉にデュール氏は両手を挙げて歓喜した。
「ハイっ! そうです、彼氏ですっ!」
「ち・が・い・ま・すっ!」
ポルスキーさんとクロウリーさんは揃って大声で否定した。
しかしデュール氏はポルスキーさんとクロウリーさんの否定を完全無視して、
「いえ、彼氏と思っていただいて大丈夫ですよ! もしかしてお母さまですか?」
自分に都合のいいことばっかり聞きたい気分のポルスキーさんの母は、がしっとデュール氏の手を握った。
「そうです、母です。あんな社会不適合な感じの娘ですけど、どうぞイブリンをよろしくね、彼氏さんっ!」
「お母さん、彼氏じゃないから」
すぐ横でポルスキーさんが母に突っ込むが母はまるで聞いていない。
ポルスキーさんの母は嬉しそうだ。
「で、あなた、お名前はなんと仰るの?」
「僕はアシュトン・デュールと言います。魔法協会で理事やってます」
「まあ、理事? あら指にタトゥーも入ってるじゃない。きっと凄い魔法使いなのね。これは良縁だわ、イブリンをどうかよろしくお願いしますね。あ、でも、ごめんなさいね、この子ったら私の弟のところで修行しなおすなんて言い始めて。本当、どういうつもりなのかと――」
「――もう十分、もう帰って!」
ポルスキーさんは猛烈に怒って、母とデュール氏を小屋から追い出した。
ポルスキーさんの剣幕にすっかり気圧されたクロウリーさんだったが、
「あの二人を一緒に追い出してよかったのか? 今頃きっと仲良くお茶でもしているんじゃ」
と諫めるような言い方をした。
「もう勝手にしたらいいわ。デュール氏も悪ふざけが過ぎるし、お母さんも悪ノリし過ぎよ」
「悪ふざけ……だけか?」
クロウリーさんが疑問を呈したが、そこは鈍感なポルスキーさんのことで、
「それ以外に何があるのよ」
と逆ギレするばかりだった。
クロウリーさんはため息をついて話題を変えた。
「イブリン、本当にエンデブロック氏のところで修行するのか? 昔しんどかったって悪口しか言ってなかったような気がするんだが」
するとポルスキーさんは苦笑した。
「そうね、あの叔父だしね。でも本当のところを言うと修行ってほどじゃないの。メメル・エマーソンにかけられた魔法とかを何とかしたいと思ってるんだけど、ここで考えるよりは叔父のところで考えた方が色々アイディアが浮かびそうって思っただけなのよ」
と自分の小屋の中を見回した。
「ああ、そういうこと」
クロウリーさんはほっとしたように息を吐いた。山籠もりとかそういう意味合いではないということだ。
ポルスキーさんはふふと笑った。
「そりゃメメル・エマーソンの件も、叔父に頼めば、文句を言いながらも何かはしてくれると思うんだけどね。いや、呪い放っておくわけにはいかないんで何とかするんだけど。でも――、私ももう少し腕を上げたいのよね」
「それは頼もしいが」
「クロウリーさんもそう思ってくれる?」
「いつだって頼りに思っているけどな」
「ありがとう。……あなたが頼りしてくれて一緒に行動できるのを 少し嬉しく感じてる自分に気付いたの。以前は……あなたが呼び出されるたびに私は一人お留守番だったから……」
ポルスキーさんは少し本音を答えた。
クロウリーさんはハッとし自分を詰るような顔をした。
「お留守番って……イブリンは寂しがってくれてたのか」
「あ、いや、べ、べつに? 寂しがってなんかないけどね? でも今はクロウリーさんの手伝いができるからさ。前とは違うよねって、そういう話よ!」
ポルスキーさんは顔を赤らめて、照れ隠しにクロウリーさんの肩をべしっと叩いた。
今の方がいいというニュアンスを感じて、クロウリーさんは無言でポルスキーさんの手を握る。
ポルスキーさんはドキッとしたが、その手をそっと握り返した。
その手のぬくもりに安心したようにクロウリーさんが言った。
「やり直さないか」
「あ、え、えっと……」
ポルスキーさんはドギマギして俯いた。
嫌じゃない、嫌じゃない……けど、どうしよう! 大丈夫かな。
そのとき、小屋の窓の外から、母とデュール氏がじーっとポルスキーさんとクロウリーさんの様子を食い入るように窺っている姿が目に入った。
「何してんのよ、あんたたちーっ!!」
ポルスキーさんは飛び上がって二人を再度追い払いに駆け出し、その場の空気はもうめちゃめちゃにぶち壊されたのだった。
(第4章 終わり)
お読みくださいましてありがとうございます! 嬉しいです!
第4章完結です。
いえ~い、第4章で、ようやくシルヴィア殺害の犯人は一人逮捕できました~!
まあでも、マクマヌス副会長を失脚させないとです。
次が最終章です!
(大筋は書けていますが、遅筆でどうもすみませんっ! 再開の準備が整いましたら活動報告にあげさせていただこうと思っております(*'▽'))
もし少しでも面白いと思ってくださいましたら、
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すみませんが、よろしくお願いいたします!!!





