52 伝説のイベントとエンディング
レベッカは深い闇に包まれていた。
闇。無音。「誰も愛してくれない」
その言葉が、濡れた布のように気持ち悪く纏わり付いている。
「お母さん、いつ帰ってきてくれるの?」
帰ってこない母を、暗い部屋で待っているしかない。
寂しい・・・・。
◇□◇□ ◇
船内では、ジュリアとコルトンが睨みあっている。
「もう、君達が何をしても、レベッカ嬢が起きる事はないよ」
コルトンの言葉を振り払うようにジュリアが、自信満々に笑う。
「ふふふ。何をしても? どんな手を使ってもレベッカ様を起こしますわ」
ジュリアが大声でレベッカに話かけた。
「レベッカ様、何を呑気に寝ていらっしゃるの? もうすぐあのイベントが始まりますわよ」
ジュリアが叫ぶと、一人の令嬢がピーーーと笛を吹いた。
「始まりましたわよ。レベッカ様。あの伝説のバスケイベントですよ」
そう、ジュリアは前世で人気を博した伝説のイベントである、『ひか海』のスポーツイベントを令嬢だけで再現しようとしているのだ。
二人の令嬢がジャンプする。
これは試合開始のジャンプボールだ。
そして、ララ王女のプレゼントにと持ってきた、刺繍飾りの鞠をダンダンと音を立ててドリブルをする。
ゾエ嬢は初めてのドリブルだというのに、素晴らしく上手い。
「お前達、何をしているのだ?」
コルトンを無視し、ジュリアの解説に熱が入る。
「レベッカ様、あのルーカス様がなんとバスケのユニフォームを来ているのよ! しかも、見事なドリブルを披露していらっしゃるわ。これを見なくてもいいの?」
ジュリアが大声でレベッカに伝える。
「はあ? バカなのか? そんな事でこの術が解ける訳がないだろう」
コルトンは半笑いだ。
「あっと、ルーカス様のドリブルをアルナウト殿下がカットしたわ」
その後ろで、令嬢達が白熱の演技を繰り広げている。
「きゃーアルナウト殿下、素敵ーー」
「ルーカス様も最高!!」
居もしない二人を応援する。
その時、レベッカの腕がピクリと動く。
コルトンが驚く。
「なんだ?」
ジュリアはそれを見て、更に大きく声をあげた。
「アルナウト殿下がシュート、残念、外したわ。そのボールをルーカス様がリバウンドしたわよ」
何人もの令嬢が会場を走り回る。
まるで、本当のバスケの試合が行われているような臨場感。
ドリブルの上手いゾエ嬢が走る。
「ルーカス様のドリブル最高よ。
凄いわ、早いわ、かっこいいわよ、レベッカ様」
レベッカの目蓋が痙攣している。
コルトンが焦った。
「なぜ術が薄まっているのだ?」
その時の闇落ちレベッカは、暗闇の闇落ち世界で焦っている。
「ちょっと、なんで、目が開かないのよ。横の貴女うるさいっ!」
レベッカを術に掛けたもう一人のまやかしレベッカにドスを利かせ脅す。
「誰も愛してくれなくて、結構よ。それよりもルーカスお兄様のシュートを見逃したら、ぶち殺しましてよ!!」
まやかしレベッカが怖さでビクビクと震えだし、最後には霧となって消えた。
その瞬間、すぐそこにジュリアの声が聞こえた。
「レベッカ様、もうゴール下よ、ルーカス様がジャンプしたわ」
「「シュートォ!!!!」」
ジュリアの声とレベッカの声が重なる。
一斉に令嬢達から歓声が起こった。
だが、レベッカには何が起きたのか分かっていない。
「え? ルーカスお兄様のダンクシュートは?」
レベッカがキョロキョロしている。
「なぜ、解ける・・・?」
「レベッカ様のオタク根性を舐めないで欲しいわ」
ジュリアがやってはいけない、中指ポーズを見せつけた。
「こんな、バカな奴らのせいで私の人生が終わるなんてあり得ない」
コルトンが膝をつき項垂れた。だが、すぐに顔をあげ嗤い出した。
「こうなったら、お前ら全員を人質に取ってそれぞれの貴族から金をむしり取ってやる」
「そんなことはさせないわ。うちの家は貧乏なのよ!!」
エミリエンヌがぬっと立ち上がる。
「魔法も使えないこの船内で、男に勝てると思っているのかぁ?」
コルトンがエミリエンヌを鼻で嗤う。
「水汲みを毎日5往復している私のパンチを受けなさい」
エミリエンヌの物理のパンチが、コルトンの顎を抉るように決まった。
ジュリアが驚く。
ここは、レベッカ様の一発だと思っていたのに・・・?。
当のレベッカも驚いていた。
ヒロインはアッパーカットも打てるの?
