30 レベッカ消滅(3)
レベッカが目覚めたと報告するために、イーサン・バルケネンテ公爵が自ら王宮に赴いた。
手紙でもよかったのだが、敢えて出向いたのには、理由があった。
ファース・フォンダン・クノフローク国王の執務室に入るイーサン。
そこには、アルナウト王太子も神妙な面持ちで、報告を待っている。
「此度は、息子を助けてくれたこと深く感謝している。そのために、レベッカ嬢が重症を負った事、本当に申し訳なかった」
国王と王太子が頭を下げる。
「いえいえ、王太子殿下をお守り出来た事、娘も誉れに思っているでしょう」
イーサンの言葉は、王族への配慮を感じるが、目だけは鋭く光り、『お前のせいだ』と言わんばかりにアルナウトを見ていた。
イーサンもアルナウトのせいではないと、頭では理解しているが態度までコントロールできない。
「今日はレベッカが目を覚ました事を、ご報告に上がりました」
イーサンの言葉に、アルナウトの苦渋に満ちた瞳が、喜びに開かれる。
「では、すぐに・・・」
不敬にもアルナウトの言葉をイーサンが遮った。
「しかし!! 娘は記憶を失い自分の事も我々家族の事も、全く覚えておりません」
衝撃の知らせに、アルナウトがガタンと椅子に座り込んでしまう。
「・・・それでは、レベッカは俺の事も?」
「全く覚えていません」
イーサンが告げると、アルナウトが項垂れた。しかし、目が覚めたのならば、どうしても会いたい。
そのアルナウトの心を先読みしたイーサンが、王宮にきた本来の目的を果たすべく、頭を下げて王に申し出る。
「従って、暫く落ち着くまでは、家族で見守っていこうと考えています。どうぞ、娘が心穏やかに治療に専念するお時間を頂けるよう、伏してお願い申し上げます」
レベッカの負担をなくすように、王族のアルナウトが見舞いに来ないように、先手を打ったのだ。
国王も、命がけで息子を守ってくれた相手の家族の望みを、聞かないわけにはいかない。
「よくわかった。アルナウトもそなたの願いを聞き入れるだろう。レベッカ嬢が元気になることを心より望んでいる」
国王の言質をもらったイーサンは、すぐに御前を辞した。
国王の執務室の扉が閉まる前、アルナウトの苦悩する顔が見えたが今は娘が最優先だ。
常々、アルナウトの行動やルーカスからの話で、彼がレベッカをどう思っているかは、分かっている。
今の彼の気持ちは察するに余りある。
だが、今イーサンにとって何よりも大事なのは、家族なのだ。
レベッカの安寧だ。
これで暫くの間、王太子が我が家に来ることはないだろう。
イーサンは、不安げな娘の顔を思いだし、ため息をつく。
あんな状態のレベッカに、王族が見舞いに来たとなれば、緊張で悪化してしまうかも知れない。それだけは避けたかったのだった。
その頃、昼近くになって再び目を覚ました莉菜が混乱に陥っていた。
夢だと思っていたが夢が覚めないのだ。もう、これは現実ではないのか?と狼狽えている。
「お嬢様? 久しぶりに食されるので、まずはスープからどうぞ」侍女が透き通った食欲をそそる、金色に光るスープを持ってきた。
もう一人の侍女が手早く、莉菜をベッドに座らせ肩掛けをかける。
そして、また別の侍女がベッドテーブルをセットした。
至れり尽くせりで、莉菜はお人形の様にされるがままだ。
「いただきます」
侍女が見ている中、食事をするのは気が引けたが、三人の侍女が莉菜がスープを口にするのを、待っているので、まず一口飲む。
「美味しい・・・。とても美味しいです」
莉菜は誰かに食事を作ってもらった記憶がなかった。
あったのは、小学校の頃の給食くらいだ。
「お嬢様!! お体が治ったらどんどん料理をお持ちしますね」
侍女の一人が、鼻息荒く一歩前に出る。
「あ・・ありがとうござい・ま・・す」
恥ずかしげに感謝の気持ちを述べると侍女三人が一斉に、『ほわーぁぁぁ』と奇妙な奇声をあげた。
「以前の強いお嬢様も素敵でしたけど、か弱そうなお嬢様も・・・堪らないわ」
と、こそこそと話す。
そこにルーカスが、部屋に入ってきた。
「レベッカが起きたと聞いてきたのだが、もう、スープまで飲めるようになったのだね。無理せずに飲むのだよ」
「はい。ありがとうございます・・えっと」
誰か分からずに莉菜が、戸惑う。
「私は君の兄のルーカスだよ。以前はお兄様と呼んでくれていたんだ」
ルーカスが少し寂しげに、話す姿に莉菜が罪悪感を覚えた。
少しでも、ルーカスを喜ばそうと、呼んでみる。
「ありがとうございます。お、おおにいさま?」
初々しい話し方。
部屋にいた全ての者の心が、ピンクの矢で射られた。
「フゴッッ!! このレベッカは新鮮だ」
ルーカスの言っている意味が分からず、小首を傾げる莉菜。
「私の妹は、これより門外不出だな」
「確かに、このあどけなさは今までにないレベッカだ」
王宮から戻ったイーサンがレベッカの部屋にいつのまにかいて、息子の言葉に同意する。
「ルーカスを兄と呼ぶなら、私も『お父様』と呼んで欲しい」
イーサンが、頼むと莉菜は再び恥ずかしそうに頬を染めて、「お父様?」と疑問符をつけながら言う。
「くううう。見たか?ルーカス。今世紀最高の『お父様』だ!!」
目頭を抑えて天井を仰ぎ見るイーサン。
「思い返せば、レベッカは生まれた時から既にレベッカだった。気が付けば誰よりも強かったし・・・。可憐な乙女のレベッカを見れるなんて・・」
イーサンが幼い頃のレベッカに思いを馳せていた時、シャーロットが怖い顔をしてやってきた。
「あなた!! お話があります。こちらにきてください!!」
扇子で顔を半分隠してはいるが、妻の隠しきれない憤怒が頭上の角となって現れている。
何を怒っているのか分かっているだけに、行きたくない。
イーサンの足が生まれたての子牛のように震える。
実はアルナウト殿下のお見舞いの件で、夫妻の意見が割れていたのだ。
イーサンは娘の怪我の原因の王太子が見舞いにくれば、レベッカの記憶が悪化すると思っていた。
だが、妻のシャーロットはアルナウトに会わせることで、良い刺激になるのではと考えていたのだ。
話しは平行線のまま膠着していたにも拘わらず、イーサンが一人でアルナウトのお見舞いを待って欲しいと王宮に願いでていたのだ。
当然、シャーロットの怒りは爆発。
だが、シャーロットの味方は侍女の女性陣だけ。頼みの息子のルーカスも父につく。
しかもイーサンの意見に賛成なのは、殆どの男性陣だった。
ここで、バルケネンテ家を二分する抗争が始まった。
執事も庭師も料理長でさえ、レベッカをアルナウトの目に触れさすのは反対だった。
それはアルナウトに限らず、他の貴族の男性の目に止まる事がないようにすべきだと訴えていた。
しかし、王太子殿下とのラブロマンスを望む多くの侍女達は、今こそアルナウト殿下の愛の力で、この困難を乗り越えるべきだと声高に唱えた。
この抗争の行方は・・・。
30話目です。ここまで読んで頂いてありがとうございます。
まだまだ続く予定なので、どうぞよろしくお願いします。
( ゜∀゜)ノ




