22 手帳(2)
アルナウトは夕食後、王宮の自室に一人っきりで閉じ籠り、手帳を読んでいた。
その手帳は、人物の心の傷や弱点の記載が多いがほぼ間違っている。
だが、人物のことよりもその『イベント』と書かれた出来事である。まるで見ていたかの如く詳細に書かれているのだ。
更に驚くべきことは、これから起きる事も書かれていて、その対処の仕方など緻密に図式で書かれているものもあるのだ。
それにしても、ここで全くもって気に入らない記述がある。
それは、レベッカに関する事だ。
『レベッカは我が儘な性格で身分を盾に平民を蔑んでいる。
そして、何よりレベッカが望んでいるのは、王太子との結婚である』
手帳を読みながら、憤怒が収まらない。
「くそ!! レベッカはそんな女性ではない!! 全く違う!! それに悔しい事に俺との結婚なんて、全く望んでないぞ!! 俺に興味すらないんだ・・・・」
アルナウトは自分で言ってて、悲しくなる。
『レベッカが私と王子様の仲を裂こうとして、最後に王子様に処されちゃう』
「・・・・はあ? あの女は何を言っているのだ? いつジュリアという女と俺とが恋仲になるんだ? 俺がレベッカを殺す? 馬鹿馬鹿しい・・・」
ここで、アルナウトに別の考えがよぎる。
「こいつの手帳に書いてあることは、少なからず実際に起きている・・・つまり・・俺がレベッカを殺す未来もあるのか?」
アルナウトは、レベッカを殺したい程の場面を想像した。
「レベッカが、俺とは別の男の手を取った時、俺が嫉妬に駆られてレベッカを・・・・?」
否、無い・・・。
どんなに愛しくても、それはしない!! だが、と寂しい・・・。
12歳の誕生日から仄かに想い続けて来たレベッカへの愛は、かなり重いものになっている。
レベッカが笑みを見せるルーカスの頭を、つい張り倒したくなるのだ。
実の兄妹だというのに・・・。
大丈夫だ・・・嫉妬に想い悩んでも、レベッカを害することはない。
せいぜいルーカスに当たるくらいだ。
うんうんと自分に切りをつけて、次のページを捲る。
『密室イベントの次の週、盛り上がった二人は、それぞれのプレゼントを買うために町に買い物に出掛ける』
「なるほど・・・今日密室になっていたルーカスとエミリエンヌが町に買い物に出掛けるのか。そうすると、ルーカス好きのレベッカもどこかで覗いているだろう。これを捕まえれば、俺もレベッカと、町でデートできのではないか?」
アルナウトは自分の欲望を実行に移すために、緻密な計画をたてるのだった。
□◇ □◇ □◇
ルーカスは、身嗜みを気にしながら馬車に乗り込んだ。
いつもなら、ルーカスがどこかに出掛けると聞き付けたレベッカが、ギリギリまで付きまとい、見送るのだが今日は来なかった。
ルーカスはその事に何の違和感も感じずに出発する。
いつもなら、その事に疑問を感じるところなのだが、エミリエンヌと会うことに緊張していて、それどころではなかったのだ。
「資料室に閉じ込められた時に、エミリエンヌ嬢から、もうすぐくるレベッカの誕生日のプレゼントを買いに行くと聞いて良かった。お陰で、プレゼントを探しに行くと言う名目で、二人で出掛けることができたのだから」
ハチャメチャな妹を目の当たりにしてきた反動だろうか。
エミリエンヌの控えめで清楚な佇まいに、ルーカスは惚れてしまった。
一緒に買い物に行こうと誘ったが、奥ゆかしい彼女は、『ルーカス様のお手を煩わせるなどできません』と両手をブンブンと横に振って断った。
しかし、ルーカスがすぐに最上の落とし文句を考え付く。
『レベッカの兄だからこそ、レベッカの好みを一番良く知っているよ。それに、私もレベッカに誕生日プレゼントを考えていたんだ。うっかり、同じ物になってはいけないだろう?』
素直なエミリエンヌは、ハッとした表情で頷いた。
『それも、そうです。折角ルーカス様がご用意したプレゼントを、私ごときが被らせてはいけませんわ!!』
そういう訳ではなかったが、エミリエンヌがその気になってくれたので、ルーカスは今日の日程だけを慌てて約束したのだ。
そして、エミリエンヌとの待ち合わせ場所に向かっている。
彼女の家まで、迎えに行きたかったのだが、もし、ルーカスが迎えに来たと知ったエミリエンヌの父が、変な風に誤解をするからという理由で断られた。
