【4-10.逮捕】
マイク・オコーネル理事の厳しい態度にモーガン・グレショックが「何となくまずいのでは」を思いはじめていた時、バタンっと勢いよく部屋の扉が開いて、数人の男が踏み込んできた。
「うっ」
とモーガンは喉の奥で呻いた。踏み込んできた男たちはほとんど魔法協会の顔見知りの職員たちで――犯罪対策の部署に所属している者たちだったから。
しかしモーガンは、動揺は表さないようにした。冷静を装って、
「オコーネル理事にご用事ですか? 席を外しましょうか」
ととぼけて見せた。
「いや、おまえだよ、モーガン」
と職員の一人が言った。
「この人殺し!」
その言葉を聞いてモーガンはびくっとした。
シルヴィア・ベルトーチの件がバレたか?
だが、どうして?
モーガンはゆっくりと顔を上げ、踏み込んできた人間の顔を見分しようとした。
そして、見つけた。イブリン・ポルスキーが踏み込んできた男たちの奥の方に、心配そうな顔で突っ立っているのを。
「あいつか」とモーガンは思った。
親指で小指にはめた例の指輪をごしごしと触る。
イブリン・ポルスキー。見たことのない魔法を使う。そういえば最近、「シルヴィア・ベルトーチの再検死を許可出さないわけにはいかなくなった」とマクマヌス副会長から聞いた。再検死は行われたのか、そしてそこでこの女は何か俺がやったという証拠を見つけたのか?
本当に、本当にやっかいな女だ。いったいどれだけの手数を持っているのか見当もつかない! スリッジ会長の娘の誘拐事件にいらぬ証拠を掴まれてはならないとこの魔法の指輪を盗んだが、このような魔法アイテムがまだどれだけあるか分からない。ポンコツなふりをして、さすがあの大魔法使いザッカリー・エンデブロックの姪といったところか。
モーガンはすっくと立ちあがった。
あまり堂々と立ち上がるものだから、踏み込んだ職員たちも一瞬驚いて一歩後退りした。
しかし一瞬のことだ。職員たちはすぐにモーガンを拘束するために、わっと近寄ろうとした。
モーガンは逃げ場を求めて長椅子の向こう側に身をかわそうとしたが、逆に長椅子の脚に引っかかってバタバタと少しもたついてしまった。
しかし、急いで身と立て直すと、キッとハイエナのような目で職員たちを睨みつけた。
モーガンは頭をフル回転させ、急いで状況を把握する。
出口は、部屋の扉と――。プライベート用の隣室へ抜ける扉があった。
モーガンは、後退りしながら背後に立つオコーネル理事の秘書役のだぶついた衣服を掴んだ。
「え」と秘書役が思った瞬間、天と地がひっくり返ったような感覚がして、秘書役は踏み込んできた職員の方へ投げ飛ばされていた。
「おいっ」と職員たちから怒声が上がり、職員の一人が拘束の魔法を使った。
太めの縄のような魔法の光の筋が、いくつも部屋に解き放たれ、モーガンを目指してザザッと凄いスピードで襲い掛かった。
同時に職員たちも物理的に身柄を確保しようと飛び掛かった。
「観念するんだ!」
モーガンはぎらりと汚らしく光る目で職員たちを睨め回すと、嘲るような笑いを口の端に浮かべて、両腕を胸の前に突き出した。
そして鼻をふくらませて頭を振ると、唾を吐きながら、
「こういう仕事をしているとな、拘束の魔法だけはいつでも解除できるようになるんだぜ」
と防御魔法を放った。
モーガンの手からは魔法の風が勢いよく噴き出し、踏み込んだ職員たちのローブをバタバタと乱暴にはためかせた。机の上に置いてあった書類のようなものも荒々しく舞い上げられて、視界を遮る。
そして同時に、職員によって放たれた拘束の魔法の光の筋たちも、モーガンの魔法の風によって翻弄され、ぐるぐると行き場を見失って、空中でのたうち回っていた。
モーガンの魔法の風は拘束の魔法を捉えて離さず、しつこく抑え込もうとするので、拘束の魔法は空中で逃げ回りながら、やがて光を失い、「バンっ」と音を立ててかき消された。
その隙にモーガンが、プライベート用の扉から隣室に逃げようとしたところを、
「逃げるのは許さない」
とクロウリーさんが少しも引かない毅然とした態度で一歩前へ出て、真っすぐに指を突き出すと動きを止める魔法をかけようとした。
クロウリーさんの動きを止める魔法はモーガンの右肩に当たり、モーガンは痛みに「ぎゃっ」と叫んで体が一瞬つんのめった。モーガンは苦しそうに顔を歪めてそのまま近くの壁に体を丸めてもたれかかると、息を整えてすぐに憎し気にクロウリーさんを振り返り睨みつけた。
「ばかめ、俺を止められると思うか?」
モーガンは不遜な声でわざと高らかに挑発した。
しかし物怖じしない職員たちが険しい顔で一斉にモーガンに飛び掛かっていくので、モーガンは「ちっ」と舌打ちして、まだ動く左手で隣室の扉のノブに手をかけ逃げようとした。
次の瞬間、職員たちが「確保、確保だ!」とモーガンにぶつかる音がした。モーガンはぎゅっと押さえつけられて思わず「ぐっ」と呻いた。
しかし、暴力的に覆いかぶさる職員たちによって醜くつぶされた顔は、まだ諦めてはいない気迫に満ちていた。
「炎よ――」
モーガンは尖らせた口ではっきりと呪文を唱えた。
モーガンを捕らえようと押さえつけていた職員はぎょっとした。俺たちを強引に焼く気か?
