04 ピアスは何色?
王太子の誕生日のパーティーに向かう馬車の中。
それはレベッカの至福の時だった。
ルーカスが銀色の髪をかきあげ、うすい水色の瞳を向けて微笑む。
しかも、服装は今日のために誂えた新作の礼装だ。
実はこれも、父からの指令だった。
「ルーカス、お前が微笑んでいれば、レベッカは馬の鼻先にニンジンをぶら下げられたように、お前に向かうだろう。それを駆使してレベッカを惹き付けるのだ!!」
こちらを見て目を輝かせているレベッカもまた、兄が見ても大変美しいのだ。
豊かな金髪は母譲り。黒い瞳は全てを見透かしているように魅惑的だ。
しかも、今日の緑の葉っぱの模様が刺繍されているドレスも似合っている。
ただ、口からよだれが垂れそうな程、にへら~と自分を見ている姿は、令嬢としていかがなものかと、残念に思った。
会場に到着。
いつもなら、どんな時もルーカスの傍を離れないレベッカが、いきなりどこかに消えてしまった。
ルーカスはまさかの事態に最悪の事を予想し、必死で探し回る。
その頃、レベッカはカロリーネ・クレーンプット侯爵令嬢を探していた。
それは勿論、彼女の侍女となった、エミリエンヌを探す為だ。
「どこにいるのかしら? ヒロインちゃーん」
呑気に王宮を彷徨くレベッカ。
そこに、罵声が聞こえた。
「ああ、嫌だ!!なんで貧乏男爵の娘と一緒に、カロリーネ様のお世話をしないといけないのよ」
うん?
レベッカが綺麗に刈り込まれた植木から顔を覗かせると、髪はピンクで、瞳は紫の女の子が芝生の上に座り込んでいた。
同僚のメイドにイビられているヒロインを発見!
「あら、なあに?その金色のピアスって?王太子殿下の瞳と同じ物を着けて、気に掛けてもらおうって魂胆ね。なんていやらしい考えなのかしら!!」
「そんな・・これは母の形見の品なんです。でも、殿下と同じ瞳の色だと知らなかったので外します」
ガサササッッッ
レベッカが植木から登場する。
「あら? こんな所で何をなさっているの? ここは王宮よ。陛下の庭先でいざこざを起こして、いい度胸ね」
ヒロインを見つけ安堵するレベッカ。驚く二人にさらに続ける。
「私はバルケネンテ公爵の娘、レベッカよ。今見たことをあなたたちのご主人に報告しないといけないわ。名前を言いなさい」
レベッカは、ヒロインとは違う侍女を微笑みながらも見据える。
レベッカの威圧に耐えられなくなった侍女は、ご容赦下さいと言い残し逃げた。
「あ・・あの・・どうかお許し下さい。今日、ここの不手際を主人に言われたら・・・」
キュッと侍女のお仕着せのスカートの裾を握るエミリエンヌ。
「ああ、メイド姿!!これも最高!!」
ヒロインの生姿に胸を押さえて倒れるレベッカ。
「だ・・大丈夫ですか?」
心配するヒロインを間近に見て、レベッカは昇天間際。
「だい・・じょおぶ・・それから・・あなたの主人のカロリーネ嬢には言わないから安心して」
エミリエンヌは目を見開いて、礼を言う。
「あの、ピアスは外すので許して下さい」と耳に手をやる。
「もし、あなたが着けたければ着けててもいいわよ。文句を言う奴がいれば、私の名前を出せばいいわ」
レベッカはさっきの侍女に激怒するあまり、本来の目的を忘れていた。
「でも、それではご迷惑になりますし、無用な争いは避けたいので・・」
エミリエンヌは耳からピアスを外し、ポケットの中にしまった。
「ああ。それじゃあ、これをあげるから着けて欲しいの」
水色のピアスをエミリエンヌの掌に乗せる。
当然のことながら、首を横に振り断ろうとするエミリエンヌに無理にピアスを握らせる。
「これはあなたに着けて欲しいの。絶対に着けてね」
それだけを言うと、風のようにそこから立ち去った。
唖然としていたエミリエンヌは、暫く水色のピアスを見ていたが、そっと耳たぶに着ける。
そして、レベッカのいなくなった方にお辞儀をした。
「ありがとうございます」
「はわわわー・・マジ染み渡る幸福。あの清らかさ。我がルーカスと双璧をなす尊さ。・・・たまらん」
こうしてはいられん!!と、レベッカは次なる場所に大急ぎで移動する。
先ほどの苛めイベントは本来発生しないものだった。
本当の苛めイベントはこれから起こるのだ。
ヒロインの遠縁のカロリーネ・クレーンプット侯爵令嬢が、お茶が不味いとヒロインを怒鳴り付けるのだ。
ここで、神に選ばれし我がルーカスがヒロインを救うイベント。
再び垣根に潜り込もうとするレベッカの目に、来てはいけない人物が映った。
ヒロインが赤色のピアスを着けた時に現れる筈の、騎士団長の息子であるハンネス・ベイエルがヒロインに接近する。
このままでは、ヒロインが一番最初に会うのがハンネスになってしまうではないか!!
