【3-13.挨拶】(第3章最終話)
「別にイブリンが私を訪ねた理由なんてあなたには関係ないじゃないですか」
とクロウリーさんがポルスキーさんとデュール氏の間に割って入ると、デュール氏は、
「よくないよ。全然穏やかでいられないんだけど」
と口を尖らせた。
ポルスキーさんは首を傾げながら、
「? 名案を思い付いたから聞いてもらおうとしただけよ」
と答えると、デュール氏は低く呻いた。
「名案なら僕も聞けるよ。やっぱり長い付き合いがある方がいいわけ? ってゆか、そもそも君らはどこで出会ったの。どっちから告白したんだよ」
「告白は私です」
ポルスキーさんは小さく片手を挙げた。
「クロウリーさんを見て面白そうな人がいるなと思ったのよね。でも違った」
「違くない」
クロウリーさんはムッとして訂正する。
デュール氏はため息をついた。
「昔のイブリンはさ、ヒューイッドのどこがいいと思ったわけ?」
ポルスキーさんは首をひねった。
「真面目そうなところ?」
「真面目そう? 堅物の間違いだろ? こんな男さあ、仕事以外で何話すのかさっぱり想像がつかないよ! 娯楽とかに興味があるように思えないじゃん。話しかけても相手にしてくれなさそうとか思わなかったの?」
「私のことを何だと思ってるんですか」
クロウリーさんが憤然とデュール氏に抗議する。
デュール氏はずいっとポルスキーさんの方に身を乗り出した。
「ねえ、イブリン。僕も真面目だよ」
「ははは、最近どこかでそんなセリフ聞きましたねえ……って、あっ! ラセットから聞いたのか! あああっ、そういえばラセットとジェニファーはどうなったの!? ちゃんとラセットの想いは通じたのかしら」
下世話な噂が大好きなポルスキーさんが目をキラキラさせてデュール氏に聞く。
「ラセットのことはどうでもいいじゃないかっ!」
とデュール氏が思いっきり大きくため息をついたとき、急にラセットが顔を出した。
「ジェニファー落ち着いたから聞き取り行けますよ、って呼びに来たんすけど。なんすか、俺のことどうでもいいとかっ!」
ラセットはぶーぶー文句を言った。
クロウリーさんは、
「ああ、君がラセット? デュール氏の言うことは気にしなくていい。ジェニファーの聞き取りは私が行く」
と冷静に答えた。
それからポルスキーさんの方を向いて、
「イブリンも一緒にジェニファーのところに行くか?」
と念のため聞いた。
ポルスキーさんは首を横に振った。
「いや、いいわ。お見舞いなら行きたいけど、どうせ聞き取りで魔法協会の職員さんたちが詰めてんでしょ? 大事なやつは魔法協会の方で対応してよ。私は部外者だもの、私がこれ以上首を突っ込んだら、あとで調書がどんどん長くなって面倒くさいわ!」
ポルスキーさんは、アドリアナの件(※第一章参照)でもシルヴィア&デュール氏の呪いの件(※第二章参照)でも長い調書を取られたので、すっかり懲りているのだった。
さて、魔法協会会長の娘、ジェニファー・スリッジが誘拐されかけたという噂はあっという間に魔法協会を駆け巡った。
魔法協会は今や連日大騒ぎで、やれスリッジ会長の護衛やら魔法協会内の警備やら、誘拐に使われた魔法の解明やら、犯人探しやら、と大勢の職員が駆り出されていた。
誘拐犯はジェニファーに「要求はスリッジ会長の退陣」というようなことを仄めかしたらしいので、普段のスリッジ会長とマクマヌス副会長の対立を知る全職員は、マクマヌス副会長の陰謀なんじゃないかと薄々は思っていた。
とはいえ、ジェニファーの誘拐にマクマヌス副会長が関与している証拠は出てきておらず、疑惑は疑惑のままだ。
スリッジ会長も迂闊にはマクマヌス副会長に手を出せず、両者は睨み合いをしているだけだった。
そして予言の通り、ポルスキーさんもジェニファーの行方探しに協力した手前、またしても魔法協会に何度も呼び出されて調書を取られまくっていた。調書を長々ととられるのが嫌なので早々に手を引いたのに、こんなに呼び出されるなんて予定が違う。
「私は道具をお貸ししただけで」
と毎度訴えているが、調書を取る職員はちっともおまけしてくれない。
アシュトン・デュール氏に協力した経緯とか、指輪アイテムの性質など、ねちねちとすごく細かいことまで聞いてくるので、もうポルスキーさんはうんざりしてしまった。何も言いたくない。
ポルスキーさんは完全に音を上げて、
「すみません、調書の担当さんなんですけど、次からはヒューイッド・クロウリーさんに変わってもらえます?」
と不本意ながらクロウリーさんを逆指名した。
そんなふうにチェンジを言い出された担当職員はだいぶムッとしたらしい。
「何でそっちが担当を指名できるんですか。そんな要求聞くわけないでしょう」
と突っぱねるので、ポルスキーさんは、
「お願いを聞いてくれないなら、あなたが取り調べで不当な扱いをするって、アシュトン・デュール氏にあることないこと言いつけますよ」
と当たり屋のような脅しをかけた。
さすがに理事の名前を出されては担当職員もぎょっとしたらしく、さくっと次回からはクロウリーさんに調書の担当が変わった。
さて、次の聞き取りの日、ポルスキーさんの調書を取る事になったクロウリーさんは、
