27 幕間(ジュリアとレン)
「俺・・もう・・あのお嬢様の護衛するの・・怖いっす・・無理っす」
レンが珍しく、レベッカに業務内容の変更を願い出ている。
「どうして?ジュリアを影から見ているだけでしょう?」
ミランと打ち合わせ中のレベッカは、話し半分で聞いていた。
「だって、どこに忍んでいても俺を見つけては、駆け寄ってくるんっすよ」
「お前の隠密スキルなら、見つかるはずはないのだが?」
ミランが資料から目を離し、首を捻る。
「何か・・・俺の匂いがするとかなんとか・・・」
レベッカが眉間に皺を寄せ、レンから距離を取る。
「あらやだ、レン。あなたお風呂に入っていないの?」
「いや、そんな汚物を見る目をしないで下さいよ!! 俺、毎日ちゃんと風呂に入ってるっすよ!!」
必死の言い訳をするも、レベッカが近寄るなと拒絶。
「確かに無臭だが、お前の隠密スキルの一つ『同化』に気が付く奴がいるとは思えない」
ミランが冷静に分析をする一方、レベッカの眉間の皺はそのままだ。
「本当に変な匂いとか、体臭とかじゃないのね?」
「本当っす!! そんなに疑うなら、匂い嗅いで下さい」
近寄ろうとするレンに、レベッカは椅子から立ち上がって逃げる。
「分かったから。兎に角その件、本当にお風呂に入っているのかは、きちんと検証しましょう」
・・・・・・
レベッカの提案で、隠密スキルで壁に同化したレンが潜む。
そこに、何も知らないジュリアが呼ばれた。
「お茶のお招きありがとうございます。レベッカ様」
「珍しい紅茶が手に入ったので、是非、一緒にと思いまして・・・。それと、これからの事を相談したいと思いましたの?よろしくて?」
珍しい紅茶と聞いて、ジュリアの瞳が輝く。
男爵家では中々飲めない種類の紅茶が、公爵家には多数ある。
だが、ジュリアは二歩部屋に入ると、何かのスイッチが入ったように瞳が険しくなる。
まるで、往年の腕利きの刑事のような鋭さだ。
すんすん。すんすん。
彼女はまるで犬のように鼻を利かせると、真っ直ぐレベッカの部屋を突っ切って、窓際の壁の前で立ち止まった。
「・・・えーと、ジュリアさん?・・こちらにお座りにならないの?」
壁に鼻が付きそうな至近距離で立ち尽くすといった、ジュリアの異様な行動に、流石のレベッカも引く。
しかし、そのままの姿勢でジュリアは動かない。
壁に向かったまま返事をする。
「いいえ、私はここでお茶をいただきたいですわ」
おかしいでしょ・・・?
壁に向かってまっすぐ立つ女。
レベッカはその光景に突っ込みを入れたかったが、我慢した。
「ジュリアさん? そこに何かありますの?」
「スーハースーハー・・」
ジュリアは瞳を閉じて深呼吸を繰り返している。
「あの・・、ジュリアさん?」
「今私の目の前には、神が私に与えし聖域が展開されているのです。レン様から発する数多の香りをかぎ分けて、私の脳内に記憶する・・・。これが、スマホも録画も出来ないこの世界に置いて唯一私に出来ること」
入り口に立っていた、ミランが「こいつ何を言っているのだ?」と額を押さえる。
「分かります!! 分かりますよジュリアさん!!」
レベッカがジュリアの話に共感した。
「わかるんかい!!」
ミランが絶叫する。
そして、この部屋がカオスになる前に、レンに「出てこい」と手招く。
「ジュリア嬢は、どうしてレンがここにいると分かったのですか?」
ミランがジュリアに問うが、レンに触れることなく、うっとりと見つめたまま、返事をする。
「レン様の芳しい香りはもちろん、レン様から放たれる神々しいオーラは、どんなにお姿を隠されようとも、隠しきれるものではございません。」
同じ様なことを聞いた事がある。とミランは記憶を辿った。
それは、横でうんうんと頷くレベッカから聞いたのだ。
「・・・つまり、どこにいてもこんな感じで、全く隠れている意味がないんすよ。これじゃあ、任務もまともに出来ません」
レンが悲鳴をあげている。
どんなに隠れても、彼女にはバレてしまう。確かに、さっきの異常な行動を取られては、レンの身も危ない。
「ジュリア、貴女の気持ちはよく分かるわ。でも、推しが側にいても普通の行動を取ってもらわないと、レンに護衛させられないわ」
ジュリアが衝撃を受け、よろよろとソファーに座り込む。
「推しを目の前にして、そ知らぬ顔を?・・・出来る気がしない」
ジュリアはぐっと決意を固め、立ち上がった。
「他の方の護衛で、いいです。私のせいでレン様を危険に晒すなんて、推しへの冒涜でしかないもの」
涙を流して、レンの護衛を断るジュリアに、レンが頭をポンポンと優しく撫でた。
「分かったよ。ジュリア嬢が気が付かないくらい隠密スキルのレベルをあげてやる。だから、このまま護衛を続けてやる」
レンがレベッカに『いいっすよね?』と振り向く。
レベッカが「ジュリアがいいなら」と答える。
が、ここでジュリアの答えがない。
さっきのレンの頭ポンポンで鼻血を出して、気絶をしていたのだった。
「・・・不安しかない」
レンが、既に後悔を始めた。




