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エピソード0 いつかのどこか

遠くで鳴る爆音。火薬の匂いが夏の生暖かい風に乗ってやってくる。直後にパラパラと、無数の金属片が地面に落下する音。ふと、花火みたいだな、と故郷のそれを思い出す。手に持つアサルトライフルの重さは、中学生の時に買ったモデルガンとさほど変わらなくて、それがかえってリアルで気味悪かった。


時刻は夜の十一時を回っている。部屋の中にいる五人は皆横になっていて、俺以外に起きているものはいない。三八人いた仲間は、たった二日の間に次々と消えていった。

腕を上げると、月光に照らされて右の手首が光った。誕生日にアリサからもらったフォッシルのゴツい腕時計。その文字盤が光っていた。


汚れと思い、ワイシャツの裾で拭う。が、落ちない。ひび割れた先から内側に砂塵が入ったようだった。

瞬間、悲しみに暮れるアリサの顔が脳裏をよぎる。

〈アリサ〉

思わず口を動かす。

アリサの幻影はまるで初めから無かったかのように消えようとする。

〈俺はまだ君に伝えられてないことがあるんだ〉


アリサの幻影は一瞥もくれずに消えていった。

唇をグッと噛む。口角に凝固していた血が再び蘇るのが分かる。

大きく息を吐き、月光に目をやる。

同じ月を見ながら、アリサもまたどこかで生きているかもしれない。いや、生きているに違いない。

自分に言い聞かせるため、吐く息にうっすら声を乗せる。


また爆音が聞こえてくる。今度はさっきよりもずっと近い。

「反対者」が俺たちの存在に気づいたのかもしれない。ここも今日あたりが限界だ。

この次は海を渡るしかない。けれども、海の向こうが安全とは限らない。いや、そもそも都合よく船が見つかるのか。いや、他の手段を考えている暇なんてない。


雲が増え始めた。上空は風の流れが早い。あと数分で辺りは暗闇に包まれる。音のない世界へ向かう。

また爆音。今度は豆まきのように無数に。「斑点」が世界を覆い尽くそうとしている。逃げ場はない。

「私のお弁当笑ったの忘れないからね」むくれっ面とともに、脳内でアリサの声が再生される。


「ダサくないし、かわいいキャップ!」

「唐揚げ最強」

「字幕じゃ映画見れないんだよね、わたし」

アリサの声が、姿が脈絡なく泡のように浮かんでは消える。思わず右手を宙に伸ばす。もちろん、何も掴めない。

と、不意に右手に何か熱いものを感じた。

「ああっ」

事態に気づいて思わず声が漏れた。


ちょうど腕時計のあった場所、右手首より先が吹き飛んでいた。代わりに止めどなく血が溢れ、ワイシャツを真っ赤に濡らす。叫び出す俺の口を、後ろから誰かが塞いだ。

次の瞬間、無数の白い光が後方から差し込み、建物を貫いた。

轟音とともに辺りは粉塵に塗れた。

「反対者」だ。


恐怖に怯える間もなく第二弾のチャージ音が鳴り響く。耳をつん裂く超高音が思考を奪う。

意識が遠のく。先ほどから呼吸ができていない。後ろから口を塞ぐ誰かが、耳元で囁く。

「安心して。私が助ける。私の命に換えても」

その声の主は一体誰なのか。そんな単純なことにも頭が回らない。


混沌の只中にいることをまるで感じさせない、優しい声だった。

重くなるまぶたから見た声の主の口もとは、緊張で固く閉じられていた。一方で、笑窪からは恍惚とした何かが感じ取れた。

徐々に自分の意識が遠のいていく。声の主はまた口を開いた。だが、その時俺はもう全く意識を失ってしまっていた。

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