が、驚いている暇はなかった。
モーガンの周囲にまるで火山かと思われるような炎の壁がぶわっと立ち上がり、凶暴な熱さに仰け反った職員たちは、一瞬の間にモーガンの姿を見失ってしまったからだった。
炎は生きているかのようにうねうねと揺れ、職員たちの前に立ちはだかっている。
「まだまだ甘いよ、君たちもね」
と高慢なモーガンの声が炎の向こうからする。
「くそっ」
と職員たちが吐きだす声が聞こえた。
クロウリーさんが、
「だが、モーガンはまだその炎の中にいる」
と冷静につかつかと歩み寄り炎を抑えようと魔法を出そうとしたとき、いきなり炎の壁の一部がにゅーっと伸び、その先端が不死鳥のように変化した。そして、瞬く暇もないほどの時間で天井をするすると這うように動くと、部屋の出入り口付近でハラハラと様子を見守っていたポルスキーさんに向かって襲い掛かったのだった。
「しまった」
クロウリーさんは心臓が潰れるかというくらいの恐怖を感じ、ほぼ脊髄反射のようにポルスキーさんを守ろうと飛び出した。
「逃げてくれ!」
ポルスキーさんは恐怖感で目を見開き、真正面の、高いところから覆いかぶさろうとする炎の鳥を見ていた。
まさか自分が狙われるとは思っておらず、咄嗟のことで蛇に睨まれた蛙のように体が竦んでしまっていた。
そして、次の瞬間、魔法の炎は意地悪な動きでざざっとポルスキーさんを包み込もうとした。
「きゃっ」
ポルスキーさんが目を閉じて悲鳴を上げたとき、誰かが背後からポルスキーさんの肩を引っ掴んで素早く後ろに放り出した。
そして次の瞬間、目も眩むような光が一瞬で周囲を真っ白に染め上げ、何も見えなくなったかと思うと、襲い掛かってきた炎もモーガンを包み隠していた炎も、全てが煙も残さず消え失せた。そして、光の洪水は緩やかに鎮まって、無音の、先ほどと同じ部屋の景色をそこに見せた。
「あまり怒らせてくれるなよ」
そう言ってポルスキーさんの代わりに立ちはだかったのは、きれいな目をしたデュール氏だった。彼はタトゥーを入れた人差し指をそっと立てていた。
「え」
ポルスキーさんが驚きと感謝の瞳でデュール氏の背を見つめていると、デュール氏は振り返ってポルスキーさんに軽くウインクをした。
そして、デュール氏は耳まで垂れた見事な金髪を無造作にかき上げて、
「僕を相手に、まだやるかい? 僕はいいけど」
と部屋の奥の方にいる、もはや魔法を身ぐるみはがされたような様子のモーガンにゆっくりと声をかけたのだった。
デュール氏の目は静かに怒っていて、肩からまるで湯気が立ち上るように威圧感が溢れていた。
デュール氏はタトゥーの入った指先をそっとモーガンの方に向けた。
強大なデュール氏の魔法によって炎を引き剥がされ、丸裸にされたモーガンはみるみる顔を曇らせ、悔しそうに膝から崩れ落ちた。
やっと駆け付けたクロウリーさんが、そっとポルスキーさんに寄り添い肩を抱いた。
さっきはよっぽど心配したのだろう、まだクロウリーさんの顔は険しく青白かった。
もうモーガン・グレショックは抵抗しなかった。
モーガンは魔法協会の職員たちに身柄を拘束されて、背を丸めて頭を垂れたまま連行された。
部屋から出るときも、もはやポルスキーさんを見ようともしない。
抜け殻のようなモーガンとすれ違うとき、ポルスキーさんはハッとした。
「あ、あなた、私の指輪を返して」
クロウリーさんもハッとした。
そしてモーガンがどんな反応をするか恐れて一瞬身構えた。
しかし、モーガンは虚ろな目をのろのろと上げ、無言のまま拘束された腕をポルスキーさんの方に突き出し、顎で小指を示した。
「……」
ポルスキーさんが抜き取ろうと手を差し出すと、クロウリーさんが警戒して割って入った。そしてモーガンの小指から指輪を外したのだった。
ポルスキーさんは「あ」と冷や汗が流れた。指輪に気付いちゃうかしら。
気づきませんように、気づきませんように、気づきませんように――っ!
しかし、ちらりとクロウリーさんの顔を盗み見ると、クロウリーさんはピタッと動きを止めて指輪を凝視している。
「やばい」
ポルスキーさんは有罪判決を受けたようにどどーんと気が重くなったのだった。
案の定、モーガンが職員に連行されて行ってしまうと、クロウリーさんがまさかと疑うような低い声で呟いた。
「イブリン、この指輪って……」
ポルスキーさんはドキッとする。
そこへ、先ほどとは打って変わって明るい態度に戻ったデュール氏が駆け寄ってきた。
「イブリン、大丈夫だった? さっきは乱暴に引っ張ってごめんね!」
しかし、デュール氏はポルスキーさんとクロウリーさんがどんよりとして、口が重い様子に気付いた。
「あれ? 君らどうしたのさ? ん? ヒューイッド、それ、イブリンの魔法鳥の指輪?」
それが答え合わせだった。
クロウリーさんは、はあーっと悲しそうなため息をついた。
お読みくださいましてありがとうございます!
指輪、やっぱりバレちゃいましたね~(汗)
次回、怒られるかな?