倒れたコルトンを令嬢達が袋叩きにしている。
魔法、要らんかったようだ。
その時、ドオンッと大砲の音が鳴った。
レベッカが急ぎ甲板に出ると、レンの知らせで、この船を追い掛けてきたクノフロークの船に大砲を打っているのだ。
しかも、クノフローク側は中に人質の令嬢達がいるので反撃が出来ない。
そして、小舟になぜかアルナウトが一人乗ってこちらに向かっているのが見えた。
「あはは、生意気なアルナウトが令嬢達と交換に応じて一人で小舟に乗って来たぞ」
ロヴィーが船の先端でそれを眺めて小躍りしている。
目が覚めたばかりのレベッカが状況を理解したが、既に時遅しだった。
「ロヴィー殿下、あなたはなんという間違いを犯してしまったの?」
「ああ、レベッカ。君がいつまでも僕を受け入れないから悪いんだよ。君のせいでクノフロークの王太子はいなくなるよ」
ロヴィーが手をあげると、小舟に向かって船の兵士が矢を射掛けた。
「やめなさい!!」
レベッカが止めようとしたが、遅かった。
小舟のアルナウトに矢が命中し、そのまま海に転落していった。
海に消えるまでのアルナウトと目があった。
レベッカの無事を知って安心して微笑んでいる。
こんな時になんで笑えるのよ!!
レベッカの胸が殴られたように衝撃を受けた。
「息継ぎが出来ないよう、水面に矢の雨を降らせろ」ロヴィーが命令をする。
が、矢は1本も射られない。
ロヴィーが「おい、どうした?」と後ろを見ると、兵士達が水で出来た大きな手に薙ぎ倒されている。
「なんで、魔法を使えているのだ?この船は魔法を封じているはずじゃないのか?」
レベッカの手には大きな水の玉が浮かんでいた。
「そうね、この船では木、光、氷、闇、土魔法は使えない。でも私はもうひとつ使えるの。水よ」
言い終わるや否や、水の巨大な手がロヴィーを捕まえる。
レベッカは手摺から身を乗りだし、すぐに海に落ちたアルナウトを探すが、姿が見つからない。
木材がアルナウトに襲い掛かるときの恐怖が再び襲う。
アルナウトはどこ?
どうすればいい?
こうして考えていても、沈んだアルナウトは浮かび上がって来ない。
レベッカの中に全ての感情が爆破する。
アルナウトを見て楽しい、嬉しい、悲しい、腹立たしい、苦しい・・・・。
最後に怒りの感情が爆発する。
「アルナウトを私に返しなさい!!」
叫んだと同時に、海が右と左に分かれ、船がゆっくりと海底の砂に着く。
船は倒れる事なく、レベッカの魔法で作られた水の手が支える。
そして、海の真ん中に道が出来ていた。
左右は水族館のガラスの壁のように、海の生物が泳いでいるのがはっきりと見える。
レベッカはアルナウトの姿を必死で探した。
海水のなくなっていく先の海底に、漸く倒れているアルナウトを見つける。
「アルナウトッ!!」
レベッカは湿った砂を蹴って、アルナウトに掛けよった。
「お願い!!目を開けてよ!!」
アルナウトの頬をぺしぺしと叩くレベッカ。
ぴくりとも動かない。
「そんな・・・。もっと早く素直になればよかった・・・あなたが側にいるのが、当たり前になっていたのに、いなくならないでよ!!お願い!!」
アルナウトに覆い被さり泣きじゃくる。
「ちゃんと私の気持ちを伝えてないじゃない。お願い聞いてよ!!」
「・・・聞くよ。レベッカの気持ち」
耳元でアルナウトが囁いた。
レベッカが体を起こし、信じられないものを確認するように、アルナウトを見る。
「・・・だって・・矢が刺さったわよね?」
「間一髪で避けたんだ。それでバランスを崩して海に落ちた」
居心地の悪そうに照れた顔で、アルナウトも体を起こした。
嬉しさと恥ずかしさが一緒くたになったレベッカは、もう一度アルナウトを地面に押し倒し抱きつく。
「心配させてごめんよ。」
