07 今まで何やってたの?(2)
トリスタン王弟殿下が、レベッカを睨む。
「もしかして、君は金が欲しいのか? 金を渡せば私の息子を渡してくれるのか?」
「お金には興味はないわ。そうね、貴方が私に剣で勝ったらすぐに会わせてあげるわ」
レベッカはそう言うと、なまくらの剣をトリスタンのベッドの上に投げた。
「子供だと思って手加減はしないぞ」
剣を取り立ち上がったトリスタン。
だが、自分が言った言葉は間違いだとすぐに気がつく。
目の前の小柄な少女は、どこにその力を秘めているのか、不思議な程強いのだ。
どんなに打ち込んでも、全て受け止められる。
さらにおかしいのが、これだけ部屋の中で剣を振り回し、大きな音を立てているのに、誰も来ないのだ。
ドアの前に警護の騎士はいるはずだ。
巡回の騎士もどうしたのだ?
カン!!
トリスタンの剣が手から飛んで壁に当たり落ちた。
「もう終わり?」
仮面で表情は見えないが、トリスタンをバカにしているのは見てとれる。
「くっっ!! 私は王弟だ!! お前に命令する、今すぐに私の息子を連れてこい!!」
勝てないのなら権威だ、とばかりに命令した。元々の彼は権威を振りかざしたりしない人間だ。
「ねえ、それだけ命令する力を持っていて、アンナさんが居なくなった時、何故すぐに探さなかったの?」
トリスタンがグッと拳を握った。
「あの時は彼女が私を嫌いになって出ていったのだと、思い込んでいた。それに確かめるのが怖かった・・」
「ふーん、愛する人も信じられず、今度その息子を悪意の渦巻く王宮から守れるのかしら? そんな腰抜けで!!」
項垂れるトリスタンに、レベッカがもう一言追加でテオファーヌの情報を教える。
「その子の瞳は緑よ、貴方と同じね。それから5歳の時にアンナさんが亡くなって一人で生きてきたの。大事な息子を取り戻したければ、私に剣で勝つ事よ。じゃあ、また明日」
一瞬でトリスタンの前から消えた。
闇夜に紛れて、バルケネンテ家に向かってひた走るレベッカ。
「私ってバカなの? くうう・・バレたら不敬罪で処刑ものじゃない!! ルーカスお兄様にもあえなくなるのに!!」
自分のバカさ加減を罵った。
「本当はあんな事を言うつもりじゃなかったのに・・・。感動の親子の『ご対面』をするつもりだったのに、まずい事になったわ。しかも、また明日もって言っちゃった・・・」
レベッカはふかふかのベッドに寝ている王弟を見た途端に、苛ついたのだ。そして、何故か分からないが許せない気持ちが沸き起こってしまった。
そこには、前世で母にお金を搾取され続けた心の傷が関係しているのだが、本人は気づかない。
言ってしまった事は後悔したが、時既に遅し。
よろよろとベッドに潜りこんで、3秒悩んだが、何も考えずに寝てしまう。
翌朝、レベッカは眠い目を擦り朝食を食べた。
その夜、再びトリスタン王弟殿下の離宮を遅くに訪れた。
いの一番に土下座で謝罪し、許して貰おうと考えていた。
「君は何者なんだ? 私の息子は無事なんだろうな?」
今日は穏便に許しを乞いに来たはずだったのだが、トリスタンの言葉に再びレベッカの苛々が始まった。
「無事なのかですって? いい気なものね」
そして、昨日と同じように剣を取り出す。
レベッカがいきなり剣をトリスタンのすれすれで剣をベッドに突き刺した。
「ええ、今は元気ですわ。彼は現在11歳です。でも先日街で見つけた時には高熱を出して、道端で倒れてました。それに食事もまともに貰ってなかったのでしょう。11歳とは思えぬほど小柄です。さあ、トリスタン王弟殿下、きょうは私に勝って下さいね。さあ、始めましょう」
トリスタンはベッドに刺さった剣を抜き、覚悟を決めたようにゆっくりと剣を構えた。
「今日も手加減しませんよ」
レベッカは大きく剣を振り回すと、力一杯わざとトリスタンが構えた剣に打ち下ろした。
グワン!!
