【4-9.不意の名前呼び】
クロウリーさんは魔法協会の休憩室に移動して、長椅子でポルスキーさんを抱きかかえていた。
ポルスキーさんは意識を失っていたわけではなかったが、だいぶ具合が悪いようで、無防備にクロウリーさんにしがみついて彼の胸に顔を押し付けている。
先ほど見た殺人の瞬間が脳裏にこびりつき、よほど心を抉ったに違いなかった。
クロウリーさんは、ポルスキーさんがここまで生々しいものが苦手だとは知らなかった。
むしろ、ポルスキーさんはどちらかというと理屈屋なので、こういったものもまるで平気なのかと思っていた。
気の毒なことをさせてしまった、と申し訳なく思う。
しかし、ポルスキーさんの見せた魔法の映像によって、状況が一変したのも確かだった。
今頃はあの場に居合わせた同僚たちが指揮を執り、モーガン・グレショックの身柄確保に迅速に動いているはずだった。
ポルスキーさんが使った魔法のことはそのうち否が応にも噂が回り、放っておけばモーガン・グレショックの耳にも入るはずだ。ヤツに姿を隠される前に、絶対に身柄は確保しなければならない。
クロウリーさんも先ほどの映像にはショックを受けていた。
シルヴィアの死のことは分かっていたはずだった。しかしこうして死の現場をまざまざと見せつけられると、殺人犯やマクマヌス副会長の凶悪さに寒気がする。よくもあんなことができたものだと!
そのときポルスキーさんが「うう」と呻いてふらふらと上体を起こしながら、
「……ヒューイッド、ごめ……」
と謝った。
クロウリーさんはポルスキーさんの久々の「ヒューイッド」呼びに驚き、嬉しさで胸が震えるのを感じたが、ポルスキーさんは自分では気づいていないようだった。
「少しはよくなったか」
とクロウリーさんが労わるように聞く。
「うん、ありがと……ごめん」
ポルスキーさんが俯いていた顔を上げ、濡れた目をクロウリーさんに向ける。
「いや、イブリンこそがんばったな。助かったよ」
クロウリーさんは優しくポルスキーさんの頭を撫でた。
「モーガン・グレショックを逮捕しないとだよね」
「同僚がやってくれているはずだ」
「クロウリーさんは行かなくていいの?」
「イブリンの方が心配だ。無理をさせて悪かったな」
クロウリーさんはもう一度ポルスキーさんの頭を撫でた。
そのとき、クロウリーさんの同僚の一人がキョロキョロしながらやってきて、クロウリーさんを見つけると近寄ってきた。
「あ、ヒューイッド、ここにいたんすねー」
そしてその同僚はポルスキーさんにも会釈をする。
「順調に進んでるか」
とクロウリーさんが聞くと、同僚は大きく頷いた。
「ええ、もう令状が出たんで、そろそろ身柄確保に動きますよ。だからあなたを探しに来ました」
「あ、いや、私は……」
クロウリーさんはチラリとポルスキーさんの方を見る。
「私はもう大丈夫よ」
ポルスキーさんはそっと言った。
すると同僚が少し顔を明るくした。
「先日、職場にだいぶ親し気な女性が来てたから(※第3章参照)、ヒューイッドって彼女がいるんかなーって噂になってたんすよ。やっぱ彼女だったんすねー」
「か、かか、彼女じゃないし」
ポルスキーさんが顔を赤くして否定すると、クロウリーさんは無表情にポルスキーさんのほっぺたをむぎゅっと抓った。
「ははは」
クロウリーさんの同僚は笑っている。
そのとき、ポルスキーさんは大事なことに気が付いた。
モーガン・グレショック! 彼がクロウリーさんのくれた指輪(※魔法鳥の指輪アイテム)を持ってるんだった!
