21 手帳(1)
アルナウトは第一古典資料室に、古い書物を探していた。
昔見た書物に、今はない水魔法が書かれた魔法書。
なぜか気になって探しているのだが、見つからない。
そこへ、レベッカと同じクラスのジュリアという生徒が入ってきた。
いつも通りというか、他の女生徒と変わらず、ジュリアもしなを作りにじり寄ってきた。
そして、意味ありげにアルナウトが昔悩んでいた、瞳の色の秘密を知っていると言ってきたのだ。
既にそれは解決しているし、この娘からは胡散臭さがプンプンしている。
どの女性も隙あらば、どんな手段を使ってもアルナウトにすり寄ろうとする。
今回もその手の者だと判断し、さっさと切り捨てる。
うんざりしたが、顔だけは笑顔で対応し、さっさと部屋を出た。
「くそっ!! 古くさいカビのような匂いの香水が、服に着いてしまったではないか!」
アルナウトは、匂いが取れるわけもないのに、ジャケットの袖をパンパンと叩いた。
そこで、胸のポケットに入れておいた、ペンがないことに気がつく。
「書きやすくて気に入っていたのに・・・どこで落としたのだろう?」
ペンを使っていた時間まで、頭の時計を戻す。
それから少しずつ、進めて行くと先ほどの古典資料室で、ジャケットを脱いで高い位置にある本を取ったことを思い出した。
「ああ、あの時かも知れないな」
ジュリアが資料室にいないことを願いつつ、部屋を覗く。
既に彼女はいなかった。
アルナウトが戻ってくるのではとジュリアは、少しの時間資料室に留まっていたが、「なぜ、イベントが発生しないのよ!?」と、資料室の机を叩いたり、暴れたり、落ち着いた頃、はーはー息を切らしてその内、諦めて教室に戻った。
誰もいない資料室でアルナウトは、ペンを落とした筈の場所を探していた。
だが、どこにもない。
それもそのはず、その前にイベントが始まらないと大騒ぎして、一人じたばたと暴れていたジュリアに、違う場所に蹴られていたのである。
第一資料室は第二よりも広く、ペンを探すが、中々見つからない。
アルナウトが机の下を見た時に、自分のペンを漸く見つけた。そして、すぐ横に、掌サイズの小さな手帳を見つけ拾う。
誰の持ち物か確かめるために、最初の表紙をめくると、そこにかかれていた内容に、目が点になった。
『レベッカは王太子婚約者候補の暗殺容疑で、王太子に処罰される』
「・・・・・」
理解するまで、数分間アルナウトの体と脳がフリーズする。
「なんだ?!! この馬鹿げた内容は!!」
手帳を握り潰しそうになる。
しかし、冷静さを取り戻し更に次のページを捲った。
そこには、アルナウトの本人しか知り得ない秘密が書かれてあった。
その他にも、ルーカスやハンネスの情報も事細かく書かれている。
だが、その情報には幾つか正しくないこともあった。
偽の情報が書かれているとは言え、憶測だけで書かれたものにしては、詳細すぎる。
密偵者が迂闊に落としたのかも知れない。
すぐに手帳を持ってアルナウトはその場を離れた。
先ずはこの手帳が誰の持ち物かを、特定する必要がある。
この作業は難航するだろうと思われたが、案外簡単にその持ち主を割り出す事が出来た。
ジュリアが、すぐに第一資料室に戻ってきたのだ。
そして、大声で『メモ帳がないわ!!』と怒鳴っていたからだ。
「あの女生徒は、先ほどの女。あいつが何故レベッカの不吉な予言を書いたのだ?」
問い詰めたかったが、この手帳の中身を調べてからだと、そこを後にした。
アルナウトは学園にある自分だけの部屋に戻り手帳を開く。
そこには驚くべき事が次々に書かれていた。
『アルナウト王子は、自分の容姿と権力にすり寄ってくる者全てを嫌悪している。国王と王妃と瞳の色が違う事を気にしている彼に、貴方の緑の瞳は曾祖父の瞳だと教えてあげて、素敵だと褒めると喜ぶ』
「・・・? 緑の瞳が曾祖父の者だということは、俺は既にレベッカに教えられて知っているぞ」
更にアルナウトは続きを読む。
『アルナウト王子は、国王とも、母とも違う自分の瞳のせいで、母の不貞を疑いながら生きてきた。ここで、意味ありげに教えると、彼の心が私に傾くことは間違いない!!』
