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35 魔王、復活


揺れる幌馬車で、先に目を冷ましたのはハンネスだった。


痛む頭を押さえようと腕を動かしたが、後ろ手に縛られて動けなかった。

意識がはっきりとしてくると、自分の横に寝かされているのが、レベッカだとわかった。


向かい合って転がされている状態のレベッカも、後ろ手に縄で縛られている。

まだ、意識は戻っていないようだ。


白く綺麗な顔が苦痛に歪むと、目蓋が震え、少しずつ瞳が開かれて行く。

ハンネスのすぐ目の前の黒い瞳は、状況を把握した途端、恐怖で陰る。


「怖がらないで、静かにしてて欲しい」

ハンネスは、自分がどうなろうとも、この美しい人を守る事を最優先に考えた。


彼女が顔を強張らせたまま、小さく頷く。


暫く揺れていた馬車が止まった。

どうやら、誘拐犯の目的の場所に着いたようだが、主犯格の人物が遅れているらしい。


外から数人の男達の声が聞こえた。

「おい、まだ侯爵様は来てないのかい?」

「早くして欲しいぜ」

「こちとら、ヤバイ橋を渡っているんだからよぉ」

ぼやいている男らが、言った侯爵とは何者なのだろう?

ハンネスが聞き耳を立てる。


「それにしても、鼻血が止まらない」

一人の男が鼻声で唸っている。

「お前その鼻、折れてないか?」


「あの嬢ちゃんを連れ去ろうとしたら、いきなり裏拳食らわされたんだ」


「ああ、見てたぜ。それなのに、お嬢ちゃんが急に自分から頭を押さえて気を失ったんだ。何が起きたか分からないが、まあ、助かったぜ」


ハンネスが首をひねった。

レベッカ嬢が裏拳? 偶然に当たったのか?



「待たせたな」

甲高い男の声がした。


「ところで、ベイエルの息子も捕まえてあるんだろうな?」


「勿論です。レベッカと一緒に寝てますぜ」


「あの息子は、隣国でレベッカと決闘をすると意気込んでいたらしいから、あれがレベッカを殺し、私がそれを助けようとハンネスを討った事にすれば、一石二鳥だな」


「そうですね、そうすれば侯爵様のお嬢様が王太子の婚約者に立候補し、騎士団長も息子が犯罪者なら失脚。まさに一石三鳥ですぜ」

げひひひひと下卑た笑いが響く。



「それにしても、レベッカを拐うのは簡単だったな。あのルーカスが警備を担当していたはずだが」


ゴンッ!!不穏な音が馬車内に響く。

「親が親なら、息子もマヌケだな」


ブチッッッッ!!


