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33 ハンネス、気合いの対面


ハンネス・ベイエルは、騎士団長コーバス・ベイエルの長男である。


彼は幼い頃から、剣術の他、武道全般、同い年の男子に負けた事がなかった。


なのに、なのに・・・。

10歳の時、同じ年齢の女の子に、ぼろぼろに負かされてしまったのだ。

そこで彼の負けん気に火が着いた。

「あの女に勝てるまで、国には帰らない!!」

その言葉を残して、隣国に留学した。

そうして、隣国の剣術大会で優勝し、満を持し帰国したのだった。


「おお、久しぶりだな。いつ帰ったのだ?ハンネス」

アルナウトが、幼馴染みに声を掛ける。


2歳下とは思えぬほど体格が大きいハンネスの背丈は、アルナウトとほぼ変わらない。


「はい、昨夜遅くに着きました」

ハンネスの良く通る声が、王宮に響く。


ハンネスが気合い十分で、帰国した理由。

それはレベッカに勝つ事だ。

アルナウトは、その詳細をハンネスの父である騎士団長から聞いていた。


「気迫は十分に伝わってきたが・・・。実はハンネスに伝える事があるんだが・・」

レベッカの記憶がない事を話さねばならない。


アルナウトはレベッカの事をずっと想い続けてきた。

ハンネスも理由は違うが、レベッカを思い続けていたのだ。


彼の追い求めていた目標が消えたとなったら、どんなにショックを受けるだろう。アルナウトの口から、真実を話すのを躊躇った。


「何か?」


「レベッカの事なのだが・・・」

レベッカの名前を出しただけで、彼の赤に近い茶髪が逆立ち、真っ赤な瞳に力が入る。

この幼馴染みに、レベッカの現状を伝えるタイミングを完全に逸した。

「今日、王宮にレベッカ嬢が来るので、その時会うといい」


「わかりました。やっと、あのゴリラ女と会えるのか!!」


アルナウトにとって、聞き捨てならないワードが聞こえた。


「今、ゴリラ女と聞こえたが誰の事だ?」

アルナウトから、さっきまであった友情の笑みが消えている。


「も、申し訳ございません。私の友人であるベンヤミンがレベッカの似顔絵を送ってくれていて、それでつい・・あだ名を・・」

ハンネスは、レベッカと同じクラスの男子生徒に、彼女の様子を聞いていたらしい。


その手紙を見せるハンネス。

受け取ったアルナウトは、吹き出しそうになった。

そこに描かれていたのは、筋骨隆々のゴリラ顔に金髪の女性? だった。

アルナウトはレベッカのクラスメートを思い出す。


ベンヤミン・ブローツ伯爵令息。

確か、情報通でレベッカと仲良くしている男子だ。

その彼の、舌を出して笑っている顔が浮かぶ。


ハンネスは、すっかり騙されている。この場でレベッカは美しいと言っても否定するだろう。

放っておこう。

アルナウトは、ニヤリとほくそ笑み質問する。


「レベッカに会ってどうするのだ?」


「この日のために、何年も頑張ってきたのです。やっと対決出来るのです!! その時に是非勝負を挑みます!!」


ああ、やはり決闘する気か・・・。

でも、今のレベッカに剣は握れないし・・・。


アルナウトは心配になったが、最愛の人を『ゴリラ』と言われた事を忘れていない。


この件については敢えて放置した。




もうすぐレベッカ自ら、一ヶ月後に迫った誕生日パーティーの招待状を届けに王宮に来る。


それで、アルナウトは朝からイソイソと落ち着かない。

王太子自ら、レベッカの為のお菓子を指示し、座るソファーの堅さ、位置を何度も変えさせた。


アルナウトとハンネスが待つ中、レベッカの訪れを告げる侍女。


二人の男がゴクンと唾を飲む。

一人は愛しい女性の訪れに胸を熱くし、もう一人は長年のライバルの登場に魂を(たぎ)らせた。


扉が開いて、そこから現れて深くカーテシーをするレベッカ。


今までのレベッカのカーテシーは、舞台女優のようにまさに主役級の堂々たるお辞儀だった。


しかし、今の彼女のカーテシーは、控えめながら女性の繊細さと美しさが指先まで凝縮した、まさに淑女のカーテシー。

莉菜は知らずとも、子供の頃からしているお辞儀は、体が覚えていた。


見惚れる二人に、王宮侍女長がコホンと響く咳払いで、目を覚まさせる。


「ああ、今日はよく来てくれた」

アルナウトはレベッカから目が離せない。すぐにでも横に行って、抱き締めたい!! が、我慢する。


「僭越ながら、私の誕生日パーティーの招待状をお渡しすべく、罷りこしました」


公爵家とはいえ、相手は王家だ。流石に送りつけるのは失礼に当たる。

本来ならば、ルーカスが持って来てもよいのだが、ドレスの事でレベッカと話をしたいとアルナウトが頼みこんで、レベッカが参上したのだ。


「わざわざ、すまなかった。さあ、こっちに来て座ってくれ」


アルナウトはわざわざ自分が座っている横に呼ぶ。


普通はお向かいの席に座るものなのでは?