「なるほどな・・・俺の弱っているところに漬け込もうとこの女はしていたのか・・・。レベッカは何の見返りもなくあっさりと俺に告げたな・・・」
ふと、自分の12歳の誕生日に、レベッカがハンカチと共にずっと誰にも聞けず悩んでいた、自分の瞳の事をあっさりと解決してくれたのを思い出した。
父とも母とも違う瞳の色に、もしかしてと悩んでいた子供の頃。
誰に相談すればよいのか分からず、一人悩んでいた。
朝起きると、瞳の色が変わっていないか期待したが、鏡を見る度がっかりした。
きっと他の者が自分の悩みを知っていたら、こんな風に利用しようとしたのだろう。
だが、レベッカは何かのついでのように、教えてくれたのだ。
いつだって光のように真っ直ぐなレベッカ。
やっぱり、好きだな・・・。
再確認をするアルナウト。
ここで、当然の疑問が出てきた。
「・・・このジュリアもレベッカも何故、俺が悩んでいると知っていた?・・・二人は先読み人なのか?」
更に読み進めると、ルーカスの情報も、詳しく書いてあるが、その情報は大きく間違っている。
それは、ハンネスにも言えることだ。
「他の者達のことも細かく調べているな・・・うん?俺の12歳の誕生日のことを書いている・・」
そこには『誕生日イベント』と題したメモだ。
『カロリーネ・クレーンプットの侍女として、誕生日イベントに行きたいのに、全然違う子が推薦されてしまった!! どうすればいい? カロリーネに苛められてる所をアルナウトか、ルーカスか他の攻略対象にヒロインである私が、助けてもらわないといけないのに!!』
これを読んでアルナウトが、当時の記憶を思い出す。
「そうだ、ピンクの髪の女の子が、カロリーネ侯爵令嬢に苛められている所をルーカスが助けに入ったんだ。あの時、レベッカはピンクの髪の少女を、『ヒロイン』と呼んでいなかったか?」
確かに、レベッカはこれから何が始まるのかを知っていた。
この手帳には『イベント』と書かれた見出しがあるが、それには赤いペンで大きくバッテンされているものが多い。
『入学式イベント』も大きくバッテン。
その下に、大きく『誰も来ない!!!』と殴り書きされていた。
「入学イベント?・・なんだそりゃ?」
更に読み進めると、今日の事も書いてあるではないか。
『資料室で密室イベント これは第二資料室で、ルーカスルートに入るのがいい。それでこの次のアルナウトのルートが簡単になる』
今日の事を事細かく書いていたため、ジュリアが持ってきたレポートでそれが今日起こったイベントだとアルナウトは察した。
「ルーカスが大好きなレベッカのことだ。もし起きることを知っていて行動しているならば、今も誕生日パーティーのときのように、どこかに潜んで見ている筈だ」
アルナウトは、勢い良く立ち上がり、第二資料室へ走った。
そして、第二資料室の扉を開けようとしたが、あのメモ通りに鍵が掛かっていた。
そして、中には・・・
!!いた!!ルーカスが、エミリエンヌと一緒に閉じ込められているではないか!!
鍵を開けて中に入ると、彼らは偶然に通りかかったアルナウトに、助けてもらったと思っているようだった。
お礼をいうと、二人はすぐに部屋を出ていった。
アルナウトが周囲の人気を探る。
天井に人の気配がする。
間違いない。
レベッカがいる。
「ここにいるんだろう? レベッカ。君も教室に戻りたまえ」
天井に向かって話す。
これは賭けだ。
アルナウトは返事を待った。
「分かったわ。もう行くわよ」
レベッカの不機嫌な声が聞こえた。
ああ、やはりレベッカは先読み人で、我々の行動を先に知っているのだ。
アルナウトは身震いした。
これが、王家にバレたらきっと国王はレベッカを囲うために、自分と結婚させるだろう。
本来、レベッカと結婚したいと常々夢想しているアルナウトだが・・・。
それは嫌だと思った。
レベッカと、行く行くは結ばれたい。
それは、レベッカがアルナウトに向き合ってから、進めたいのだ。
そのうち、天井から、ごそごそと音がして、レベッカの気配が消えた。
間違いない・・・。
ジュリアとレベッカは、先読み人だ。
手帳を見つめるアルナウト。
「そうだ!! これを利用すればレベッカの行動が分かるはずだ。これでレベッカといつでも会えるんじゃないのか?」