『排除しなければ!!』
レベッカがハンネスの前にゆっくりと出る。
「誰だ?お前は?」
レベッカの全身から漲る殺意にハンネスも警戒する。
「私? ああ、レベッカ・バルケネンテよ。そんなことより、これから先に行って欲しくないの。悪いけど、別の道を通って頂戴」
一歩も通さないと気迫溢れるレベッカに、どういう訳かハンネスが木刀を構える。
「怪しい奴だ!! その向こうに何を隠している? 退け!!」
ハンネスは相手が女の子だから、木刀でも、構えれば退くだろうと考えていたが、甘かった。
このイベントに命を掛けているヲタ活中にそのような物で、戦意を削ぐことはできない。
「退くのは、あなたの方よ。ハンネスちゃん。くすっ」
女子に嗤われて、頭に血が昇ったハンネスはいきなり木刀でかかってきた。
「ふんっ」とレベッカは躱すと男子の大事な大事なお股の宝物を蹴り上げた。
「ぶおッううううううううう」
それ以上は声も出せず倒れているハンネス。
ちょこっと可哀想になったレベッカはハンネスのお股の宝物が降りてくるように腰をとんとんと叩いてやる。
「ねえ、落ちてきた? 元に戻った?」
女の子に腰をとんとんされて、股の玉の位置を心配されるなど、ハンネスの男の沽券は木っ端微塵だった。
なんとか落ち着いたハンネスは、目に涙を溜めて、『今に見てろよ!!』と見事な負け犬っぷりを披露して退場していった。
邪魔者の排除は、無事成功。
今度こそ、イベントが始まる。
カロリーネが、大声でエミリエンヌを怒った。
「このお茶の味は何? 親戚だからって、この程度のお茶の淹れ方で私の侍女を頼みにくるなんて、本当に図々しいわ」
『ねえ』と周囲の侍女たちと一緒になってエミリエンヌを小馬鹿にし、嗤いを誘う。
他の侍女もエミリエンヌを庇って、自分が標的にされてはたまらないと一緒になって嗤った。
エミリエンヌが何も言い返せずに俯いている。
丁度、その事件が起こっているテーブルにルーカスが通りかかった。
ルーカスは突然消えた妹をずっと探していた。
「早く探さないと、慣れない王宮で一人になってきっと泣いて・・いる訳がないな。それよりも、早く見つけないと何をするか分からない。僕がいない時のレベッカは『手負いの熊』と同等に厄介だ」
レベッカを猛獣と同じように考えているが、ルーカスは彼女を大切に思っている。
「王太子に噛み付くような事が起こりそうなら、麻酔銃を撃ったほうがいいかな? 兎に角一刻も早く見つけよう」
何度も言うが、レベッカを魔獣か何かと勘違いしているルーカスだが、彼女を最愛の妹として一応気に掛けている。
そんな時にこのパーティーに似つかわしくない大声が聞こえて来たのだ。
レベッカが暴れている?と勘違いしたルーカスは悪くない。
ルーカスが駆けつけると、カロリーネが、その脇にいる一人の少女に紅茶をぶっかけた所だった。
「君達は何をしているんだ?」
銀髪に水色の瞳のルーカスが、辺りを見ると、そこにいた少女達は喜びの声を上げる。
「きゃールーカス様よ!!」
「どうしてここに?」
カロリーネも勿論、その中の一人だった。
「まあ。今日はルーカス様がいらっしゃっていると聞いていましたが、ご挨拶できずがっかりしておりましたのよ。ここでお会いできて嬉しゅうございます」
「挨拶よりも、これは何をしているんだ?」
ルーカスは属性である氷を作り出し、それをハンカチで包み、紅茶を掛けられたエミリエンヌの腕を
冷やした。
「大丈夫かい?」
「はい、大丈夫です。綺麗なハンカチを私のせいで、汚してしまって申し訳ございません」
エミリエンヌは美しい刺繍のハンカチが、紅茶で汚れるのを申し訳なく思う。
きっとルーカス様を思って丁寧に一針一針刺された刺繍を、自分が汚してしまったと心苦しくなった。