と、莉菜が常識を考えて正しい席を決めかねている時に、ハンネスの「ちょっと待ったぁぁぁ」の声に中断した。


「レベッカ? あのレベッカ? 騙されてはいけません、殿下。化粧でごまかしているはずです!!」

ゴリラではないレベッカに動揺するハンネス。

次にレベッカに向き直る。

「貴様、私の事を忘れたとは言わせんぞ!!」

可憐なレベッカに、今までの修行を忘れてボーッとしてしまったが、正気を取り戻したハンネスが叫ぶ。


「ごめんなさい。昔の事を覚えてなくて」

それは記憶喪失のせいなのだが、ハンネスには違う意味にとらえられてしまった。


「ははーん。私とのやり取りなどは、思い出せぬほど些細な事だったと? だが、貴様のせいで私は今日まで血反吐を吐く程の修行をしてきた」


ハンネスがぼろぼろになった剣をレベッカに差し出す。


莉菜はその意味が分からず、その剣を素直に受け取った・・・

瞬間、剣が重たくてよろけ、足に落としそうになる。


驚いたのは、ハンネスだ。


慌ててレベッカの体を支え、剣がレベッカの足に落ちる前に掴んだ。


「ああ、重たくて・・大切な剣を落としてすみません」


レベッカの謝罪に、ハンネスは固まったまま動けない。

10歳だったレベッカは、気迫の鬼だった。しかし、目の前のレベッカは、清楚で可憐で腰は折れそうに細い。

大事な剣を落としそうになったと、すまなそうにしている女神がすぐそばにいる。


これほどまでにたおやかな女性に、自分は今何を言っていたのだ?


「ベンヤミンの野郎・・・騙したな・・・」とここで、ようやく自分がベンヤミンに騙されていたとわかった。

そして、目の前の女性をもう一度見ると、そこには・・・・。


「あなたのような美しい女性に、剣など無粋なものを持たせてしまい、申し訳ありませんでした」


『貴様』呼びから一気に『あなた』呼びに昇格である。しかも、レベッカの手をはなそうとしないハンネスの変化に、アルナウトが焦る。


今までアルナウトとハンネスは、目的は違うがレベッカというゴールの目標は同じだった。


たった今、ハンネスの目的も同じになったと確信したアルナウトが、素早くレベッカの手を自分に取り戻す。


「レベッカ、こちらにおいで。ハンネス、君の用事は終わっただろう? 今日は家でゆっくりしたまえ」


殺気を前面に出した笑顔のアルナウトに言われて、仕方なくハンネスは部屋を後にした。


アルナウトは新しい敵を作ってしまった事を後悔したが、遅かった。

そして、アルナウトが拗らせに拗らせて、今や熟成された初恋相手を見やると、その初恋の君は現在、美しさを無防備に放出しているのだ。


これ以上敵を作る前になんとかしないといけない。

アルナウトは、レベッカ囲い込み作戦を執事や侍従、侍女を巻き込んで会議し、良い案が出たのはその日の夜遅くだった。




その夜のハンネス。


ベッドに入ったが、何かに突き動かされるように跳ね起き、剣を

持って庭に出た。


「くっそー!! ベンヤミンの奴ーー! レベッカの絵、似ても似つかないじゃないか!! 性格だって『ドラゴンのような強心臓の持ち主だ』・・って嘘をつけ!! 花のような優しい心の女性じゃないか!!」


ベンヤミンは、性格だけ本来のレベッカを適切に言い当てている。

だが、今のレベッカには当てはまらない。


あれだけ、追い越したいと思っていたライバル・・・が追い求めたい女神に変わった。


「くっそー!! あの、お転婆なあいつはどこに行ったのだ!! 時が経てばあれほどの女性になるなら誰か教えて欲しかったーーー!! そしたら・・・」


そうしたら、留学などせず側にいたのに・・・。と悔しがる。

留学先まで、アルナウトがレベッカの事を手紙で知らせてきた時は、じゃじゃ馬ゴリラが好みなのかと笑っていたが、そうじゃなかったー!!


レベッカと同じ年なら、上手く行けば、同じクラスだった。それなら、仲良くなるチャンスはいっぱいあったのに・・・。


悔しがるハンネスだが、入学当初同じクラスなら、きっと決闘になってフルボッコにされていたはず。


眠れぬ脳が癒しを求め、彼は父の書斎から酒を持ち出しあおるように飲んで漸く眠りに就いた。


夢に浮かれるハンネスが、夢からたたき起こされるのは、すぐそこに迫っていた。


幻は早かれ遅かれ、いつか覚めるものだ。


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