「前任者を脅したそうだな」
と、真面目な表情を崩さずに、しかし声は明らかに呆れた様子でポルスキーさんに言った。
「そりゃ脅したのは悪いとは思ってるんだけど。でも何度も呼び出されるんだもの。聞き取りはこれで最後にしたいわ」
とポルスキーさんは頭を掻いた。
クロウリーさんも頷いた。
「イブリンの珍しい魔法を知りたがってるやつがいっぱいいるからな。適当に書いておいてやるよ」
クロウリーさんは慣れた様子でポルスキーさんから形ばかりの調書を取った。この構図、何度目だろう? クロウリーさんは項目を適当に端折り、特にポルスキーさんが嫌がりそうな質問は誤魔化して書いておいた。
前任者が何日もかけたことを、クロウリーさんはものの一時間くらいで終わらせてしまう。
クロウリーさんは面倒事を一つ片づけた開放感から椅子にもたれ腕を組んだ。
「ジェニファーが見つかったとはいえ、まだこれから犯人探しなんだものな」
「そうよ。シルヴィアの呪いの件だって犯人捕まってないんだからね」
「同一犯だと思うか?」
「さあ? そんなの私には分からないわ」
ポルスキーさんは首を竦めた。
それからポルスキーさんは思い出したように聞いた。
「シルヴィアの死亡の件は調べ直せた? 叔父さんは他殺の証拠を見つけ出せって言ってたけど」
「それが、シルヴィアの亡くなった現場はすでに清掃会社が入ってしまっているし、もう建物ごと別人に売却されたようで立ち入れない。シルヴィアの遺体の再検視の許可を申請したが、どうやらあちこちたらい回しにされているようで、全然許可が下りない。誰かが隠蔽しようとしているように思えてくるな」
クロウリーさんは淡々と答えた。しかし言葉の端々に腹立たしさが伝わってくる。
ポルスキーさんもため息をついた。
「じゃあせめてジェニファーの誘拐の犯人を見つけたいものねえ。難しいけど。何か大きなミスでもしてくれないかなあ」
するとその時、ポルスキーさんとクロウリーさんのいる部屋の扉がノックもなしに勢いよく開いて、
「イブリンっ!」
とデュール氏が駆け込んできた。
「調書担当が不当な扱いをするんだって? 可哀そうに!」
そしてデュール氏は、ポルスキーさんの目の前に座っているクロウリーさんに目を向ける。
「君が担当? 最低だな、ヒューイッド」
「んなわけないじゃないですか。分かってて言ってますよね」
クロウリーさんは不快感全開で眉を顰めた。そして、
「もうイブリンの調書は終了しました。帰ってください」
と追い払おうとする。
帰れと言われたデュール氏は「えー」と嫌そうな顔をする。
それから本題に入って、
「ジェニファーとラセットがイブリンに礼を言いたいって。ここに連れてきてもいいかな?」
と聞いた。
「ここに?」
クロウリーさんが怪訝そうな顔をすると、デュール氏は、
「なに、今日は二人とも魔法協会に呼び出されてたからさ。ジェニファーなんか当事者だからイブリンよりも聞き取り大変だよね」
とポルスキーさんに向かって同情を促すように言った。
ポルスキーさんは「確かに!」とジェニファーのことを気の毒に思ったが、まあジェニファーが無事でよかったと微笑んだ。
「そうね、お礼とかは別にどうでもいいけど、ジェニファーが元気でいるかどうかだけ――、あ、違うな、それより、ラセットとどうなったのかの方を確認したいかな」
「どうもなってなかったらどうする?」
とデュール氏が苦笑して聞くと、ポルスキーさんはさもありなんといった顔をした。
「ジェニファーの気持ちもあるからそれは分かんないわよ。ジェニファーのお父さんのことを悪く書いてたのはラセットなんだし。自業自得よね」
デュール氏は一旦退出したが、ものの数分でラセットとジェニファーがやってきた。
デュール氏の姿が見えないので、
「あれ、デュール氏は?」
とポルスキーさんが聞くと、
「なんだか職員さんに呼び止められて。血相を変えてそっちの方に行っちゃったよ」
とラセットが答えた。
ポルスキーさんは何だろうと変な顔をしたが、ラセットがジェニファーの腰に手を回している様子を目ざとく見つけ、
「あ、二人、うまくいったのね」
と尋ねた。
ラセットが赤くなる。
「うるせー」
ポルスキーさんはラセットを無視して、
「ジェニファーは? よかったの? ラセットなんかで」
と心配そうに聞いた。
ジェニファーは、
「ラセットのことより、礼を言わせてもらいたいんだが」
と申し訳なさそうに言った。
「お礼なんて、そんな丁寧に……別にいいのに」
ポルスキーさんは恐縮した。
ポルスキーさんは礼を言われる筋合いはないと本気で思っている。だって初めは関与を拒否した。叔父さん絡みの交換条件でようやく指輪のアイテムを提供したに過ぎない……。
そうやって改めて経緯を振り返ってみると、自分はなかなか不道徳な人間だなあと思う。
「よくないよ。こうして今無事でいられるのはポルスキーさんとラセットのおかげだ」
とジェニファーは真面目な顔で言う。
「え? ラセット?」
ポルスキーさんは聞き返した。
そう言えば、指輪アイテムでテレポートを追跡した状況のことは、全然聞いていない!
