味覚がない橅木くんの食事の楽しみ方
皆様、こんにちは。橅木塔磨と申します。23歳の新入社員です。
あと…ここで言うのもなんですけど…。実は僕、後天的に味覚を失っております。
どうして味覚かなくなったのかは、全くもって原因不明です。お医者さんに見てもらっても『分からない』の一点張りでした。
そして、この事で精神的に参ってしまい、一時期、死にかける程の拒食症にもなっていました。
けれど、今は色んな方々の支えもあって、一応克服出来ています!…多分。
今日も会社に出社して、元気に新人研修を受ける日々!なのですが…。
今日は同棲してる僕の恋人が、お手製のお弁当を作ってくれなかったんですよぉ!うわーん!
…まぁ、仕方ないですよね…。しばらく営業で忙しいって言ってましたから…。
なので、今日は仕方なくコンビニ飯で昼食を取る事にしました!
ちなみに、僕が選んだのは、『スモークチキンと緑黄色野菜のパスタサラダ』と天然水のペットボトルです。
これ、拒食症を克服する際に、めちゃくちゃお世話になったんですよねぇ…。
ただ単に、パスタや緑黄色野菜が茹でたまま入ってるってだけじゃなくって、その上に結構な量のスモークチキンが乗ってるんですよ。
女性に大人気の商品ですが、もちろん僕も大好きです!
…あれ?そうこう話しているうちに、どうやらお昼になったようです。
僕はこれ幸いと、パソコンをパタンと閉じて、鞄の中からパスタサラダを取り出しました。
ふふっ、ちゃんと密閉されているから、腐ってないです!
…はい?ドレッシングはかけないのか、ですか?えーと、ドレッシングは別売りだったのですが、買ってません。
あれって、味がついているじゃないですか。味があるものを食べると、脳が思い描いていた味と舌で感じるものに差が出来て、思い込みで『不味い』って感じてしまうんです。
まぁ、うどんや蕎麦やそうめんは何とか頑張って克服出来ましたが…やっぱりドレッシングは苦手です。
という事で、ドレッシングなしでそのままいただきます!…と言いたい所ですが、このままだと、「肉だけ!」とか「野菜だけ!」とか「パスタだけ!」の食事になってしまいますね…。
コンビニの割り箸を取り出して割って、ちゃんと満遍なく混ぜておかないと…。
「あれ?橅木くん。今日はコンビニご飯なの?」
「あ。本田先輩!こんにちは!」
おっと、ここで僕の先輩である本田実里先輩がやってきました。
彼女もどうやら、コンビニ飯を食べるようですね。手にコンビニのビニール袋を持っています。
僕は元気に挨拶した後、困ったように口を開けました。
「…えと。実は僕の恋人が、忙しくてお手製弁当を作れないって、前に言ってたんです…。なので、今日からしばらくコンビニご飯です」
「えっ、そうなの!?あの橅木くんがすごく喜んでいた愛妻弁当を、今日から拝められないだなんて…。そ、そんなぁ…」
「へ?愛妻弁当を…何ですか?」
「い、いや!?いやいや、気にしないで!独り言だから!」
「…はぁ…」
『愛妻弁当を~』から先が、小声で聞き取れませんでしたが…まぁ、気にしないでおきましょう。
とにかく、お腹が空いたので、パスタサラダを割り箸でしっかり混ぜて、口に運びました。
んっ!ふあぁぁ…!食感、最高です!
味はもちろん感じませんが、サラダのシャキシャキ感とパスタのモチモチ感、そしてスモークチキンの程よい湿り気とパサパサ感がたまりません!
本当に味覚がなくても、こういう食事の楽しみがあるのっていいですよね!さて、もっと食べますか!