「これは僕の妹が刺繍をしてくれたハンカチで、家に尋常ではない数・・・いや・・沢山あるから大丈夫だ」
ここで、エミリエンヌはピアスの時に助けてくれた少女を思い出す。
「実は・・・さっき」
と言い掛けた時に、ルーカスがエミリエンヌを抱き上げた。
「ええ?」
「ここでは治療がやりにくい。王宮の治療室に行こう。カロリーネ嬢、今後このような品位を落とすような行為は慎みなさい」
そう言って、颯爽とルーカスはその場を後にした。
この様子をレベッカが見逃すわけがない。
ルーカスが現れる5分前に、レベッカはスタンバっていた。
「いるわ! ヒロインちゃんとカロリーネが揃っているわ!!ぐふふふ」
よく見える一等席を確保して、いざイベントが始まるのを、今か今かと待ちわびている。
芝生に寝っ転がり身を隠すなど、見つかった場合は完全な異常者扱いである。だが、そんな些細な事? は気にしないレベッカだ。
しかし、ここ一番って時に邪魔が入るのは世の常である。
「ねえ、君!! ここで何をしているの?」
植物に擬態して一心同体となっているというのに、邪魔な奴がいたものだ。
ルーカス以外に興味もないので、無視を決め込む。
だが、その声を掛けてきた男子は、しつこかった。
「ねえ、何を・・!」
「はっ!! ルーカスが来た!!隠れて!!」
横にボーッとたっている男子を思いっきり草むらに引っ張り込んだ。
「おい!! 何をす・・んぐ」
せっかくのイベントを、小うるさい男子のせいで見逃してはならんと、その子の口を掌で押さえつける。
「ここにいるなら、静かにしなさい!!これから、美の共演が始まり、全ての固形物が昇華する時なのよ」
訳のわからない理由に男の子は黙り込む。
静かになったので横の男子の拘束を外した。
男の子は抵抗を諦め、レベッカの横で大人しく、少女とルーカスを見ている。
「あれはカロリーネ嬢か?」
「ちっ」
レベッカは、映画鑑賞の途中でポテチを食べる客を見つけた時のように睨む。
この時に始めて横の男子が王太子なのだと気が付いた。
「今日の主人公がこのような所にいていいのですか? 早く祝ってくれる人のところに行った方がよいのでは?」
「・・・誰も本気で私の誕生日など祝ってはいない。どうせ私の側近候補や、婚約者候補の一人になろうと近寄ってくるものばかりだ」
「・・・ふーん。そう言うものですか?」
レベッカは全くアルナウト王太子の方を見ずに生返事をする。
「だが、舌打ちされたのは初めてだ」
「・・・殿下!! 今見ました? いい!!最高に良かった!!最後にお姫様だっこであの場からヒロインを連れ出すなんて・・・ああ、溶ける・・いや、今溶けたらもったいない!!」
大騒ぎするレベッカに、白い目を向けるアルナウト。
その後、一人で笑い出した。
「くくくくっ 全く私がいても気取らないんだな。黙っていたら綺麗なのに。私はそろそろ戻るよ」
楽しかった、じゃあとアルナウトが立ち去ろうとしたとき、レベッカが「はい」とハンカチを渡した。
「これは? ハンカチ?」
「誕生日のプレゼント。私が刺繍したのよ。要らなかったら捨てて頂戴」
レベッカはさっきのアルナウトの話で何故か分からないが、何かをあげたくなった。ただ、それだけだ。
「す・・捨てないよ!! 大事にする」
「ああ、そうそう。もう一つプレゼントがあるわ。殿下の瞳の色だけど・・・」
アルナウトは自分の瞳の色が好きではない。父とも母とも色が違うのだ。
それで、大好きな母の浮気を疑って一人悩んでいた。
それを急にレベッカが言い出したのだから、驚きと共に警戒する。
「殿下の曾祖父の隔世遺伝よ」
「曾祖父?」
「そうよ。王宮の回廊の曾祖父の絵を探してみて。じゃあね。王子様」
そういい残してレベッカは去った。
レベッカはアルナウトの頬が赤くなっていたことに・・・・気が付くわけがない。