自分はクロウリーさんに会いに行きたくなって現場から早々に離脱したし、その後デュール氏と再会しても尋ねることすらしていない!
ポルスキーさんはバツが悪そうに頭を掻いた。
私って、不道徳どころじゃないなあ。非情かも。
「……ラセットが助けてくれたの?」
「そうだ。私は誘拐されて縛られていたんだが、ラセットとデュール氏が急に現れたんだ。犯人はその場にいなかったんだが、ラセットがものすごい形相で別部屋に走って行ったかと思うと、犯人に拘束の魔法をかけようとしたんだ。犯人は複数で交戦状態になったんだが、デュール氏が慌てて助けに入る頃にはラセットは犯人の一人を組み伏せてたらしい。でも、そいつは結局仲間の機転で逃げたんだがね」
「拘束できてたら大手柄だったね」
とポルスキーさんが驚いてラセットの方を見ると、ラセットは申し訳なさそうな顔で、
「頭に血が上って、状況も把握せずに真正面から行ってしまった」
と反省していた。
ジェニファーは優しい目でラセットを見ていた。
「いいじゃないか。ああやって助けに来てくれただけでも、私は見直した」
ポルスキーさんはなるほどと思った。
「で、ジェニファーもラセットの気持ちに気付いたってわけね!」
ジェニファーは照れて俯いた。
「いや、ラセットが私に好意を持っていることはずっと知っていたんだ。でも昔の軽いイメージがあったからどこまで本気か分からなくてね。ま、今回のことで……少しは、かな?」
ジェニファーは恥ずかしそうに白状した。
「でも、ラセットってマクマヌス副会長の息子だよ? それはいいの?」
一応ポルスキーさんは聞いてみる。
「だから、俺は――ジェニファーに害なす奴は親父だろうと許さねえって!」
ラセットが叫ぶ。
するとそのとき、扉をノックする音が聞こえて、大変申し訳なさそうな顔でデュール氏が入ってきた。
「イブリン。話し中邪魔してすまないんだけど、君に謝らなきゃいけない」
「どうしたの?」
「君の指輪が行方不明になったんだ。重要証拠の一つだからさ、厳重に管理してたはずなんだけど! 皆で探し回ったんだが、どこにもなくて」
「なんですって!」
ポルスキーさんは飛び上がった。テレポート失敗を回避できる虎の子アイテムになるはずだったのに!
クロウリーさんは険しい目をした。
「それは、犯人一派が盗んだのですか。魔法を分析されたから押し隠そうと?」
「そう考えるのが自然だけど、そうとも言い切れないのがね。指輪アイテムは大勢の職員の前で使ってたからさ、そのうちの誰かが魔が差したって可能性もなくはないだろ」
「私のアイテムーっ!」
ポルスキーさんは宙を仰いで涙目になった。水晶玉といい、デュール氏に関わるとアイテム失くなりすぎじゃない?
「しばらくテレポート失敗し続けることになるのかしら」
とポルスキーさんが嘆くので、聡いデュール氏はポルスキーさんの魂胆に気付いた。
「えーっと、さてはテレポート記憶させようとしてた?」
「そうよ! もう、すっごい名案だと思ったのに!」
ポルスキーさんがもう膝から崩れ落ちそうなくらいに悔しがっているのを横目に、デュール氏はもしやという嫌な予感が胸を襲った。
「――もしかして、あの緊迫した現場から離脱してまでヒューイッドに伝えにいった『名案』って……?」
「そうよ! 指輪に家から魔法協会までのテレポートを記憶させれば、もうテレポート失敗しなくてすむじゃない、と思って!」
とポルスキーさんが開き直って叫ぶので、デュール氏の方が崩れ落ちた。
頭を垂れて恨めしそうな顔をする。
「テレポートくらい、いいかげん普通にできるようになれ!」
「普通にできるようなれ、ですって? 聞き捨てならないわね、ハラスメントよ!」
ポルスキーさんは完全に癇癪を起している。
クロウリーさんはこれに関しては、少しも助け船を出そうとはしなかった。
ラセットが腹を抱えて笑いを一生懸命堪えている。ジェニファーはそんなラセットの耳をぎゅっとつねった。
(第三章 終わり)
お読みくださってありがとうございます!
とっても嬉しいです!!!
デュール氏ったらクロウリーさんに意地悪言いはじめましたね……。
これで第三章終了です!
お付き合いいただきましてどうもありがとうございます。
この後は完結まで書き終えてから投稿しようと考えていますm(__)m
完結したなら内容に合わせてタイトル少し変えて……と。
第4章と第5章で終わりの予定です。
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