44 レベッカの嫉妬
カルブールに召喚されて、カルブールから追い出された悲劇の聖女様の話は、漏れ伝え聞いていたけれど、その肝心の聖女様が一向に姿を現さない。
王宮の来賓専用棟である離宮の一室に閉じ籠っているのだ。
心配したアルナウトがその部屋を訪ねようとしたのだが、レベッカが生徒会室に来て・・・・
そして、現在レベッカに抱きつかれている。
アルナウトはこの状況は夢なのではと、頬をつねった。
少し前、バルケネンテ公爵家のレベッカの部屋にゾエ嬢とエミリエンヌが呼ばれて入ってきた。
二人は部屋の中心に意外な人物が立っているのを見て、戸惑った。
それはジュリアである。
レベッカを救う為に、エミリエンヌは一緒に治癒魔法を使ったが、それだけの関係だ。
しかも、その前には数々の疑惑がある人物で良くは思っていない。
ゾエに至っては、全く関わりあいがない人物だと認識している。
なので、ジュリアがレベッカの部屋で何をしているのかと怪しんでいた。
二人が部屋の真ん中に来ると、いきなりジュリアが日本伝統の土下座を披露。
だが、その姿勢の意味を知らない二人はさらに困惑する。
「ジュリアさん、そのカエルの真似は何なの?」
ゾエが尋ねる。
突然の土下座スタイルってどうなの?と流石のレベッカも頭が痛い。
だが、ジュリアの本気の謝罪に水を差すのは如何なものかと、横からその姿勢の意味を教える。
「ゾエ様、その格好は土下座といって古来より伝わる、とある国での伝統的な謝罪のスタイルなのです。今日はジュリアさんがお二人に謝りたい事があるそうなので、聞いてやってください」
「はあ・・・。」
ゾエとエミリエンヌは、お互いの顔を見た。
覚悟を決めたジュリアが一気に話す。
「あの、実は入学当初、ゾエ様の教科書をエミリエンヌさんの机に隠したのは・・・、私なのです。・・・本当にごめんなさい」
言い終わるとさらに額を床につけて謝罪を繰り返した。
エミリエンヌはその可愛い顔を険しくし、ジュリアを見つめる。
エミリエンヌにとって、入学当初の地獄のような日々を、簡単に許すことは難しい。
だけど、目の前のレベッカを救ったのはジュリアのアドバイスだ。
10歳の時、アルナウトの誕生日パーティーで苛められていたのを救ってくれたレベッカ。その後もこの学校に連れてきてくれたのもレベッカだ。
レベッカがここに彼女を呼んだと言うことは、レベッカがジュリアの謝罪を受け入れて欲しいと思っているのだろう。
でも、喉の奥まで出ているが『許す』という言葉が詰まったままだ。
まだまだ固いエミリエンヌの表情を和らげようと、レベッカが何かを思い付いた。
レベッカが指をパチンと鳴らすとジュリアの顔と姿が占い師の老婆に変わった。
「あれ? あなたは確か・・・私とルーカス様を占ってくれた方では?」
「そうなの。ジュリアさんは反省して、全力であなた方を応援していたのよ。簡単には許すわけにはいかないでしょう? でも、反省している気持ちは本当だから、分かってあげて」
ジュリアが老婆の姿を見られて、恥ずかしそうにしている。
確かにあの時、この占い師はルーカスを信じろと言ってくれた。
エミリエンヌは深呼吸を一つする。
「分かりました。あなたを許します」
「まあぁぁぁ!! 流石はエミリエンヌさん!! あんなに酷い目に遭ったのに、ジュリアさんを許してあげるなんて、やっぱりあなたは・・・素敵ぃぃ」
感情を抑えきれなかったレベッカが、エミリエンヌに抱きつく。
それを見たゾエが羨望の眼差しを向けていたが、すぐにエミリエンヌに追随し、「わたくしも、許しますわ」と声を張り上げた。
「ゾエ様も脇役とは思えない仕上がりですわ。みんな素敵!!」
とレベッカが二人まとめて抱きつく。
ゾエは自分が何を言われたのか分かっていなかったが、レベッカに抱きつかれて大満足だ。
ジュリアは・・・何かよく分からないけれど、二人に許されて安堵していた。
数分後、落ち着きを取り戻した4人は、侍女の淹れてくれた最上級の紅茶を飲んでいた。
ここでゾエが、カルブール王国から来た聖女の話題を持ち出す。
「そう言えば、レベッカ様は聖女様の噂を聞きまして?」
「聖女様がどうなされたの?」
レベッカの興味は別にあり、すっかり聖女の存在を忘れていた。
「聖女様が全くお部屋から出てこられなくて、王宮の皆さんがやきもきしているそうなのです?」