先ずは父から攻めたかったのだが・・・急いではいけない。
ルーカスは、大人しく言われた待ち合わせの場所に向かう。
大通りのカフェで待ち合わせたのだが、店内に入らずその店の前でエミリエンヌが立って待っている。
待ち合わせより随分早い時間に着いたのに、それよりも早くエミリエンヌはいたのだ。
「済まない!! 待たせたね」
馬車から飛び降りるように、駆け寄るルーカス。
それを見つけたエミリエンヌが、春のピンクのチューリップのように、ふんわりと柔らかに微笑む。
「いいえ、私も今来たところです」
エミリエンヌの装いは、ピンクの髪色に良く合う、清楚な白のワンピースだ。
他に何もアクセサリーはつけていないが、それが余計に清らかな彼女の雰囲気を際立たせている。
彼女の回りから、ほんのり優しい香りが立ち込めた。
それは貴族のお嬢様達が、振り掛けまくっている香水とは異なり、百合の香りの石鹸の香りだ。
「では行きましょうか?」
微笑むエミリエンヌ。
ルーカスは顔を片手で覆い隠し、少し下を向く。
「可憐だ・・・これを見た後で、惚れるなというのがおかしいだろう・・・」
呟くルーカスは、耳まで赤い。
ここで、ルーカスは一気に勝負に出た。
なんとエミリエンヌの手を取って繋いだのだ。
「え?・・あの」
焦るエミリエンヌに、シラを切る。
「ここは、人が多いから、手を繋いでいた方がいいんだ」
「まあ、そうなのですね・・・」
手を繋がれたエミリエンヌも、繋いだルーカスも顔が赤い。
こんなに美味しい場面を見逃すレベッカではない。
待ち合わせのカフェの斜め前の、本屋の2階から、目を輝かせて見ていた。
「ルーカスが顔を赤くして、口元をニマニマとさせているわ!! こんなの見たことない!! しかも、ヒロインも恥じらいながらも、手を放す様子もない!! 胸が、胸がキュンキュン締まるぅぅ。はーぁぁ、至福の一時だわ!!」
レベッカがご満悦で、二人の様子に釘付けになっている。
しかし、楽しげな二人の前にお邪魔虫が登場した。
アルナウト殿下が、何故か町の商店に来て、折角盛り上がっている二人の間に割って入り、しかも一緒に買い物を始めたのだ。
「ウッキー!! 折角良いところだったのに!! 邪魔されたら二人の仲が進展しないじゃない!!」
本屋の2階から、階段をかけ降り3人がいる小物店に、レベッカも無策で入ってしまった。
「まあ、レベッカ様。ここでお買い物だったのですか?」
エミリエンヌに問われ、言葉に詰まる。
「ふえ?・・ええ・・その・・」
焦るレベッカに、助け船を出したのが、アルナウトだった。
「レベッカと一緒に町を散策しようと誘っていたんだよ。さあ、レベッカ。二人の邪魔をしちゃいけないだろう? 俺達はここで退散しよう」
促されるまま、レベッカはアルナウトに手を取られ、その手をアルナウトの腕に回された。
自然にエスコートの形を取って、レベッカは、アルナウトと連れだって歩いている。
あれ?いつの間に?どうなった?
素早い展開に、さすがのレベッカの頭も追い付かない。
「ねえ、レベッカ。こうして君と町を歩くなんて初めてだよね
? この記念に二人でお揃いのものを買わないか?」
アルナウトの会話に、レベッカの眉がピクリと動く。
アルナウトの発した言葉は、ゲーム内で王子様がヒロインに掛ける台詞だった。
『お揃い? 嬉しい!! そうだ、色違いの物を買いませんか?』
ヒロインが嬉しそうに、お気に入りの店に王子様を引っ張っていくのだ・・・が・・・。
そこは、レベッカ。
「その案、却下です」
バッサリと切り捨てられた。
あの手帳には、ヒロインとやらは俺の腕を取って、ノリノリで品物を探しに行くはずだったのに・・・?。
上手くいかないレベッカとのイベントに、しょんぼりするアルナウト。
その様子を見たレベッカが、まさかの発言をする。
「・・・まあ、たまには誰かとお揃いの物を持つのも良いかも知れません。では、ルーカスとエミリエンヌと私と殿下でお揃いにしましょう」
4人でお揃いは余計だったが、それでもこれで仲良く店で買い物をする口実ができた。
アルナウトは嬉しそうに、ノリノリでレベッカの腕を引っ張って、自分のお気に入りの店に入った。




