【3-2.副会長の要請】
しかし大物魔法使いは表面上はいたってにこやかな笑みを浮かべている。
どかっとソファに座ると秘書らしき女性に「飲み物を用意したまえ」と命じ、そして腕を組んでポルスキーさんの方に向いた。
ポルスキーさんは
「あのー、魔法薬草の輸入の件であってます?」
と恐る恐る尋ねた。
自分のことだから部屋でも間違えたんじゃないかと思ったのだ。でも確かに案内されてきただけだし、間違える要素はなかったはず……。
すると大物魔法使いは「はっはっはっ」と豪快に笑った。
「魔法薬草の輸入確認は言い訳だ。本当は君と話したかっただけだ」
「はあ。私と話ですか? 私は話したくないんですけど」
ポルスキーさんの脳裏には先日のアシュトン・デュール氏の「僕のアシスタントに」という要請が思い出された。
まさかデュール氏のアシスタントの件を偉い人から正式に頼まれるってわけじゃないでしょうね? ポルスキーさんは「げえっ」と身震いした。
しかしその魔法使いは楽しそうにポルスキーさんを眺めながら自己紹介した。
「私の名前は、パトリック・マクマヌスだ。魔法協会の副会長をしている」
ポルスキーさんは椅子から飛び上がった。副会長ですって!?
先日デュール氏の件でクロウリーさんの上司が「副会長派が内部分裂を引き起こそうとしている」と言っていた! デュール氏も「僕を失脚させたかったのは魔法協会の副会長派の人間だと聞いている」と言っていた。おそらくシルヴィアの死にもこの人が絡んでいる……!
そして、デュール氏は副会長派を抑え込むために再任された。つまりこの人は、デュール氏の敵!
「は、はあ……。そんな偉い人が私にいったい何の御用でしょうか。私は一介の魔女に過ぎませんが」
ポルスキーさんは気持ち身体を反らしながら聞いた。
副会長はポルスキーさんの体が強張ったことに気付いているのかいないのか、ずっと笑みを浮かべたままだ。
「君はすごい魔法の作り手なんだってね?」
「いえ! そんなことはありません。テレポートもまともにできないポンコツ魔女です」
「またまたそんな謙遜を。アシュトン・デュール氏の呪いを解いたそうじゃないか。誰も見た事のない呪いだったのにって聞いたよ?」
「呪いを解いただなんて。ただ私は死んだ人の霊をお祓いしただけですわ」
「その亡霊を具現化して見せたそうだね。この魔法協会で」
副会長の言葉に、ポルスキーさんは何で知ってるのかと思った。あの場に副会長は居なかったはずだ。もしかして、ポルスキーさんが取られた調書を全部読んだのか、この人?
「あれはただの道具で……」
ポルスキーさんは小声で答えた。
「そんな道具は聞いたことないよ」
「はあ……。まあ自分で作りましたから」
「それだよ! 君はたいへん優秀だ。だから私は君を雇いたいと思っているんだ!」
副会長はずいっと本題に入った。
ポルスキーさんは冷や汗をかく。
「えっと、それはちょっとお断りします」
「なぜだね?」
「私はのんびり魔法を研究している方が性に合っているものですから」
「ほう? 私の側近として働けることを光栄には思わないと?」
「あ、いえ、副会長様がどうこうという話ではないのです。アシュトン・デュール氏の仕事を手伝うように頼まれたときも断っていますから」
ポルスキーさんはなるべく波風を立てたくないと思い、デュール氏の名前を出して中立をアピールした。
すると副会長は露骨に嫌な顔をした。
「デュール氏も君に仕事を頼もうとしたのかね」
「まあそうですね。呪いを解いたので私の能力を過大評価したんでしょう。デュール氏も人を見る目がないとしか言いようがございません。もちろん副会長様もですよ。私は優秀じゃございませんから!」
「……。断るのかね?」
「断固として」
ポルスキーさんはきっぱりと言った。
「……」
副会長はじっとポルスキーさんを見つめながら考え込んでいた。
副会長は、ポルスキーさんのところにデュール氏からも要請が来ているというのを少し問題視した。デュール氏の解呪に関与しているというのも考えてみればリスクが高い。もしかしたら、デュール氏に呪いをかけたシルヴィアという魔女の死について、何か勘付いたかもしれない。
権力者にほいほい媚びを売るようなタイプの人間であれば、自分の所業についてあれこれ詮索しないだろうが、このイブリン・ポルスキーは自分の下に入ることをはっきりと拒否してきた。
このタイプの人間を自分の陣営に組み入れるのはおそらく得策ではない。
「そうか、考え直そう」
と副会長は言った。
ポルスキーさんはほっとした。
しかし副会長が、
「私の要請を断ったのだから、魔法薬草は諦めたまえよ」
と言ったので、ポルスキーさんは思わず悲鳴を上げた。
「関係ないじゃないですか! あなたの下で働くことと魔法薬草の輸入は別件です! 私は別にデュール氏の手下でもないし!」
しかし、副会長は聞く耳を持たない。
「何にせよ、私の意に背くと言うのはそういうことだ」
「鬼畜~っ!」
「じゃあ、なんだね。私の陣営に入るか?」
「む、むぐぐぐ……」
ポルスキーさんは口ごもった。
それは……! いくら魔法薬草のためとはいえ……! そんな魂を売ったような真似はできない……ッ!
ポルスキーさんはがっくし項垂れた。
副会長はそんなポルスキーさんを冷たい目で見下ろし、そしてまるで唾でも吐きかけるように「ふん」と言うと席を立ち部屋を出ていった。
副会長の秘書がポルスキーさんの肩を叩き「どうぞ退出してください」と言うので、ポルスキーさんは渋々立ち上がった。
部屋から一歩出た途端に背後でバタンっと閉められた扉に、ポルスキーさんは魔法薬草をあきらめなければならないことを痛感したのだった。
お読みくださいましてありがとうございます!
読んでいただけるのが一番嬉しいです!
さて、魔法協会の副会長さんとかいう大物の要請を直々に断ったポルスキーさん。
魔法薬草が~と困ってますけど、次回デュール氏再登場~~、悪知恵が働きます\(^o^)/