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32 アルナウト殿下とご対面


アルナウトがレベッカに会いたいと、公爵家に頼んでから返事が来たのは、一ヶ月後だった。


レベッカが大ケガをしたのは、自分を助けた為なのだ。だから、強くは言えずひたすら待った。


ルーカスの事故を回避しようと、慌てて無防備に転移したら、まさか自分がその事故現場の真っ只中に移動するとは・・・。


そして、轟音と共に何本も落ちてくる木材。

その音に紛れて聞こえたのは、レベッカが自分を呼ぶ声。


次の瞬間、レベッカに突き飛ばされながら見た光景は、今も悪夢で毎晩見ている。


愛しい女性が、巨木に飲み込まれていくのだ。そして、必死で辿り着いた彼女は息もしていない。

レベッカが、二度と自分を見ないなんて・・・。

鬱陶しそうにしてもいいから・・・舌打ちをしてもいい、だから目を開けてくれと泣きながら叫んだ。


息を吹き返したレベッカは、すぐに公爵家に運ばれた。

王家から、優秀な治癒魔法医師を何人も派遣した。

その甲斐あって、レベッカはみるみる良くなったと聞く。

しかし、何度申し込んでもレベッカに会う事は叶わない。


そうして、長らく待たされ漸く今日会えるのだ。


アルナウトは朝から自室を行ったり来たりと落ち着けず、うろうろを繰り返していた。


記憶がないのなら、思い出のハンカチを持っていこう。そうだ、あの時買ったお揃いのピアスはどうだろう? よし、着けていこう。


何度も持ち物や服装を確認し、それでも尚、心配だった。


そうしてやっと訪れる事が出来たバルケネンテ公爵の屋敷。

公爵邸のレベッカの部屋の前に案内される。

体力が戻らないレベッカのために、彼女の部屋で会うことになったのだ。

レベッカの部屋の前まで来たアルナウト。

だが、案内の侍女がノックをするのを「ちょっと待ってくれ」と止めた。


緊張で、喉がひりついて部屋に入る前に飲み物を頼んだ。

喉を潤し、今度は自分からレベッカの部屋をノックした。


「どうぞ」


声量は小さいが、レベッカの声だ。

アルナウトは感動で胸が一杯になる。


開かれた扉の向こうで待っていたのは、一回り小さくなったレベッカだった。

実際には元の体重まで戻っているはずなのだが、なぜか小さく見える。


「この度は、私の治療に多くの治癒魔法医師を派遣して下さいまして、誠にありがとうございます」


深く頭を下げるレベッカ。


「頭を上げてくれ。私の命を救おうとしてくれたあなたに、医師を派遣するのは当たり前の事だ!!」


レベッカの手を取って、頭を上げるように頼む。

すると、レベッカがアルナウトに手を預けたまま顔を上げた。


そして、じっとアルナウトの顔を見ているではないか。

その瞳には、いつもの煙たがる感情はない。

不安げに震える睫。瞳には強気の光はなく、黒い瞳は恥ずかしげに潤んでいる。


ーーーえ?

恥ずかしげ?


