48 ジュリアの受難
アルナウトはレベッカを追いかけて、中庭でレベッカに追い付いた。
「レベッカ!!」
「なんですの?」
振り向いたレベッカは、つっけんどんに言い放つ。
「さっきのは誤解だよ」
「な、仲良く手を繋いで・・どこが誤解なんです?」
アルナウトは、膨れっ面のレベッカが可愛くて仕方ない。
「きちんと説明しよう。この事は内緒にとララ王女に言われていたのだが、レベッカには疑われたままでいたくない」
ジュリアに言われた通り、全て隠さず話すつもりだ。
男らしい双眼に見詰められ、レベッカの頬にうっすらと高揚の桃色が浮かぶ。
しかし、未だに頬は膨れている。
「ララ王女はテオファーヌと付き合っている。それで自分とテオファーヌの仲を自国の父である国王に認めて貰えるように、取り計らって欲しいと頼まれたのさ」
「二人は最近出会ったのに? もう恋仲なの?」
自分の歩みの遅い亀のような恋の進展と比べて、ララ王女は電光石火の早業である。
あんなに儚げなのに、意外にも大胆不適で肉食系だったとは。
人は見かけに寄らないとはこの事だ。
「だから、結論を言う。俺は浮気なんてしてないし、俺の好きな女性はレベッカだけだ。分かったか?」
アルナウトがぐいっとレベッカの腰を引き寄せる。
こんなにも体を密着させたことはない。
ダンスの時ですら、少し距離がある。
真剣な眼差しのアルナウトの顔が近付いてきた。
レベッカは、こんな時どうするの?とテンパっている。
誰か教えてーー!!
突如、脳内に現れた二人のレベッカ。
一人はイケイケレベッカ。
そしてもう一人は、弱腰レベッカ。
イケイケが「レベッカ、覚悟を決めて迎い入れなさい」
弱腰が「ダメよ、まだ心の準備ってものが出来ていないのよ!!」
イケイケ再び「自分からもアルナウトの背中に腕を回すのよ」
弱腰が「ダメよ!! 一度は抵抗して見せないと」
しかし、イケイケが叫ぶ。
「四の五の言わず、兎に角目を閉じなさい!!」
レベッカ本体が、ぎゅっと目を閉じる。
その瞬間にアルナウトの声が聞こえた。
「レベッカ、君を一生大事にするよ。信じて」
「分かりまし・・・」
二人はキスをした。
しかも蕩けるような深いキス。
いきなりで驚くレベッカは、最初こそ抵抗を試みようとしたが、腰が砕けてアルナウトに全てを預けてしまった。
いつも挑戦的なレベッカの瞳は鳴りを潜めて、今は熱に浮かれて濡れた黒曜石がアルナウトを求めて潤んでいる。
「・・あなたの事・・信じるわ・・」
従順なレベッカに、アルナウトの理性は完全に消え失せた。
再び唇を重ねようとした。
「ちょっと待てよ!! レベッカは僕のものだろう?!!」
いいところで、無関係な者が乱入してきた。
ロヴィーだ。
「何故、レベッカがロヴィー殿下のものなのですか?」
アルナウトは惚けるレベッカの顔をロヴィーに見せまいと胸に押し付け隠す。
ロヴィー王子も図書館での出来事を見ていた一人だった。
彼が本を探しに?
いいえ、眼鏡が可愛い女子生徒を追いかけていて、偶然にそこに居合わせた。
それにも拘わらず、レベッカの気持ちがアルナウトにあると知ると浮気をされたような気持ちになったのだ。
それで、急ぎ二人を探しに来たところ、二人のキスシーンを目撃したのである。
「レベッカ嬢は私に勉強を教えてくれていたのだ。そこから私はレベッカの愛を感じた。きっとレベッカ嬢も私に好意を持っているに違いないんだ」
「は?」
レベッカが怒りのあまり、アルナウトの胸から顔を出す。
「私が、いつ貴方に好意を向けました?」
「だって、僕に期待しているみたいな事を・・言ってたじゃないか・・」
「それは、隣国で第2王子としての務めを果たされることを期待したのです!! でも、一向にその期待に応えてくれませんでしたけどね」
レベッカがロヴィーを見据える。
「そんなー・・。僕の心を弄んで捨てるの?」
「え?」
ロヴィーと普通の会話をしようとしても、全て恋愛の話しに変換されてしまう。
ネジの緩んだ恋愛脳にグーパンチをブチこめば、少しは引き締まった会話ができるのではないか?