「くっっ!!」
衝撃でトリスタンがふらつく。
さらに数回休む暇なく一方的に打ち込むレベッカ。
20分後、力尽きたトリスタンが倒れた。
「じゃあ、また。せめてもう少し頑張ってくださいね」
レベッカはそう言って消えた。
「またしてもやってしまった!! もう許して貰えないじゃない!!もう、こうなったら・・・どうしよう!!?」
このままではいけないと分かっている。
でも、どうしても王弟殿下と言えども、素直にテオファーヌを引き渡す気になれない。
それで、ずるずると・・・。
無計画は行き詰まりの始まりなのに・・。
これを四日続けた日の朝、とうとうレベッカは眠気に耐えきれず、朝のスープに顔面から突っ込んだ。
この様子を何も言わずにルーカスが、横目で見ている。
そして、妹が侍女に顔を拭いてもらっているのを見ながら、ボソッと呟く。
「・・もう、そろそろだよね」
五日目の夕食時、ルーカスがレベッカに「食後に騎士の訓練所に来てくれないか?」と誘う。
今日もトリスタンの所に行くつもりだったが、ルーカスの誘いはこの世の中の何よりも、重要度が高い。
「も、もちろんです。喜んで行きます!!」
目の下の隈は真っ黒だが、目だけは輝く。
「テオファーヌも一緒に来てね」
ルーカスが隣で厚切りのお肉と格闘しているテオファーヌにも声を掛けた。
「はい、行きます」
礼儀正しく返事をする。
その横で食事の最中もるんるんしているレベッカに、ルーカスは苦笑いだ。
食後に約束をしていたが、ルーカスは先に訓練所に行ってしまったのか、どこにもいない。
仕方なく、レベッカは一人で訓練所に出向く。
広い訓練所に、一人の大柄の男が立っていた。
それは、王弟殿下のトリスタンだった。
「君の名前がやっと分かったよ。レベッカ・バルケネンテ公爵令嬢」
「なんでバレた?」
レベッカが騎士訓練所の入り口を見るとルーカスがこちらを見ている。
「お兄様が仰ったの?」
「毎晩、出掛けると流石に疲れてレベッカが倒れてしまうよ。ねえ、お父様」
父のイーサンは我が娘ながら、王弟殿下に何をしているのだと、呆れ顔。
だが、口出しはしないつもりのようだ。
「私の息子を隠しだてして、このままで済むと思っているのか? 君は私に恨みがあってこのような事をしていたのか?」
レベッカはムッとするが、その前にルーカスが弁護する。
「それは違います。レベッカは腹が立っていたんだと思います」
「誰に?」
トリスタンはこんな小娘に恨まれる覚えもない。
「トリスタン王弟殿下にだと思いますが・・・」
ルーカスの返答にトリスタンが、怒りを露にする。
「この娘は私から息子を隠しているのだ。私が恨む事があっても、恨まれる覚えはない!! しかも、この娘の攻撃で、私の体は傷だらけになっているのだ!!」
トリスタンがレベッカを指差し、怒鳴った。
そこへ小さな男の子が、シャーロット・バルケネンデ公爵夫人に連れられて訓練所に入ってきた。
トリスタンがその男の子に釘付けになる。
「・・・アンナ・・」
昔の愛しい女性にそっくりな男の子に、思わず近付くトリスタン。
その彼を手で制止したシャーロットは、その男の子のシャツを少しあげて背中がトリスタンに見えるようにした。
「この傷は?!!」
小さな背中に無数の傷。
シャーロットは怒るでもなく、トリスタンに説明をした。
「きっと母を失った子が生きていくには、とても辛い時間を過ごしていたのでしょう。鞭のような跡もあります。我が娘のレベッカは、怒れないテオファーヌ様の代わりに怒っていたのだと思います」
シャーロットの声は、トリスタンにも、テオファーヌにも、レベッカにも優しく届く。
「でも、レベッカもう十分ですよ。これ以上は殿下もテオファーヌ様もそして、何より貴女が傷付いていきますわ」
トリスタンが訓練所の側に立て掛けてあった訓練用の剣を持つ。
「私の甘い考えがアンナを苦しめ、そして自分の息子をも失うところだった。私は二度と大切な人の忘れ形見を手放さない。だから、レベッカ!! 君に勝って息子を取り戻す。それで君の怒りも収めて貰えないだろうか?」
王弟殿下が深く深くレベッカに頭を下げる。
決して王族にこのような真似をさせてはならないが、レベッカにとっては些末なことだ。
「いいでしょう。それで許して差し上げましょう」
レベッカは剣を構える。
連日のレベッカの猛攻を受け続けたトリスタンの体力は尽きていた。
しかし、何度も立ち上げるトリスタン。
「おとうさん頑張れ!!」
その小さな声はトリスタンにも、そしてレベッカにも届いた。
トリスタンが最後の力で剣を振り下ろすと、レベッカの剣が手から離れる・・・ことはなかった。
誰もが思った。
そこは、負けるとこじゃない?
しかし、残念なことに空気を読んで負けるレベッカではない。
スッキリしないまま、トリスタンが地面に大の字になってギブアップで終わった。
「テオファーヌ、不甲斐ない父だけど許してくれ」
「ほんと・・・ふぐっっ」
レベッカが『本当にね』と言い掛けたところ、父のイーサンに口を押さえられた。
「ここはいいところだから、黙って居ようね」
小声で叱るイーサンにコクコクと頷く。
テオファーヌは、倒れている父の横にしゃがんでまじまじとその顔を見つめている。
「お父さんと呼んでいいですか?」
トリスタンは瞳を大きく瞪った後顔を両手で覆った。
テオファーヌはトリスタンに元気を出して貰おうと、言葉を続ける。
「不甲斐なくないよ。レベッカは騎士団長にも負けないくらい強いんだ。だから、気落ちすることないよ、元気を出して」
息子に慰められて、声をあげて泣き笑うトリスタンは、今までで一番良い顔をしている。
気が済んだレベッカが、とぼとぼと疲れた体で屋敷に向かって歩きだすと、ルーカスが寄ってきた。
「お疲れさまだね、レベッカ」
にこにこ笑うルーカスに、レベッカの疲れもぶっ飛んだ。
「・・・ところで、どうして私がトリスタン王弟殿下のところに行っているって分かったの?」
「テオファーヌの診察が終わった後に、トリスタン王弟殿下に知らせないって言ったときのレベッカの顔は、すぐにでも殴りに行きそうな顔だったからさ。気が済むまでやらせてあげようと思っていたけど、レベッカも限界みたいだし、お父様に報告したんだよ」
フフと微笑むルーカスが、最高だった。やっぱりこの世でルーカス程尊い宝はないだろう。
ああ、なんて良い景色だ。
微笑むルーカス・・・。
あれ・・?
何を驚いて・・悲しそうな顔なの・・・?
「誰か来て!!レベッカが倒れた!!」
ルーカスが叫ぶ。
その声で母のシャーロットがすぐに、レベッカを見た。
「・・・寝てるわ・・」
プッと吹き出す母。
「いい気なもんだな。こっちは娘が不敬罪にならないように、今日一日走り回ったっていうのに!!」
呆れる父。
「でも、良い寝顔だよ」
優しい兄が、妹の頭をなでた。




