49 船上パーティー(1)
ロヴィーは自室に閉じ籠り、指の爪をガシガシと噛んでいた。
こんなにも胸が苦しくなったのは、初めてだ。
今まで経験していた恋愛は恋でも愛でもなかったと、今更ながら気が付いた。
そして、レベッカに向けた執着こそが愛なのだと勘違いをする。
「レベッカが僕の勉強を教えてくれていたのは、僕の気を引きたかったからなのに、どうして素っ気ないフリをするのだろう?」
アルナウトに寄り添うレベッカを思い出し、拳を強く握った。
「きっと彼女はアルナウトから逃げ出したいはずだ。僕が救ってあげないと行けないんだね?」
ロヴィーは自分の都合の良い物語を頭の中で作り上げていく。
そうして、思い込むことによってますます、レベッカが自分を愛してくれているのだと盲信する。
このドロドロとした鳥黐よりも粘っこい粘着質な執着心は、更なる野望を持った男と結託する事によって、あり得ない方向に突き進んでしまう。
その野望を持った男、それはロヴィーの側近であるコルトン・スミス22歳。
長い前髪で目を隠し、猫背の彼はロヴィーの側近に選ばれた時から、憂いていた。
顔だけの王子。しかもロヴィーが彼を側近として選んだのは、自分よりも見目が悪く、目立たないからという理由だった。
コルトンは自分の隠された能力を発揮して、少しでも高みを目指そうとしていた。
なのに・・・。ロヴィーの側近になった事で挫折する。
彼の能力は、幻術。
人に幻覚を見せ、その夢幻に閉じ込める事が出来るのだ。
しかし、ロヴィーのように何の能力も持たない彼の元で、この力を使っても、先が知れている。
彼はただ、ロヴィーについて回るだけの者になっていた。
だが、今回このクノフローク王国に来てレベッカを見た時に、彼の中に計画が思い浮かんだ。
役立たずのロヴィーに、最強の伴侶がつけば、第2王子の彼も王太子になれるのでは? そしたら自分もこの底辺から、のしあがっていけるのではと、野心が起こる。
早速コルトンは行動に出た。
「ロヴィー殿下。欲しい獲物があるならば、どうすれば手に入るか知っていますか?」
「どうすればいい?」
ロヴィーが簡単に食いつく。
「計画し、罠を仕掛け、誘い込み、捕まえる。そして、すぐに誰にも手だしの出来ない自国へと逃げるのです」
ロヴィーもそこですぐに乗り気になるおバカではないはず。
「よし、その案に乗ろう!! コルトン任せたぞ!!」
ロヴィーは、大脳、小脳、視床下部、海馬等あらゆる脳みそを色欲にしか使っていなかった。
コルトンは思惑通りに物事が運び、ほくそ笑む。
先ずは、計画。そして、罠が必要だ。
暫くしてロヴィーがさして仲良くもない、腹違いの妹を部屋に呼んだ。
ララ王女は、ロヴィーの女と見れば見境のない性格が大嫌いだった。自国にいる時は、呼ばれても顔を見ないように気をつけていた。
が、他国で兄妹の仲が悪いと悟られるのは良くない。
嫌々ながら、ロヴィーの部屋に行く。
「良く来てくれたね、ララ」
「二人っきりでお話しをするのは久しぶりですね、お兄様。今日はどうされました?」
この兄のする事は今まで、碌な事がなかった。今回も彼の失敗の後始末を押し付けられるのではと、逃げ腰である。
「ララがこの度、この国の王弟殿下のご子息であるテオファーヌ殿下と縁を結ばれたと聞いている。だから、二人の仲を公のものにするために、船上パーティーを開いて公言するのはどうだろう?」
ララは驚く。
あの兄がまともな話をしている?
「ありがとうございます。ロヴィーお兄様が私達の事を考えて下さっていたなんて、感謝いたします」
ララの感謝の言葉を聞くと、すぐにロヴィーが話しを進めた。
「じゃあ、ララ。君とテオファーヌ殿下の名前で船上パーティーの招待状を出してあげよう」
ララは慌ててその申し出を断ろうとしたが、ロヴィーが断固として譲らない。
「君はカルブール王国の第一王女として恥ずかしくないように、ドレスの準備とか忙しいだろう?」
それもそうだ。準備は他にも沢山ある。招待状は兄に任せよう。
ララの決断がトンデモないパーティーのはじまりの一歩だった。
貴族の令嬢の元に、ララ王女からの船上パーティーの招待状が届く。
船上パーティーに喜んだ令嬢達は、差し出し人がララ王女だったために何の疑いもなく参加を決めた。
彼女達の親も、娘の喜ぶ姿にどんなドレスを用意しようと疑うこともなかったのである。
その裏でコルトンが船全体に魔法を無効にする罠を仕掛ける。
「ふふふ、これでご令嬢達が騒いでもどうする事も出来まい」
コルトンは派手に飾り付けられた豪華客船を、満足そうに眺めた。
一番の獲物であるレベッカからの参加の返事が来ないのは気になるが、気を許している多くの令嬢が参加の返事を寄越しているので大丈夫だろう。
コルトンは念入りに計画を見直し、完璧だと確信した。
味方に残念王子が足を引っ張るなど、思いもしないで・・・。
令嬢達はレベッカをおびき寄せる撒き餌だ。
気を許したレベッカが、女性専用の控え室に入った時がチャンス。
レベッカにも心の隙間があるはずだ。その心の底にある、弱味につけこむのだ。彼女の唯一の弱点。
コルトンはそれを見抜く力と幻術で人を操る。
レベッカを操り人形にしてしまえば、令嬢達には用はない。
船の故障を理由に下船させて、レベッカだけを連れて帰国すればいいのだ。
レベッカがロヴィー殿下と恋仲になったと言えばいい。
すぐに色ボケ王子に渡して既成事実を作れば、それでレベッカも大人しくなるだろう。
レベッカの名前は隣国にも届いている。
優秀なレベッカが伴侶となれば、ロヴィーの名声も上がる。そこでやっと側近としての自分の力も発揮できるはずだ。
「はははは。やっと俺にも運が向いてきた!!」