それとも、あの腑抜けた顔面に蹴りを入れれば、普通の会話が成立するのでは?
レベッカは苛立ちのせいで、やってはいけない行動しか思い浮かばない。
「ロヴィー殿下、君はレベッカ嬢の思いを理解していないのか?」
「僕を好きだという想いだろう?」
「違う!!そうじゃない!! レベッカ嬢はクノフローク王国に留学をした君が、立派に修学して帰国してくれることを願っていたんだ」
そう、延いてはこの国の為でもある。
「そんなに僕の事を・・・?」
ロヴィーはあらぬ方向に話しをねじ曲げているのは、誰の目にも明らかだ。
「はっきり言っておく!!レベッカ嬢は、我が婚約者にと願っている女性だ。今後貴方が彼女に不埒な真似や自分に気があるなどの言いがかりをした場合、彼女への侮辱として対処しますよ」
ロヴィーはその甘いマスクでアルナウトを睨む。
しかし、ロヴィーの薄っぺらい虚勢など、アルナウトの威厳で軽く吹き飛ばされてしまった。
「ぼ・・僕が本当に愛した女性を諦めると思わないで!!」
涙声でその場から走り去るロヴィー。
せっかくの盛り上がっていた二人だが、ロヴィーの登場で正常運転に戻った。
そして、戻らない二人を心配しているルーカス達の待つ図書館へと歩きだす。
図書館に戻るとララ王女とテオファーヌが、レベッカを心配して待っていた。
「あの、誤解を招く事をしてごめんなさい」
ララが謝ると、テオファーヌも一緒にお頭を下げる。
「僕がしっかりしないから、ララ王女殿下を追い詰めてしまった。だから、今回の事は僕が悪いんだ。本当にすまない」
レベッカが目を瞪る。
二人がこんなに寄り添い見つめ合っているのが不思議で仕方なかったのだ。
「あの、お二人の出会いは?」
ララ王女が頬を染めながらも話してくれる。
「テオファーヌ殿下が書かれた、『農地の改良と二毛作』という論文を読んで、このように国民の事を考えている方に会いたいと思っていたのです」
ララが横に立つテオファーヌをチラリと見て赤くなる。そして、その口角をあげた口から、怒涛の惚気話が止まらなかった。
「夢が叶ってクノフローク国に来て、お会いしたら、こんなにも素敵な人だとは・・・。それで、私ったらその日から毎日殿下の夢を見ていましたの。殿下のひたむきさ、素直に人の話しを聞いてくださる器の広さ、何よりその端正なお顔で笑われた時に、私・・・・」
「あ、あの・・ごめんなさい。質問をしておいて話しを遮るのは申し訳ないのですが・・・、もうお腹いっぱい・・じゃなかった。出会いは分かりましたわ」
レベッカは本当にお腹がいっぱいでゲップが出そうだ。
ララ王女がこんなに情熱的な人だったなんて思いもしなかった。
こんな熱い人が、その想いをアルナウトに向けなくて良かった。
前世喪女の私がララ王女に太刀打ちできそうにないもの、と分析する。
レベッカはララとテオファーヌが幸せそうに話しているのを見て心から安堵した。
ところで・・・。
レベッカがあるものに気が付く。
図書館にどういう訳か、長蛇の列が出来ていた。
「ところで、この人達はなんで並んでいるの?」
テオファーヌに尋ねると、「ああ」と教えてくれた。
「レベッカ嬢、アルナウト殿下。二人も占って貰うといい。すごく良く当たる占い師が来ているんだ」
「・・・その占い師って、まさか・・」
レベッカに嫌な予感が当たる。
この長い人の列の先頭に、青ざめながら占いを続けるジュリアがいるのだった。