泣いているレベッカを落ち着かせようと、頭を撫でた。
「本当よ。王太子が人質に志願するなんて、どうかしているわ。もう、無茶なことは絶対にしないで」
涙目で説教をするレベッカが愛おしい。
「うん、しない」
アルナウトは海底に寝そべりながら、不思議そうに海底の道とその両脇に出来た水の壁を見ている。
「ねえ、レベッカ。これは君が?」
アルナウトは真横にウミガメが泳いでいる姿を見ている。
「そうね。水魔法は使えたけど、ここまで大きな魔法が使えるなんて知らなかったわ」
「やはり、君は規格外だ」
「こんな、とんでもないのはお嫌い?」
嫌わないでとアルナウトの腕の中から心配そうにレベッカが、覗きこむ。
至近距離からの小首を傾げるレベッカにアルナウトは、やられてしまった。
「うっ・・。最高だよ」
いい雰囲気。
レベッカが思った矢先。いつもの邪魔が入る。
「わー凄いわ。まるで水族館ね」
ジュリアが船から降りて、巨大水族館を見ている。
他の捕らえられていた?令嬢達も、目を輝かせて左右に分かれた海の道を珍しそうに歩いて近付いてきた。
彼らは不思議な海底の道を、散歩するように歩いて浜辺に戻ったのだった。
◇□ ◇□
すっかり元に戻った海は、夕日に照らされて光っている。
学校に近い展望台で、レベッカとアルナウトが海を見ている。
「ロヴィーとそれに加担したコルトンはどうするつもりなのです?」
未だにレベッカの魔法で海の上で巨大な水の手に捕らわれている二人を指差す。
二人の下に、獲物の匂いを嗅ぎ付けた真っ赤なレッドシャークが集まっている。
「助けてくれー。私はロヴィー殿下の命令でやったに過ぎないんだ!!」
「何をいうんだ。計画したのはお前だろう? 僕はハーレムを作りたかっただけなんだーー」
情けない二人の処遇を巡って、隣国は頭を抱える事だろう。
だが、今回こちらは多大な迷惑を掛けられた国として、ララ王女とテオファーヌの結婚を纏める事ができそうだ。
しかも、多額の賠償金と、それに加えてお咲きさんの身柄をこちらに引き渡して貰えるように頼んでいる。
まあ、隣国が断る事は出来ないだろう。
「いい取引が出来そうだ」とアルナウト。
「でも、君を拐おうなど絶対に許されない行為だ」
レベッカの耳元で更に囁くように続ける。
「俺はずっとレベッカ一筋で生きてきた。今までもこれからも」
スッとアルナウトが離れ、レベッカの前に跪く。
え?この雰囲気は
もしかして?
レベッカはどうしていいのか分からない。
アルナウトは緊張で、少し震える手をポケットに突っ込み、指輪を取り出す。
アルナウトの緑の瞳とレベッカの黒を足したような、濃いエメラルドの宝石のついた指輪が、夕日に輝く。
「俺はレベッカと一緒にいると、絶対に幸せになれる。君も俺と一緒ならずっと笑顔で暮らせる。だから、結婚しよう」
返事は決まっている。
「はい、私もアルナウト殿下と一緒に・・・」
「助けてくれー!!ハーレムを作って何が悪いんだ?」
「私をバカな王子と離してくれ!!」
うるさい連中を放っておいて、レベッカの指に、指輪がはめられた。
「海が綺麗だね。レベッカ」
アルナウトがレベッカの肩を抱き寄せて、海を眺める。
真っ赤になって海に落ちていく太陽。
レベッカの頭の中で、『光る海をあなたと』のエンディングの曲が流れる。
「どうぞ、『ひか海』の第三作目は発売されませんように」
レベッカが海に祈った。
ーーー完ーーーー
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
評価を下さった皆様、深く感謝しています。
毎回の事ながら、誤字脱字を大量生産をしてしまいました。
誤字脱字報告をして下さった皆様。
本当にありがとうございました。
m(_ _)m