アルナウトは、不躾にもまじまじとレベッカの顔を見てしまう。

しかも、その小さく白い手を握ったまま。


莉菜はアルナウトに手を握られたまま、距離を取ることも出来ずに戸惑う。


「あの・・・」

耳まで赤く染めて俯くレベッカを見たアルナウトの衝撃は、半端なかった。


「か・・可憐過ぎるだろう・・」

可愛さのあまり、胸が(えぐ)られたのでは?と思うほど苦しくなった。


「アルナウト殿下。申し訳ないのですが、レベッカを座らせてやって下さい」

低く、冷たい指摘がアルナウトに刺さる。


ハッとして後ろを向くと、顔は張り付けた笑顔だが、目は全く笑っていないバルケネンテ公爵とその令息が冷気を放出しながら立っていた。


「ああ、そうだったな。レベッカ、立たせたままで済まなかった」

アルナウトが壊れ物を扱うように、支えながら座らせその隣に自分も座った。


「おいおい、横に座るなよ!!」

と、声は漏れ出ていないが、ルーカスが全身で訴える。

しかし、もっと危ない人物が横にいた。

バルケネンテ公爵だ。


彼は、既に物理的にわからせる攻撃を仕掛けようとしている。

ルーカスは慌てて父の手を押さえ、首を横に振った。


鼻息は未だに荒いが、ルーカスの冷静な行動によって、少し公爵が落ち着いた。


「もう、体は痛むところはないか?」


アルナウトが、心配げにレベッカの返事を待っている。

手を握ったまま。


莉菜はアルナウトが王族だと聞いていたので、手を払い除けるなんて真似は出来ない。

今までのレベッカなら、ペシッと打ち払っていたが・・・。


アルナウトの手が熱く、とても気になるがそこは心を無にして答える。


「はい、治療のお陰で痛みは全くありません。少し、体力が戻らずに困っていましたが、お兄様と一緒に散歩をして随分と歩けるようにもなりました」


「そ・・そうなのか・・。俺とも・・その、散歩は出来そうか?」


今までのレベッカなら、返事はこうだ。

『一人で行けば?』


「はい、長い時間でなければ、我が屋敷のお庭をご案内できます」


莉菜が優しくアルナウトに微笑み掛けながら、承諾の返事をする。


「俺と一緒にいってくれるのか? 」

アルナウトはまさかの返事に、おどおどが止まらない。


戸惑っている間に、ルーカスの横やりが入る。

「元気になったといえ、殿下の案内はまだ無理でしょう。殿下、私が庭園の案内をさせて頂きますよ」


さあ、どうぞとばかりに、部屋の外に出そうとする魂胆が丸見えだ。

イーサンも、息子の行動に小さくガッツポーズを取っているではないか。


アルナウトは窮地に立たされた。

いかん!!

このままでは、レベッカの部屋に来たばかりだというのに、追い出されてしまう!!


だが、ここで普通の男なら、親の前で絶対に出来ない事をやれてしまうのが王族の強みだ。


なんと、イーサンの前でレベッカを抱き上げて、「これならば、レベッカ嬢も疲れまい」と悠々と二人の前を通りすぎて、部屋を出ていく。


「あの・・あの・・アルナウト様・・私・・歩けます」

莉菜はこのスタイルで散歩という名の苦行は二度目だ。


この世界のお散歩は、このスタイルが多いの?

ピンクに染まるレベッカを見ながら、ルーカスとイーサンの歯軋りがガリガリと響きわたる。

アルナウトはそんな二人の前を、そ知らぬ顔で通り過ぎた。


庭園に出ると、爽やかな風が二人を通り抜ける。

「俺は、レベッカに助けられた後、後悔ばかりしていた」


先ほどまでと違い、重苦しい声でぽつりぽつり語り出すアルナウト。

彼が、今までどんなに苦しんでいたかを莉菜が(おもんぱか)る。


自分を助けてくれた相手が、目の前で大ケガをしたなんて、ずっと責任を感じてしまうだろう。


莉菜は、心の中に残ってる感情を探り、彼に伝えた。


「きっと、記憶を失う前の私は、必死で殿下をお助けしたのだと思います。僅かに残っている記憶ですが、あなたが無事だと思った瞬間心から安堵したのを感じました。だから、私も殿下も無事な今、もう責任を感じるのは終わりにしましょう」

アルナウトの腕の中。

愛しいレベッカが、いつになく優しい労りの言葉を掛けてくれる。


しかも、慈愛に満ちた瞳でいうのだ。

いつもならば、挑戦的で小悪魔な瞳。それが、全てを受け入れてくれる女神の微笑みに変身している。

このギャップに堪えられるわけがない!!


常軌を逸したアルナウトが暴走。

「それならば・・・キスしても・・ゴンッッッ」

不敬を承知で、ルーカスが王太子の頭を叩く。


「御理解頂いているものと思っていたのですが、レベッカは現在記憶をなくしているのですよ!! 抵抗出来ない妹に、何て事するんですか!!」


「・・・そうだった・・今、自分を見失っていた。」

アルナウトの理性は、清楚系レベッカの前に崩壊していた。


「どうやら、アルナウト殿下はお忙しい故、頭が混乱されているようだ。早めにお帰り頂いた方が良いだろう」

庭園の草花、全てを凍らせてしまいそうな程、冷たい冷気を放出しているイーサン。


「そうだな・・では、最後に・・。レベッカ、今度の君の誕生日パーティーに君のエスコートをすることを許して欲しい」


アルナウトが、レベッカに懇願するように片膝突いて、レベッカを見上げる。


莉菜には、こんな時どうすればいいのか経験がない。

しかし、王族の彼の申し出を断れば、大好きな家族が迷惑を被るのでは? ならば、エスコートくらいした方がいいのでは?


その思いから、つい・・こくんと頷いた。


バキッッ。

イーサンの噛み締めた奥歯が折れた。


驚いて振り返った莉菜だが、イーサンは笑顔だ。

安心して、再びアルナウトを見ると、見開いた目が潤んでいる。


「神様、ありがとうございます。あなたがくれたこのチャンス、絶対に無駄にしません」

ブツブツと呪文を唱えるように呟いているアルナウト。


その後ろで「殺す。絶対に殺す」と瞳孔開きっぱなしの公爵。


莉菜は悟った。迂闊に頷くと、この世界では大変なことになるのだと・・・。


更新、遅くなってすみません

(;>_<;)

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