「ああ、そんなことをルーカスお兄様が仰っていましたわね」
第2作の話にレベッカは興味がない。
以前にジュリアが忠告めいた事を言ってたけれど、全く聞いていなかった。
「それで、とうとうアルナウト殿下が、聖女様のご様子を伺いに行くときいてますわ」
ゾエが、父から聞いた話を提供してくれた。
「へえー。そうなの」
折角ゾエが話題を作ってくれたのだが、全く関心を示さないレベッカ。
ここで、ジュリアが「あああ!!」と叫びながら立ち上がる。
耳元で叫ばれたゾエが怪訝な顔で、「もう、なんですの?」と睨んだ。
「レベッカ様、その『ひか海』の第2作のヒロインは聖女様なんですよ? そのヒロインに攻略対象の殿下を会わせていいのですか?」
その会話、ゾエとエミリエンヌには何のこっちゃ?と全く意味不明。
でも、レベッカは分かっている。
「ふんっ。会うだけでしょ?」
そう言ったレベッカのカップを持つ手が微妙に震えている。
「強がり言っている場合じゃないですよ、レベッカ様。だって私はスチルで見たけれど黒髪の最強美人でしたよ。いいんですか?」
レベッカはカップをソーサーにゆっくりと置くと立ち上がる。
「そんなの・・・いいわけ・・ないですわ!!!」
いきなりドレスをまくりあげて走り出した。
呆気にとられるゾエとエミリエンヌに、残されたジュリアが丁寧に説明をする。
二人は、ジュリアが占い師としての力を発揮したのだと信じきっていた。
ジュリアにこの『ひか海』の第二作目のヒロインが、現在閉じ籠っている聖女だと聞いた。
以前には感じなかったが、今回はヒロインに対して少しばかりの脅威を感じている。
その恐怖を嫉妬だと理解するには恋愛レベルがまだまだ低いレベッカは、わからない。
恋愛脳のレベルは低いが、アルナウトとヒロインを会わせたくないと苛立つ。
モヤモヤしながら、生徒会室にくると中から、アルナウトが聖女の心配をする声がした。
レベッカはますますムカつくが、冷静にノックをして部屋に入る。
だが、取り澄ましていたのはそこまでだった。
「レベッカ、何か用事だったのか? すまないが、俺はこれからカルブール国の聖女様の様子を見に行かねばならないんだ」
アルナウトが部屋を出ていこうとしている腕を掴んでしまう。
レベッカは、なぜ自分がアルナウトの腕を掴んだのか、分かっていない。
「どうした?」
驚くアルナウトに、理由も言えず固まるレベッカ。
そして、自分でも信じられない言葉がレベッカの口から出た。
「行かないで。」
「え?」
レベッカの女の子のような一言に、アルナウトは目を瞪る。
一度行ってしまえば、レベッカの感情は止められなくなった。
「聖女様には会いに行かないで」
アルナウトの瞳に期待の色がありありと浮かび上がる。
「そ、それは何故?」
「分からない・・・けど、聖女様に会って話しているアルナウト殿下を想像すると苛立つのよ」
膨れっ面のようで、泣きそうで少女のような幼い顔のレベッカがそこにあった。
まさか・・あのレベッカが嫉妬している?
「行かない・・・行かないよ」
アルナウトが優しく、レベッカを腕の中に包むように抱き締める。
レベッカはさっきまで苛立っていた心が、心地良い安堵に変わっていく。
アルナウトにとっても、夢にまで見た瞬間がいきなり訪れたのだ。
この腕の中の愛しい者をどうしていいのか分からない。
兎に角、ずっと閉じ込めておきたかった。
「えーっと・・私の存在は消されているのだろうか?」
「忘れてはいないよ、ルーカス。出きれば黙ってて欲しかったけど・・」
アルナウトがゴニョゴニョと言葉を濁した。
その後、すぐに恥ずかしさを誤魔化すように、話題を変える。
「でも誰かが聖女のご機嫌伺いにいかないといけない。だから、レベッカに頼んでもいいかい?」
それなら、いいだろう?とレベッカの頭の上で諭すようにいう。
レベッカは駄々を捏ねた自分が恥ずかしくなった。
「今から、行ってきます」と、アルナウトの腕から名残惜しいと思いつつ離れた。
学校の廊下を走りながら、さっきの甘えるような仕草を思い出すと顔から火が出るほど恥ずかしかった。
頬をかきむしりたいような、ムズムズ感に襲われる。
「ああもう!! こんな風になったのはジュリアさんのせいよ」
うっかり失敗も恥ずかしい失敗も、全てジュリアのせいにするレベッカ。
それでいて、背中を押してくれたジュリアに感謝もしていたのだった。