「何の音だ?」

男達は辺りを見回すがわからない。


再び話を始めた。

「今ごろルーカスって奴、必死になってベソかいて探している頃だぜ!! がはははっがぐばぁぁぁっっっ」

下品な笑いのまま男が吹っ飛んだ。

と、同時にレベッカがすくっと立つ。


「この辺りのゴミが、聖人君子を汚すような言葉をはくのが聞こえたの。そこの貴方、何か聞こえなかった?」


「お、お前、どうやって縄を解いた?!!」


「解く? これの事かしら?」

ブチブチに切られた縄を見せる。

「あんな細い糸は引っ張ったら切れたわ」

引きちぎられた縄を侯爵と呼ばれた男に投げつけ、レベッカが男を感情のない顔で見据える。

「ああ、そう言えば・・・お前の甲高い耳障りな声も、あの尊いルーカスお兄様を悪し様に言っていたわね」


「ひいい」

侯爵は、魔王降臨を間近に見た。


レベッカの黒い瞳は、瞳孔が開きっぱなしで、その奥の闇が延々と続いていた。


後ろで手下共が、恐ろしさで逃げ出すが、後ろ向きで投げた剣が的確に足に刺さった。


「ぎゃー!!!」


それを見て侯爵が、土下座で「助けてくれ」と訴えた。


が、聞く気はない。

なぜなら、彼がルーカスを『まぬけ』と言ったから。


「まぬけは自分だったと、どうぞあの世で後悔しなさい」

レベッカが剣を振り上げた。



◇□ ◇□ ◇


まだ、ハンネスがレベッカに幻想を抱いているちょっと前。


縛られて震える女性に全身全霊の愛を傾けていたハンネス。


だが、そのときは来てしまった。

魔王の目覚める時が・・・。


外の犯人達が合流し、これからの計画を話始める。


その計画とは、レベッカを殺した罪をハンネスに着せて、ハンネスを討伐するというものだった。


「あいつら、勝手な計画を考えやがって・・、レベッカ嬢、君だけは絶対に守るからね」


「はい」


弱々しい返事が、ハンネスを奮い立たせた。

「先ずはこの縄をなんとかしないといけない」

だが、太い縄を何重にも巻かれて、全く身動き出来ない。


ここで、外の奴らがバルケネンテ公爵家の事を言い出した。

弱々しく踞っていたレベッカが、顔をあげる。


「今、あいつら・・・ルーカスお兄様の事を言ってましたわね」


ハンネスがレベッカを見た時、レベッカの目が完全に座っていた。


「え? レベッカ・・・?」

もう、今までのレベッカではなかった。

後ろ手に縛られているにも拘わらず、ダンッと床を蹴って飛び上がりスックと立つレベッカ。


そして、いとも簡単にブチっと縄を力で引き裂く。


「うえええええ!!?」


恐れ驚くハンネスの横に、ミランが現れ跪く。

「おかえりなさいませ、レベッカ様」


「ふー・・思い出したわ。今からゴミ掃除の時間なの。お兄様には私が元に戻ったから安心するように言って来て頂戴」


「わかりました。・・・それと、この方はどうします?」

転がっているハンネスを、ミランはチロリと見る。


だが、レベッカは一瞥もせずに「今まで守ってもらってた?・・・まあ、一応守ろうと頑張ってくれてたから、自由にしてあげて」

と言い残し幌馬車から飛び出て行った。


「ぐばぁああぁぁ」

何か物凄い音?声?がした。


ミランが立ち去る前に、ハンネスの縄を切ってから、忠告する。

「いいですか? うっかりルーカス様の悪口を言わないで下さいね。言った時、ここが貴方の墓場です」

にこっと微笑みミランも消えた。


幌馬車から見たレベッカは・・もうさっきまでの可憐な女性ではなくなっていた。


いや、人間なのかも疑わしいレベルだ。


その動きはハンネスより速く、正確で何より、強かった。

ハンネスはあれほどまでに打ち込んで訓練していたが、全く叶わないと思い知る。


しかも、彼女の剣には全くの容赦がない。

ハッとする。

彼女が主犯格の侯爵を、叩き切ろうとしている。

どんな奴でも、裁判を受けさせる必要がある。


ハンネスは落ちている剣を拾い、レベッカの剣を間一髪のところで止めた。

レベッカの美しい唇が弧を描く。

まるで、『合格』と言われたようだった。


「私を止めるなんて、やるわね」

レベッカはスルリと剣を下ろし、意外にもあっさり引き下がった。


「じゃあ、未来の騎士団長さんに、この方達の処分を任せるわ」


レベッカは、幌馬車に戻り、一頭の馬を馬車の荷台から外す。

そして、裸馬を気にもせず、ドレスを翻しあっという間に馬上の人に。


そして、颯爽と立ち去ってしまったのだった。


まるで、劇場の一幕のようだ。


ハンネスはこのときに至っても、まだ、あの可憐でたおやかなレベッカが戻ってくるのではないかと、あり得ない期待をしていた。


ハンネスの夢と幻のお姫様は、永遠に消え去り、ライバルだった少女は立派な魔王に変貌を遂げていたのだと理解するのは、もう少し時間が必要なのかも知れない。


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