40 オタクの誓い
レベッカはジュリアが起きるのを待っていた。
だが、全く起きる気配がない。
痺れを切らしたレベッカが動いた。
「ほらほら、起きなさい!!」
ペシペシとオデコを叩く。
「起きているわよっっ。せっかくレン様の香りを堪能していたのに」とジュリアが体を起こす。
「あなた、レンの体臭を嗅ぐなんて・・気持ちが悪いわね」
レベッカが口許をハンカチで隠し、顔を歪ませた。
「レベッカ様、あなたの恋愛レベルはまだまだね。好きな方の香りは格別なのよ。ってあなたにだけはいわれたくないわね。そういうレベッカもルーカスの香りが最高とか言っているじゃない!!」
ジュリアが言うと、後ろに控えていた侍女が一斉に頷いた。
侍女までジュリアの味方になったので、話を変える。
「まあ、いいわ。ところで、アルナウト殿下のお話ってなんだったの?」
「私、『ひか海』の詳しいストーリーを手帳に書いていたんだけど、それを殿下が拾っていたのよ」
レベッカが高速でジュリアの隣に移動する。
そして、耳元でこそこそと話出す。
「それじゃ、あなたが転生者ってバレたの?」
「いいえ、先読み人って事になってたのよ。それで、『ひか海』の第2作目について尋ねられたの」
ここでレベッカがキョトンとする。
「第二作?」
「まあ、レベッカ様ったら・・・。第二作目を御存知なかったの? ロヴィー第2王子は、広告でご覧になった事があるでしょう?」
頭を少し横に傾けて頭の上に『?』のマークを出すレベッカ。
このままでは情報ゼロのレベッカが、聖女に負けてしまうのではと危機感を募らせたジュリアが、ストーリーと攻略方法を教えた。
「うーん・・・。つまりはヒロインに注意しておけばいいのよね?」
ルーカスさえ守れればいいかと思っているレベッカに、ジュリアが再び講義を始める。
「レベッカ様はまだ気付き始めで、しかも色恋に疎いので、言っておきますね。アルナウト殿下の方に特に注意しておいて下さい!!」
厳重に何度も「分かりましたね!」と言ったがレベッカの反応は心もとない。
自分もオタクだが、オタクは『自分の恋心に疎すぎる問題』をレポートに書いてレベッカに読ませたいと心から思うジュリアだった。
しかし、レベッカにしてみたら第2作を知らないし、来るかどうかも分からないヒロインよりも、大事なイベントがてんこ盛りで、手一杯だったのだ。
「それより、この時期に開催されたはずの幻の球技大会。あのお宝スチルを覚えているのかしら?」
レベッカが言い出したのは、『ひか海』で騒然となった、攻略対象が一堂に会してスポーツのユニフォームを来てゲームをする姿。
ダンクを決めるルーカス・・・。
レベッカがバスケ姿のルーカスを想像する。
シュートを決めるレン様・・・。
ジュリアは華麗な足さばきでサッカーをするレンを思い浮かべる。
二人が恍惚となって想像していると、控えめな咳払いが侍女から聞こえた。
淑女にあるまじき表情をしていたに違いない。
「あああれですね!! レベッカ様!!」
「そうよ!! あれよ!! ジュリアさん!!」
「レベッカ様!! ストーリーとは全く関係なく始まる球技大会という、ただオタクの夢と希望を叶える為に行われた伝説の球技大会!!」
「ジュリアさん、あのスポーツ大会の種目・・・何を選びましたの?」
ここで、ジュリアが遠い目をする。
「あの時はレン様が大会に出られないと知っていい加減にボタンを押した結果・・・相撲になってしまったのぉぉぉ」
「なんと・・・あの五択からそれを?」
レベッカが憐憫の情でジュリアの肩を叩く。
「相撲はやはり、恰幅の良い体が似合うのであって、細マッチョは・・・ダメでしたわ」
「でも、ジュリアさん。今度は生で見れるのですよ。しかも、私の力で、レンも参加できるようにしましょう」
その言葉にジュリアが椅子から崩れ落ち、ふらふらと一直線にとある壁に向かって拝んでいる。
「ああ、レン様のスポーツをする勇姿が、目の前で見れる時がくるなんて、私・・レン様のどんな姿も一挙一投足見逃さず心に留め置きますわ」