僕はニコニコ笑顔のまま、パスタサラダを頬張ります。それを本田先輩は、不思議なものを見るように、隣でじっくりと眺めていました。
「…へー。撫木くんって、これも食べられるのねぇ?いつもは栄養ゼリーとか、恋人の作った弁当しか食べてなかったよね?」
「…モグモグ…ゴクン。えーっと…確かに、そうですね。僕の恋人が作った弁当は、ほぼ全て調味料使ってないものばかりでしたし…。弁当を食べる前は、栄養ゼリーばかりでしたので…。ですが、少しずつ拒食症は治ってきてるので、こういうのを食べるのも、たまにはいいかなって」
「…うっ…ううぅ…」
「!?」
えっ!?い、いきなり先輩が泣き出しましたよ!?ど、どうしたのでしょうか…。
「せ、先輩…?大丈夫ですか?」
「ううぅぅ…ご、ごめんねぇ…。あまりにも、と…尊くてぇ…」
「と、尊い?」
「拒食症であまり食べられなかった橅木くんがっ…今まで栄養ゼリーしか飲んでなかった橅木くんがっ!愛妻弁当を食べれただけじゃなく、パスタサラダまで食べられるようになってるなんてぇ…!ああ!推しの健康ありがとう!これからも推しのための食事を提供お願いしますコンビニ様恋人様神様っ!アーメン!!」
「…推し…アーメン…。はぁ…?」
なんか、聞き慣れない言葉が出てきましたし、最後が早口で聞き取れませんでしたね…。しかも本田先輩、両手を組みながら膝立ちして、その手を高く上げてますし。
うーん…。ここに他の人がいたら、「本田先輩は変な人」だって噂されますが…見渡しても誰もいませんね。
僕は、そのまま先輩を無視して、パスタサラダを食べて完食しました。
「ごちそうさまでした!」
「えっ!?橅木くん、私が感動している間に、もう完食したの!?早くない!?」
「はい?…早くないと思いますけど。まぁ、この量ですしね。ですが、ちょっと物足りないといいますか…」
食べ終わったパスタサラダの容器を見て、僕は顎に手を当てて考え始めました。
他に食べられるものって、コンビニにありましたっけ…?
「んん〜…まあいっか。これで午後も頑張れそうです!」
「へ?でも物足りないって、さっき言ってたよね?それじゃあ、頑張れないと思うけど…」
「いえいえ。拒食症だった僕には結構な量でしたので。多分いけると思うのですが」
「いやいやいや!物足りないって言ったんだから、もっと食べなさい、橅木くん。はい、プロテインの栄養ゼリー。買いすぎちゃって、余ったからあげる。これで頑張りなさいよ〜」
そう言って、本田先輩は僕にプロテインの栄養ゼリーを渡して、オフィスを出ました。
…あのビニール袋の中にあったの、栄養ゼリーだったんですね…。どうりで小さいと思ってました。
でも、ここでこれを飲まないっていうのは、せっかくの好意を台無しにするようなものですよね。
僕は早速、パソコンを開きつつ、栄養ゼリーを開けて飲んでみました。
味はやはりしないけど、どこか優しい感触がしました。
よく考えてみたら、パスタサラダや栄養ゼリーは、誰かの手によって作られたものです。
そして、今まで食事をまともに食べられなかった僕は、味がないのを不味いと身体が認識してしまい、これを吐いて無駄にしていました。
…今考えてみると、味がないだけで不味い訳ではなかったんだなって、そう思います。誰かの作ったものは、たとえ味覚を感じなくても、ありがたく戴くべきなんだって事もそうですし…。
「…うん。これからは、無理せずに、もっと沢山の食事を摂れるよう頑張ろう…。作ってくれた、そしてその食事を提供してくれただけでも、とてもありがたいんだから…」
僕は独り言を呟き、最後まで飲みきった栄養ゼリーを備え付けのゴミ箱に捨ててから、ひと足先に新人研修に使う資料をまとめ始めました。
そして、業務をしつつ『今日の夜は一つだけ調味料を加えた料理に挑戦しよう』と、今日の夕飯に思いを馳せたのでした。
お読み頂きありがとうございました!
終始、『味の感想がない!』って思った方もいるかと思うのですが、今回は『食感で楽しむグルメ』をテーマに楽しく書かせて頂きました。
ただ、私が調味料をあまり使わない料理が好きだというのもありますが…( ̄▽ ̄;)
少しでも面白かったと思って頂けたら幸いです。
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