「私も行くわ」
ポルスキーさんは、さっきまでくたっとしていたのが嘘のように立ち上がった。
「い、いや、待て! 体、大丈夫なのか? それに現場は危ない!」
クロウリーさんが驚いて止める。
しかしポルスキーさんは聞く耳を持たない。
クロウリーさんにバレないように指輪を回収せねば!ということばっかりが頭を駆け巡っている。
「ははは、彼女さん協力者なんすよね? 大勢で踏み込むんだし、後ろの方にいる分にはいいんじゃないすか?」
クロウリーさんの同僚はあっけらかんとまた笑った。
クロウリーさんは心配そうな目をポルスキーさんに向けたが、まあ、何かの決意を持っているポルスキーさんは止めても無駄なので、仕方がなくため息をついた。
さて、クロウリーさんの同僚たちがモーガン・グレショック逮捕に向けて準備をしているちょうどその頃、モーガン・グレショック本人は、魔法協会理事のマイク・オコーネルの居室にいた。
マイク・オコーネル理事は、会長派であるとか副会長派であるとかには全く関与せず、おっとりとした善良な性質を持っていた。彼はお金やおだて言葉には靡かないので、モーガンはかなり慎重に対峙していた。
モーガンは、オコーネル理事を自分の思うように動かすには、「彼の活動の成果」とか「その文化的意義」とか、そういうオコーネル理事が心を砕いていることに共感しなければならないことを知っていた。
「オコーネル理事は魔法関連遺物の管理や竜などの魔法動物を保全に取り組まれていますね?」
モーガンはできるだけ客観的な話を始めた。
「ええ。それは以前にもお話した通りです」
オコーネル理事は穏やかな微笑を湛えながらゆっくりと答える。
モーガンはさも由々しき事態だとでもいうように、
「魔法遺物の発掘はお金がかかりますが、お金をかければ必ず何か重要な遺物を発掘できるというわけでもないので、最近は白い目で見られがちでしょう。魔法動物もそうです。竜やユニコーンにお金をかける前に他にやることがあるだろうと言われてますね」
と同情的に言った。
オコーネル理事は苦笑した。
「まあね。でもその考え自体はその通りだと思いますよ。まずは人々の生活、それが一番です。それでもまあ、我々の活動は文化の根幹に当たる部分だということも忘れちゃいませんので、理解が得られた範囲で活動は続けていますがね」
それをモーガンは大仰な手振りで否定した。
「理解が得られたら、ですって? とんでもない、そんな謙遜をなさいますな! オコーネル理事が担当になられてから、こちらの分野の成果は華々しい。つい昨年発表されました古代魔法都市の遺跡の発見ですとか、新聞は熱狂的に書きたてました!」
オコーネル理事は「ああ」といった顔をした。
「まあねえ、遺跡の発見なんかは分かりやすい成果ですね。専門家がコツコツやってきたものですが。あちこちで褒めてもらえるので良かったですよ」
「ええ! 遺跡や文献から失われた魔法とかがこれから見つかるかもしれませんよね」
モーガンはわざとうっとりとしたような表情を浮かべた。
その表情にオコーネル理事はまたもや苦笑した。
「失われた魔法、ね。なるほど、そういったものにロマンを見出しているのですね。我々はもう少し違った――例えば、遺跡を見つけるに至った過程なども重視しますがね。まあ、そんな地味なことを言っていては民の理解は得られませんからな、『遺跡の発見』、『失われた魔法』、うむ、そういった分かりやすい言葉で宣伝してくださるのは大いにけっこうだ」
その口調に、モーガンは何となく少し水を差されたような気分になったが、ここで挫けるわけにもいかず、
「まあ、とにかく、私もオコーネル理事の成果にはロマンをかき立てられたと申しますか、豊かな魔法知識への希望ですとか、ぜひとも協力の方をね……」
と芝居がかった物言いで用件を切り出した。
オコーネル理事は「その話か」と身構えた。
「ええ、それで、昨日の申し出があったのですね。マクマヌス副会長から資金の寄付。それに厄介な業務を一部手伝ってくださるとか?」
「はい!」
モーガンはずいっと体を乗り出した。
オコーネル理事は気持ち体を仰け反らせた。
「その件は、他の理事にも相談してきたのですよ。規則的に大丈夫なのかと。だって、特定の調査機関や冒険家などに寄付を出したり業務の手伝いを申し出るならまだしも、魔法協会の遺物管理全体に寄付をしたり、新しい発掘プロジェクト立ち上げを全面協力するというのですからね! あまり聞かない話でしたので」
「ええと――それで……」
モーガンは冷や汗が流れるのを感じた。オコーネル理事に恩を売るために、特定の調査機関や冒険家などに寄付をするのではなく、オコーネル理事自身の采配で使えるようなお金を寄付したかったのだ。
しかし、どうも疑われている。いささか、やりすぎたか……。
「グレショックさん、あなたがね、あちこちで理事に協力を申し出ながら政治的な交渉をしているという話も聞いているんですよ。私の件に関して、ちょっと、問題点を詳しく話し合いましょうか」
オコーネル理事は穏やかに、しかし厳しめの口調で言った。
お読みくださいましてありがとうございます!
ポルスキーさんのヒューイッド呼び!
昔を思い出したんでしょうか。
さて次回、モーガン・グレショックの逮捕です!