壁すれすれに語っている姿は異様だが、壁から汗が吹き出ているのも不気味な光景だ。
「それと、レンを参加させるなら、学園に転入させないといけないのよ。都合がいいことにレンには魔力があるし・・・・」
レンの学校への転入は、ジュリアが賛成してくれるとおもったのだが、「ええ?・・・転入?」と微妙な顔で項垂れている。
もちろん、壁に向き合ったまま。
「レンが転入すれば、壁越しでなくて、直に会えるのよ?」
なのに何故力なく項垂れているのか、レベッカには分からない。
「レン様が学園に来たら、全ての学生が虜になり、私ごときがお側に近寄るなんて出来なくなるではないですか! それなら、こうして匂いだけでもいいです」
ジュリアの壁への圧がハンパない。
壁から吹き出る汗が、垂れて来たわよ・・・。レベッカがレンの脱水症状を心配し始めた。
二人が盛り上がっていたスポーツ大会だが、実現が困難な状況になった。
なんと、こんな中途半端な時期に、隣国のカルブール王国からマーレリアム学校に留学生が来るのだ。
この設定をレベッカもジュリアから聞いて知ってはいるが、『光る海をあなたと』の第二作目のゲームの発売より前に、こちらの世界に来てしまったので、どうもピンとこない。
『ひか海』の第2作が出ると噂を聞いたくらいの情報で、その後どうなったのか分からないし。
ジュリアの情報を聞いて、オープニングにルーカスの姿が小さくなっていたと知り、「誰とも知らぬ王子を主人公にするなど言語道断!! ルーカスこそ主人公よ!!」と憤り叫んでいるくらいで、新しい攻略対象には全く興味がなかった。
幾日か過ぎて、すっかりカルブール王国の留学生の事を忘れていたレベッカに、『すぐに、今すぐに話がしたい』とジュリアから手紙が届いた。
「せっかちな」と思いながら返事を書いて侍女に渡す。
「ジュリアったら、やッぱりレンをバスケチームに入れて欲しいと、おねだりかしら?」
呑気にそんな事を言っていると、
「違うわよ!!」とノックと同時にジュリアが現れた。
「貴女は少し淑女の礼儀を、覚えないといけないわ。さっきの手紙の返事を出した直後にいらっしゃるなんて、もっての他よ」
「手紙の返事を玄関で待っていたんだもの。早いのは当たり前よ」
レベッカが呆れる。
「・・・で、そんなに急いで何のご用なの?」
レベッカが優雅にティーカップを傾けながら、尋ねる。
「私・・親友の貴女の事が心配で、一言忠告しておくわ」
「ジュリアさん・・私の事、親友と思って下さっていたの?」
レベッカが目を瞪る。
打算的な彼女から、親友という言葉が出るとは思っても見なかったからだ。しかも、そんな風に思ってくれているなんて・・・。
意外。
「オタク仲間は、繋がりが強いのよ。兎に角、聞いて下さい。今、レベッカ様はゲームとは全く違う立ち位置になっています。もし、ロヴィーに会うとゲーム補正で、悪役に戻ったりするかも知れないわ。それに聖女が肉食系女子で、ルーカス様やアルナウト殿下を虜にしようとするかも知れない。だから、嫉妬には気をつけて欲しいの」
レベッカが眉間にシワを作る。
「そうね、二作目の聖女は異世界からきたとあるから、このゲームをしている可能性があるわね。それで、誰かさんみたいに逆ハーを狙ってうろうろされては、たまったもんじゃないわ」
きっと、異世界から転移したというストーリーなら、日本人がくるだろう。
もし、周回した猛者がきた場合ゲームの内容を把握している分、聖女が優位だ。
「情報では負けるかも知れないけど、お互いにこの現状を守るために頑張りましょう」
レベッカが手を出し、ジュリアがそれを握る。
「レベッカ様は絶対に、一人で無茶をしないで下さいね。絶対にロヴィー王子には気を付けて下さい!!」
ジュリアが何度も忠告をした。
更新が遅くなりました。
ゴールデンウィークで、呑気にお出かけしていたら、すっかり遅くなりました。
ごめんなさい。
明日は、早い時間に更新します。




