25 自業自得の占い師(1)
ルーカスはエミリエンヌと来るはずだった、ランチが美味しいと評判の定食屋に来ていた。
バルケネンテ公爵家がよく行くレストランでは、エミリエンヌが緊張するのではと、考えに考えた庶民的で可愛らしいお店だった。
そんな彼の前に、お店に全く似つかわしくない男が、これまた似合わない本を読んで唸っている。
そう、レベッカに本を押し付けられた男二人が、個室でお昼のメニューのオムライス定食を前に本を読んでいた。
「お前のせいで、折角上手くいっていたレベッカとのデートがなくなってしまった・・・」
アルナウトが、本をテーブルに叩きつけてルーカスに八つ当たりする。
「私のせいではありません。それより、料理が冷めるので、先に食べましょう」
ルーカスも本を置いて、スプーンを持った。
「ああ、そうする。ところで、なぜエミリエンヌが帰ったのか分かったか?」
食べ始めたアルナウトが、レベッカに渡された本を、指先でコンコンと叩く。
男達が血眼で読み漁っていた本の題名は、『純真な乙女は、いつだってあなたの言葉を待っている』で、その表紙はピンクのバラに可愛い女の子の絵が描かれていた。
内容は3人の女の子の恋愛話がオムニバス形式で3話掲載されている。そして、至るところに、恋愛あるあるが書かれていた。
「この本の56ページに、よく似たシチュエーションがありましたよ。きっと店に入って即決しなかたからでしょう。だらだらと優柔不断で決めれない男は嫌だと、本に書いてましたから」
ルーカスが、わざわざ56ページを開けて、アルナウトに見せる。
「・・・お前、他は有能なのに、恋愛は全くもって残念な奴だったのだな・・」
アルナウトが可哀想な生き物を見る目で、憐れむ。
「殿下に言われたくないです。そう言う殿下は、この本を読んでヒントになったのですか?」
「ヒントも何も・・この本は意中の男との恋愛話ではないか。そもそも、俺は・・・」
レベッカは自分を意中どころか、眼中にもないのだ。
アルナウトが、惨めさに言葉を飲み込む。
美味しいはずのオムライスが、砂を噛むように味がない。
こうして、ピンクの本とオムライスが似合わない男二人のため息だけが、定食屋に満ちるのだった。
一方、蛙と大蛇組はと言うと・・・。
ジュリアの汗が尋常ではないほど、額からに流れて膝に置いてある手の甲に落ちている。
「なる程・・、ではジュリアさんは、全くルーカスに執着していないのね?」
レベッカに問い詰められて、ジュリアはコクコクコクと頷く。
二人がいるのは、公爵家の秘密の小部屋。
小部屋というと可愛らしく聞こえるが、置いてあるものは、古来から伝わる数々の拷問道具。
それを見せつけられて、ジュリアの精神が平常でいられるわけがない。
最も、レベッカはこれを使おうなどとは考えてもいないのだが。
ちょこっとした脅しのつもりだ。
これが、『ちょこっとした』に入るのかは、個人差が大いにある。
「すみません!! ごめんなさい!! それに、アルナウト殿下も全く興味ないです。ごめんなさい!!」
机に額を付けて謝るジュリア。
「ふーん。でも、あなた、随分ルーカスに付き纏っていたじゃない。どーして?」
レベッカは優しく微笑んで、尋ねた。
目は笑ってないが。
「それは・・逆ハーエンドの場合にだけ、隠しキャラである私の推しが出てくるんです。どうしても、彼に会いたくて!!」
推し・・・。
その言葉にレベッカは、心の中で激しく同意していた。
くっ!!分かるわよ。その気持ち!! ここまで来て推しに会えないなんて、転生した意味ないわよね。生まれたすぐに推しに会えるなんて、なんてツイてたのかしら。子供の頃のルーカスなんて・・・。
脳内で、可愛らしかったルーカスを再生していると、ジュリアに手を掴まれてルーカスの再生が止まる。
「お願いです!! 元の悪役令嬢に戻って下さい。でないと、愛しいあの人を救うことが出来ないんです!!今からでも遅くないはずだわ!!」
ジュリアの必死さに、レベッカとしては共感できるので、無下には出来ない。
「まず、あなたの推しって誰なの?そこから教えて下さらないかしら?」
レベッカが握られた手をほどいて、ジュリアを椅子に座らせた。
「分かりました。私の推しはまだ、出てきてないのですが・・・。もう少し後の学園で開かれる絵画展で、王太子を狙った暗殺未遂が起きるんです。その暗殺者がなんと王弟殿下の息子。そして、そこに一緒に暗殺者として忍び込むのが、私の推しなんです」
夢見るようにジュリアが、推しを想像し惚ける。
だが、すぐに我に返って話を続けた
「彼は、仲間思いで王弟殿下の息子のテオファーヌが辛い思いをしていないか心配で、王宮に忍び込んで捕らえられるの。ここでヒロインが彼の心を救おうと奔走するのよ」
ん?そのイベントって?
レベッカは言いにくそうに答える。
「でも、その王太子暗殺未遂は起きないわよ」
その王太子暗殺未遂事件は、ルーカスがアルナウトを庇い怪我するのだ。そんな危ない危険な事件がおおこる前に組織ごと、レベッカは早々にぶっ潰した。
「どういう事?」
呆然とするジュリアに、レベッカが反対に目を逸らす。
「どういうって、あなた・・隣のクラスにテオファーヌが普通に学生として入学をしているのを、知らないの?」
ジュリアの薄い紫の瞳が大きく開かれる。
「じゃあ、もう・・レンツォ様に会えないの?」
魂が抜けたように、力を無くしたジュリアの肩が落ちた。
「そんな・・レンツォ様の赤い髪を隠すように深く被った黒のマント姿が見たかったな・・・。無口で無表情・・だけど、弟分のテオファーヌと話す時だけ、少し黒い瞳が優しくなるの・・・。レン様に会いたかった・・・」
レベッカは赤い髪の毛で、黒い瞳を思い出す。
だが、無口で無表情という点が全く違う。
どちらかというと、よく喋り、軽くて表情豊か・・・。
まさか・・・。あのレン?
いやいや、違うわよね?
レベッカは、自分の諜報部員のレンを思い出していた。
ペラペラと要らない事まで、お喋りしてしまうレン。
レベッカは、この部屋のどこかに潜んでいるミランをそっと呼ぶ。
「ミラン、悪いけど私の部屋にレンを呼んでてくれないかしら?」
「御意」
音もなく、ミランの気配が一瞬で消えた。
趣味のいいとは言い難い拷問部屋からジュリアを連れ出し、自室へと誘う。
推しのレンツォに会う機会を失ったと、ジュリアがとぼとぼと付いてくる。
きっと、移動しているのも分かっていない。
「ジュリアさん、ここで待ってて下さるかしら。あのね・・・」
ジュリアがゲームで見たレンとは、全く違う人間になっているため、会わせてもいいのかレベッカは躊躇う。
「レンツォはあなたの想像とは違う彼になっているの・・・。それでも会いたい?」
魚の死んだ様な瞳に、光が戻ってきた。
「え? 会えるの?」
「ええ・・。ちょっと違うけど・・」
「本当に?・・・」
胸を押さえて大きく呼吸をしだすジュリア。
「会います。会わせて下さい。彼がどんな姿になっていても、構わないわ」
ここまで言われたからには、レベッカも覚悟を決めた。
ドアの前に立つミランに合図をする。
ドアが開いたそこにはレンツォ事、レンが立っていた。
黙っている彼は本当に、イケメンだ。
黒いスーツ姿のレンに、ジュリアが歓喜の涙を流す。
「良かった・・。入学式のイベントもないし、ハンネスも不在だし・・もう助けられないと思っていたの・・・。本当に良かった」
「ええ!! そんなに心配してくれてたんすか!! 可愛い女の子に泣かれる程好かれるなんて、俺って悪い男みたいじゃないすかぁ」
レンがペラペラと喋り出した。
「・・・・・え?・・・今のレン様?」
ジュリアが驚くのも無理はない。
ゲームのレンツォは、幼少より過酷な日常を生き抜いたせいで、人を信じること無く成長する。
唯一、テオファーヌを弟のように可愛がっていたが、他の者には一切の感情を出す事はなかった。
しかし、レベッカがテオファーヌを助けた際、ついでに暗殺ギルドなるルーカスの害になるものも徹底的に潰した。
その時に、そこにいた子供達と一緒にレンツォも助け出されていた。
現在のレンツォは、面倒なことは人に甘えて押し付けるし、お喋りな明るい青年に育っている。
「ああ、今喋ったの俺だけど・・・。もしかして俺の声って変?」
訳の分からないレンは、急に発声練習を始める。
「あーあーアー・・いい声ぇえぇえ」
ジュリアが下を向いて、肩を震わせる。
折角会えた推しの変わり様に、泣いちゃった?
レベッカが心配する。
だが、ジュリアは涙を流しながら、笑っていたのだ。
「あはは、全然性格違うじゃない!! 良かったわ・・・。レン様が幸せなところを見れて、大満足よ」
嬉しそうに笑う彼女は、憑き物が落ちたように爽やかな顔をしていた。
笑い泣きをしていたジュリアは、一転、真面目な顔をして、レベッカに向き直る。
「逆ハーを狙う為に、エミリエンヌさんにしたことや、レベッカ様に罪を擦り付けようとしたことは、許されるべき行為ではないと覚悟しています。どんな処罰をも受け入れます」
ジュリアは深く頭を下げて、レベッカからの言葉を待った。
そんな彼女を見て、レベッカの口元が弛んだ。
うふふ、これは使える。




